五十六話
それから五日間ソフィアは、彼女そっくりの少女とその父親、そして彼女の母親を観察していた。場所は彼等家族の家の中。
全く以て現地民に認識されない事を良い事に彼女は彼等家族の家を間借りしている。不思議と眠りに就くことも空腹を覚える事もなかった。
「初めてしっかりとした屋根と壁がある家で暮らしてるよ」
彼女は自嘲気味に呟き、チラリと横を見ると、家族は楽しそうに人が映る箱……テレビと言うモノを見ていた。その楽しそうな光景に彼女はチクリと胸が痛くなる。
彼女には絶対に届かない空間。彼女には無い空間。羨ましいと思うのは仕方がない事だろう。だからと言って彼女はソレに対して不平不満を言わない。ソフィアはそう言う子だ。
家族団欒を尻目に彼女は此処に来てから何度目かのこの世界の事を考え始める。考える事を止めない、考えることを止めてしまうと……もう二度と戻れないと彼女はそう感じていた。
「良しっ!」と言う一言の後、彼女はこの世界の分かった事を一人で話始める。ここの人達は彼女の声にも反応しない、そして声を出して話すと言うのは理論を構築しやすいのだ。
彼女は先ず最初に分かった事でありこの世界の真実を口に出した。
「この世界は夢だ」
その答えは彼女がこの世界で5日間暮らして得た。食べ物を摂らなくても良いし眠らなくても良い。物を掴めないし他人に触れない。これを夢と呼ばずにして何と呼ぶ?
「じゃあ誰の夢?僕の夢?」
他人の夢を見るなんて事は不可能。己の夢を見るのは己だけ。
「ここは何処だろう?」
名も知らぬ国と名も知らぬ町。テレビや町の人々から情報を得ようとするが特定の言葉、国や人名が不鮮明に聞こえ分からない。まるで人語では無いかの様な言葉に変わってしまうのだ。
唯一理解出来たのが彼女そっくりの少女の名前"ソフィア"とこの国が"a/gj%txh;jtスタン"言うことだけ。国の語尾だけ理解出来たが、彼女には"スタン"なんて語尾の国を知らない。
「この国は僕のいた国よりも発展している」
彼女が暮らしていた貧民窟と比べている訳ではない、上級平民や貴族の比べてだ。
勿論調度品は彼等の方が良い。しかしクーラーと呼ばれる室内を冷やす道具や、無限に水が出る道具、汚物を流す下水道が全ての家にあるなど到底あり得ない話だ。
彼女は彼女の暮らしていた国にも下水道があるのは知っていた。だが、使えるのは貴族や大金持ち位で平民が使える物ではない。貧民窟は言わずもがな。
「でもこの国は戦争をしている」
どんなに優れて発展していても戦争は起こり、少なくない数の死体が生まれる。この国の戦争は外に向かってない。内側、同国民で殺しあってる所謂……内戦だ。
彼女は全てを聞けた訳ではないが、少しばかり情報を得たていた。
なんでもある少数民族がこの国に住んでいた。少数と言ってもその数は数十万人おり、隣国にも彼等の定住地がある。彼等は己の国を起こすためにこの国に対して戦争を起こしたそうだ。
ソレ以上の事は知ることは出来なかった。テレビも同様の事を喋るだけで何も成果は得られない。得たのはこの国は戦争をしているそれだけ。
「ふぅ~……」
彼女は大きく息を吐き天井を見る。砂色の天井に四枚の羽根が付いた物がクルクルとゆっくりと周ってる。彼女はソレを見るのが好きだった。理由は特に無い。だが妙に懐かしさを覚えた。
『ソフィアはそれほんとに好きよねぇ』
その言葉に彼女はビクッと反応して、周りを見渡すと小さなソフィア……略して小ソフィアの母親が小ソフィアに話しかけていた。小ソフィアも彼女と同様に天井でクルクルと周ってる四枚羽根……シーリングファンと言うのだが、それを見るのが好きだった。
彼女は無邪気な答える。
『だって何時もクルクルしてるだよ!面白いの!』
なんとも子供らしい答えと父親と母親は笑う。つられて小ソフィアも笑い。次いでに獣の耳が生えてるソフィアもクスリと笑った。
そんな中彼等家族が笑い声を掻き消す様にいきなり轟音が鳴り響く。その音が鳴る度に地響きも起こりまるで何かが動いているようだ。
