五話
街は活気に溢れていた。人の往来も多く、人々の声で街は包まれていた。
その中、俺は冒険者ギルドを目指して歩いている。場所はマルクスと別れる時に教えて貰ったので大体の場所は分かっている。
市場を横目に見ながら街の中心部に向かう。冒険者ギルドは街の中心部に在り、一目で分かるとのことだ。
しかし雰囲気は海外の市場と何も変わらないのだが、注意深く見るとおかしな品物が嫌でも目に入る。
それは大根の様な形をした南瓜だったり、とうもろこしの様に小さい実が集まっているトマトだったりと色々だ。魚屋の前を通った時なんて、魚に蟹の鋏がくっついてる謎の物体がいた。前の2つは何となく味も分かる。
だが最後の、仮称魚蟹は一体何なんだ?味は蟹なのか?魚なのか?そもそもあれは食えるのか?いや、店先に出しているってことは食えるのだろう。しかしどうやって食うのだろう…………
そんなどうでも良い……いや、日本人的には凄く重要な事なのだが、まあ端から見ればしょうもない事を考えながら歩いていると、街の中心部に着いた。
中心部は広場になっており、地面に蓙を敷いた露店を開いていたり、隅の方では楽器を鳴らしながら歌う芸人の姿も見える。
「さて、何処にあるんだ?」
周囲を見渡していると……見つけた。多分あれだろう。
広場の右側に他の建物よりも倍は大きそうな立派な建物が見えた。この建物が冒険者ギルドで間違いないだろう。俺は扉を開く。
建物の中は街の活気に勝るとも劣らない位の喧騒に包まれていた。併設された酒場からは注文の声と接客の声が響き、昼間から酒を飲んでいる冒険者と思しき集団の笑い声が聞こえてくる。
前を見ると受付に並ぶ冒険者達の列が見えた。多分そこで登録が出来る筈だ。俺も並ぶとしよう。
十数分程で俺の順番が回って来た。応対してくれた受付嬢は赤髪の美しい女性だった。
「ようこそ冒険者ギルドへ!本日はどの様なご用件ですか?」
「ギルドに登録して依頼を受けたいのだが、どうすればいいんだ?」
「はい、登録ですね!では、こちらに署名をお願いします」
そう言ってテーブルの下から二枚の紙を取り出した。
「これは?」
「登録証明書と宣誓書です。宣誓書の内容は簡単に言うと自己責任ですね」
受付嬢の言葉に頷き紙面に目を落とす。そう言えば言葉は通じているが、文字は大丈夫なのだろうか?そんな心配を他所に、問題なく文字も理解できた。おそらくこれは、あの女神のお陰だろう。こう言う面倒な意思疎通で問題が起こらないのは助かる。そう言う訳で、俺は紙面の中身に集中することができた。
宣誓書の内容は要約すると次の通りだ。
・依頼中に負傷又は死亡した場合、冒険者ギルドは一切の責任を負わない。
・依頼中の費用は一部を除き全額自己負担である。
・冒険者間及び商人との取引によって発生した負債について冒険者ギルドは干渉しない。なお冒険者ギルドの仲介でおこなった取引は仲介手数料が発生するが、冒険者ギルドが取引の責任を持つ。
この3つが重要事項の様で、他にもそんなに変わらない事が書いてあった。確かに自己責任である。俺は指定された箇所にサインを書き、受付嬢に提出する。
受付嬢はうんうんと言った様に頷き、テーブルの下から何かを取り出して、そこに何かを書いていた。
「……はい!確かに確認しました!モリタカさんですね、ではこれをお受け取り下さい!」
受付嬢から渡されたのは、一枚の楕円状のモノが吊り下がっているネックレスだった。考えなくても分かる。長年身に付けていたもの、正にそれはドッグタグそのものだった。俺の名前と共に大文字のDがドッグタグに浮き上がっていた。
「これは冒険者ギルドに登録された方は、全員身に付けているものです。片時も身から離さないで下さい。……どんな時にも」
受付嬢の言葉の端から分かるのは、このドッグタグもどきの使い方が本物と同じということだ。
「このDの文字は?」
「それは冒険者のランクを表しています。低い順からD、C、B、A、Sですね。ランクにより受けれる依頼は限定されていて、基本的に一ランク上の依頼迄しか受ける事が出来ません。それと最高のSランクは名誉ランクとなっていまして、国の存亡に関わる事を解決したり、世界に災いをもたらす邪悪なる者を討ち果たす等の多大な貢献があった冒険者にだけ与えられるランクです。ご説明は以上になります。他に何かご質問は有りますか?」
「ちらっと聞いたんだが依頼は、討伐、採集、調査、護衛等が有るのは知っているのだが、何でもエリアとフィールドに依頼場所が別れているそうなんだが、一体何が違うんだ?」
エリアとフィールド。これはマルクスから聞いていた冒険者ギルドの土地区分だ。だが詳しい内容までは聞けず仕舞いだったのだ。
「エリアとフィールドですね!エリアとは通称であり、正式には狩猟区と言います。そこには希少な鉱物や植物が生えています。そして同時に狩猟区は獰猛なモンスターの生息区にもなっており、そこを我々冒険者ギルドが監視、保護を行っています。監視は獰猛なモンスターが狩猟区から外に出たときの対処のために、保護は狩猟区の生態系を守るためです」
狩猟区か。ここにドラゴンとかがいるのだろうか?いるとしたら見てみたいな。
「次にフィールドですが、これも一般的に広まっているだけで正式名称ではありません。一般的に言うフィールドとは狩猟区以外の事を指します。即ち街の外の平原やこの街もフィールドなとです。此処までで何かご質問は?」
「特に無い。どうも親切に教えてくれてありがとう」
受付嬢はニコッと笑い言った。
「いえ!これも仕事ですから!それに私としましても、モリタカさんに丁寧な受け答えをしていただいて助かりました!」
「丁寧って……初対面の人にモノを聞く時は少しばかり丁寧に話すのは普通じゃないのか?」
受付嬢は少しため息を吐いた。
「まあ、冒険者になる方達は腕っ節の強い方が多いですからね……」
言葉では言って無いがそう言う事なのだろう。この様子だと中々、受付嬢の仕事も大変の様だ。受付嬢からの印象が悪くなるのは後々不味いと思うし、この話題はさっさと切り上げることにしよう。
「おっと、言いにくい事だったな。いや、済まなかった。俺はもう行くことにするよ。どうもありがとう助かったよ」
「あ、はい!登録ありがとうございました!………あ、依頼はどうしますか?確か依頼を受けたいと最初に言っていた様な……?」
「あ……」
普通に忘れていたヤバイ。普通に恥ずかしい。ちょっとクールにキメて去ろうとしたのが馬鹿だった。慣れない事はするべきでは無い。あークソ、体から変な汗が出るのが分かる。
「ふふっ、モリタカさんは面白い人なのですね」
受付嬢は笑っていた。先程までの仕事用の笑みではなく本当の笑顔のように見える。……まあ、女性が笑うのなら、俺の痴態なんて無いようなものだ。
「はははっ。いや済まない。俺もこう言うギルド登録は初めてだから緊張していた様だ。そう言えば、君の名前も聞いてなかったかな?」
「ふふっ、そう言うこと有りますよね。私の名前はフィーネと申します。以後よろしくお願いしますね!……では依頼の話をしましょう!」
「ははっ、お手柔らかに頼むよ」
そうして俺は、受付嬢に薦められた依頼を受けたのだった。