五十五話
二話か三話ある少女の話が続きます。
時折夢を俯瞰的に見ることはないだろうか?夢をまるで傍観者の様に眺める夢を……
「……ここは何処なんだろう?」
彼女は己が見たことがない景色に立っていた。
雲一つ無い晴天。吸い込まれそうな蒼天から目線を下げると、そこはゴツゴツとした岩と砂だけが広がっていた。ポツポツと枯れ木や枯れ草があるぐらいで後は砂と岩しかない。
……いや二つある。それは一直線に延びる、なにやら真新しく黒光している石の様な物で繋ぎ目がない不思議な鋪装をされた道路。それとその近くにある小さな町。
小さな町はこれまた砂の様な色の壁の家が軒を連ね所々に見たことがない白い建物がチラホラと見える。
「いや……待って僕はここを見たことがある……!」
それはありえない事だ。何故なら彼女は砂漠と呼ばれる地形を見た事も聞いたこともない。彼女が知っているのは、あの薄暗く死臭が立ち込める貧民窟だけ。
夢と言うのは本来、己の記憶の追体験をしているに過ぎない。己が見た事がない代物は見ることはないのだ。
「ここも……ここも……!あそこだって僕は見た事が……いや来たことがある!」
ここの景色がフラッシュバックの様に彼女の脳裏を駆け巡る。道の角にあった羊の串焼き屋、大通りより少し離れた所にある怪しげな小物屋も昼過ぎになると何時も出てくるクルアーンを持った老人も全て知っている……知っているだ。
彼女は体の内から沸き起こる恐怖を振り払うかの様に町の中を駆け抜けた。不思議とこの地に住む住人は頭の上に獣の耳を生やした少女を気にすること無く……まるで彼女の存在などしてないかの様に日々の暮らしを過ごしている。
「おかしい……こんなのおかしいよ」
彼女はある道端に座り込みうずくまる。本来ならば見た事も聞いたことも無い名も知らぬ町。だが彼女の記憶にははっきりと存在する町。頭を抱えても仕方がない。
「……ん?なんだろうこの声?」
その時ふと何処からか声が聞こえ、彼女の可愛らしい獣の耳がピクッと動いた。不鮮明で聞こえ難いがそれが大人の男性と幼い女性なのが分かる。
声が鮮明になるにつれ、彼女の顔は対照的に青ざめていく。それは本来なら聞こえる筈が無い声。こんなところで聞くことはあり得ない。その声の主が段々と近付いてきて……その声が何を言っているのかはっきりと聞こえた。
『ソフィア待ちなさい危ないぞ~!』
『ウフフッお父さん。早く早く~!』
それはある父親と娘の仲睦まじい光景だった。先を走る娘を追い掛ける父親。その両者は笑っている。なんともほのぼのとした光景なのだろうか。
父は娘に追い付くと二人は手を繋ぎ姿を消していった。彼女はあり得ないモノを見るかの様にその二人を見送り……ハッと気付くと二人を追いかけていた。
「何で……何で此処に僕そっくりの顔をした少女がいるの……!?」
自分で言った言葉だがそれが信じられないかの様に彼女は呟く。しかし少女が通り過ぎる時、彼女は……ソフィアはっきりと少女の顔を見た。
体が小さい頭に耳が無いなどの相違点はあるが、その顔はソフィアに瓜二つ。まるで生き別れた双子の姉妹のようだった。
何故ここを知っているのか?何故ここを見た事があるのか?何故……ここに僕と同じ顔の少女が?
何故?何故?何故!?
そんな思考が彼女の頭を流水の様に駆け巡るが、何も分からず停滞する。当たり前といえば当たり前、情報は無きに等しい。だからこそ彼女は追い掛けたのだった。




