閑話
ある男達の末路です。
サンマリア王国の王都ミッシエ。その暗部である北地区の貧民窟。その一角に廃棄された倉庫の様な建物があった。ボロボロであったが所々素人が修繕した様な後がある。ここに誰かが住んでいるのだ。
ここにはとある家族が住んでいた。貧民であったが何とか家族を食わそうと人がやりたがらない汚い仕事。汚物の処理などをしていた父親。その父親を支え自らも粗暴で薄汚い貧民が溜まる居酒屋で働く母親。そしてそんな両親の中ですくすくと育つ子供が住んでいた。
だが……
「ギャハハハハッ!」
「おい酒はないのか!酒は!」
「こっち来てみろよ!コイツらいっちょ前に貯金してやがるぜ!」
何時もなら貧民窟では中々聞くことが出来ない一家団欒の声が聞こえる筈の廃倉庫から下品な声達が響き渡った。
廃棄された古いが未だ使える為持ってきていた家具類は無惨に倒され、自作したツギハギだらけのカーペットには泥と汚物の足跡が付く。
少ない賃金で買ってきていた食料品に彼等は貪りついている。まるで豚の様に。そして酒を飲み馬鹿みたいに笑っている。
「コイツらも馬鹿だよなぁ……!さっさと俺らに此処を明け渡せば良いものをよぉ」
食料を貪り食う一人の男がナニかを足蹴にする。足蹴にされたそれは力無くなにも答えない。
それは男の死体だった。この廃倉庫の主でこの廃倉庫に住んでいた家族の父親。しかしその父親は錆びてボロボロのナイフで腹を刺され殺された。
「この女とガキ共もアホだよなぁ。さっさと逃げれば良いものを、『お父さん……!お父さぁん……!』って泣きじゃくってよぉ……笑えるぜ!」
そう言って笑う男の足元には子供の母親の亡き骸が転がっている。母親は衣服を纏っておらず頭を棍棒の様な物で殴られており、子供は身体中に殴打の後があり肌がまるで葡萄のように膨れていた。
ここまで言えば分かるだろうが彼等はこの廃倉庫に押し入り家族を殺しそして彼等が溜め込んでいた食料を貪り食っている。
その行動に彼等は何一つ疑問に思っていない。何故なら"奪われる方が悪いのだ"という固定観念の元彼等は行動しているからだ。
その為彼等には罪悪感など湧かないし分からない。そもそもそんなものは生来持ち合わせていない。だから目の前で自分達が殺した死体が有ってもなにも感傷はないのだ。
「あ~……ヤり足りねえなぁ」
ある男はそう言うと既に事切れている彼女を乱暴に触る。既に事切れてから数時間経っているのか温かみのあった肌は冷たくなり死後硬直が始まっていた。
「お前ぇはもうちょっと抑えろよ。まえの獣人のガキとそこの奴ヤったばっかだろ」
そう彼等はつい先日何故か金貨を持っていた獣人の少女を見つけ……金を巻き上げヤッた。泣き叫ぶ彼女を彼等は笑い辱しめそして棄てた。
「グヒヒッ俺は本能に忠実なんだよ」
下品な笑い声が周囲に響き渡った。彼等には罪悪感など感じない。それが日常だから。
ふとその時だ。酒と食い物を食い荒らしていた男が小さな物音に気付いた。それは廃倉庫の外から聞こえてくる。
「ん?なんだこの音は」
「どうせネズミかなんかだろ」
だが、物音がするなど元々がボロいので日常的な事。彼等は気にすることは無い。それが既に手後れなのを知らずに。
ガチャりと扉が何にもなしに開いた。開く筈の無い扉。外に誰もいない筈の扉が開いたのだ。その場にいた全員が行動を止め扉を凝視する。
扉は開いたままで誰か入ってくる様子もない。
「お、おい誰か見てこいよ」
「嫌だぞ。お前が見てこいよ」
男の一人が誰かに指示するが元々が唯つるんでいた者達、結上下の間柄はないが結束力もない。
「お前が最初に言ったんだ。お前が見てこい」
所謂、"言い出しっぺの法則"と言うものが発動し最初に言い出した男はチッと舌打ちをすると扉へと向かった。
扉の先は闇が広がっている。既に夜を迎えこの周囲には火を起こす燃料を持つものが乏しい為に明かりが無い。男は外へと声を張り上げた。
「おい誰かいるのか!」
その声に返す者は居ない。彼はもう一度声を上げる。
「誰かいるなら出てこい!」
脅すような声にも反応せず彼は誰も居ないのを確認すると後ろを振り向こうとした瞬間……!