『わっ!?何の音!?』
その轟音に小ソフィアは目を大きく開いて驚いていると父親が優しく頭を撫でる。
『あの音は戦車が走る音だよ』
そう優しく父親は話すと彼女は目を輝かした。
『戦車!こんな大きな音だから大きいんだろうなぁ』
父親の腕の中で目を輝かせる彼女を尻目に彼の顔には陰が差し込む。それに気付いた母親はそっと彼の手を握った。
『どうしたの?あなた……』
彼は何かを言い出そうと口を開け掛けたがチラリと己の膝に座る愛娘を見ると、口をつぐんだ。
『……ソフィア台所に焼き菓子があるから貴女食べて良いわよ』
彼女は彼が愛娘の前では言い出せない事を理解したのか、彼女は娘を上手くここから出るように誘導すると。
『ほんと!?やったぁ!』
彼女は目を輝かして台所に走っていた。
『すまんなありがとう』
『そんなに状況は悪いんですか?』
彼は真剣な面持ちで妻の顔を見て、そして答えた。
『西に20㎞の街が落ちたらしい……政府軍は撤退中でこの町が次の拠点になるそうだ』
その言葉に彼女は目を見開き口を覆う。
『そ、そんなに状況は悪いのですね……』
ソフィアはデレビで見た情報と違うのに気が付いた。この前垂れ流されていたニュース?にはまだ街で戦闘は続いているとなっていた。
彼女は知らないデレビと言うのは彼等が都合の悪い情報を流すことをしない。彼等が見ているのは国営の番組だった。
『街から命からがら逃げてきた家族が教えてくれたんだ。
街の殆どを占領され軍は逃げ出したとな。それで前の集会の議題でこの町を守る為に残るか、町を棄てて退避するかを話し合った』
彼はそう言うと手を顔の前で組み大きく息を吐く。
『それで……どうするんですか?』
彼女に尋ねられると彼はそのままの体勢で口を開く
『……分からん。俺はこの町に愛着があるから守りたいがお前とソフィアの事もある。集会でも残るか退避するかは個人で決めるとの決定だ』
その言葉を境に二人の間に重い空気が流れ始めるのをソフィアは感じた。戦うかここから逃げるか、一見簡単そうに見えてそうでもない。
逃げるとしても何処に逃げる?親類を頼るか、それもありだろう。だが、そこでの生活はどうする?お金は住みかは?
だからと言ってな戦うとしても家族をどうするのか。このまま一緒にいるのか?戦場にいる民間人、しかも女性がどうなるか何て誰もが知る自明之理だ。
『お母さんお父さんどうしたの?一緒にお菓子を食べようよ!』
そんな重い空気を払い除ける様に小ソフィアはお皿に盛られた焼き菓子を両手で持ち彼女の両親の元へとやって来た。
子供ながらに両親が何やら困った事になっているのを感じた。だからそこ空気を変えようとお菓子を持ってきたのだ頬に食べカスを少しつけて。
そんな可愛い気遣いに微笑まない両親がいないだろうか?いやない。彼等は彼女を座らせ、一緒に菓子を食べ始めた。
そんな微笑ましい光景を見て嫌気がさしたのか、それとも此処にもう情報は無いと思ったか、ソフィアは外に情報を得るために出ようとすると……ある言葉が耳に届いた。
『傭兵さん?……へぇレイヴンって言うのね!』
バッと彼女は勢いよく後ろを向く。彼女の目に写るのは楽しくお菓子を食べる家族だけ。
空耳かと気にせずに外にでる。だがあの幼くあどけない言葉が妙に耳に残る。
彼等の家を出ると、多くの人々が慌ただしく行き交っていた。家財を引っ張ってる家族がいるし、武器を持つ者達もいる。
ここも戦場になりつつあった。
そんな中ある一団がトラックに乗り彼女の前を通り過ぎていった。全員が同じ服装で、同様に武器を銃器を持っていた。それがこの国の軍だと彼女は知っていた。
「彼処に行けば何か分かるかも知れない……」
その言葉に彼女は彼女自信驚いたなんでそんな言葉が出たか分からなかった。彼処とは軍人が駐屯している所だろう。何故そこに行けば何かが分かるかわからない。
だが何かが分かる。そんな気がした。
次で終わると思います