「……え?」
ズブリと彼の腹を槍が貫いた。
「ギャアアアアッ!?痛てえ!痛てえよ!助けてくれ!」
腹を貫かれた男は叫び声をあげ助けを求める。だが、他の男達は一瞬出来事に理解が追い付いておらず動けない。
すると扉の奥から続々と白装束の者達が倉庫に雪崩れ込む。全員が白色のローブ等を被り何者が分からない。
「……おい逃げるな!助けてくれよ!」
流石にヤバイと気付いたのか男が一人、裏側から逃げようと走り出し数瞬遅れもう一人も走り出す。槍に刺された男は怒鳴るように制止するが、彼等は止まらない。元々結束力など無いのだから。
だが、逃げ出した男達が逃げ切れるとはそうは問屋も許さない。裏口から出ようとした瞬間。男達は白装束の者達に阻まれた。その手には槍や剣等を持ち彼等に向けている。逃げ場はない。
彼等はじりじりと元居た場所に戻される。既に槍に刺された男は身体中を刺され死んでいた。
死にたくない。死にたくない。それだけが彼等の頭の中を支配する。どうやって逃げようか、どうやってこの場を切り抜けるか。なんてモノは頭から出てこない。ただ死にたくない。それだけ。
「我らが神の信徒よどうしましたか?」
その声と共に白装束はスッと道を開ける。その声は女性の声だった。
(何とか懇願してこの状況を抜け出そう……!女なら甘いはずだ……!)
やがて白装束の中から一人の女性が出てきた。この女性だけ黒いゆったりした袖とくるぶしまであるトゥニカ、黒い頭巾を被っている。
貧民窟ではまず見ることがない美しい女性であり、こんな女とヤれたらと邪な獣欲を男達は持つが……彼女の胸にかかるネックレスを見てそんな気持ちは一瞬された
「お、お前達……十字教か!?」
「あら?知ってますのね」
女性はコロコロと鈴のように笑う。対照的に彼等の顔は顔面蒼白だ。
(十字教……最近になって増えてきたヤバイ奴らだ……!あいつらの言うことを聞かないとどうなるか……!)
男の頭の中には十字教に従わずズタズタになった者達が浮かび上がる。
「ここは広くていい所ですね。ミサをするには最適だわ」
そんな男達を尻目に女性は廃倉庫を見渡す。彼等に目もくれない。
「な、なぁ!?ここはやるよ!だから俺達はもう良いだろう!?」
男の言い分に女性は耳を貸さずある一点を見ている。その場所には殺された小さな幼子の遺骸がある。
「あれは貴方達がやったのですね……」
「それがなんだここじゃ当たり前だろ!?」
彼等は悪びれずに叫んだ。当たり前だなんだ俺達は悪くないと言わんばかりに。そんな彼等を女性は冷たい目を向ける。
「汝達は罪を犯しました。それに報いなければなりません。目には目を死には死を……主の御許に近づかん」
彼女はスッと手をあげる。すると白装束の者達は男達へと近付いていく。
「「「主よ御許に近づかん……!」」」
男達は這うように逃げるが逃げ場は無く遂に捕まり四肢を手で押さえ付けられ、斧を持つものが近づいてくる。
「助けてくれ!助けてくれよ!!頼む!」
そして斧は振り下ろされた。
「さあ信徒の皆様。この国を救済する準備を進めましょう」




