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五十三話



 静かに……そう静謐な空間に包まれていた狩猟区"ローシェン渓流"に一発の弾丸が発射された音が響き渡った後。


 そこに住む生物は聞き慣れない爆音にざわめきたったが、その後に何もないと分かると直ぐにまた平穏な空気が流れ始めた……ただ一匹を除いて。


 狩猟区を流れる渓流から離れた森の中。腹の底から唸りを上げ周囲の木々や岩をお構い無く破壊するモノがいた。"灰染熊"ホーリビリッスだ。



 ここで少し脱線するが"灰染熊"ホーリビリッスの生態を説明しよう。


 成獣の体長は4~6m。雑食性で木の実や木の新芽、魚、昆虫、鹿などの獣肉も食す。主に日中に活動するが、個体によっては夜行性も存在。その気性は激しく己のテリトリーに入り込んだ外敵は一切の容赦なく排除する。


 それでここからが重要なのだが、何故彼等が"灰染熊"と呼ばれるか、それは彼等の体毛の生え変わりの事を意味してる。


 彼等は生れたての子熊の頃は全身を黒い毛に覆われている。それが二歳を過ぎると段々と黒毛が抜け落ち、灰色の毛が生え始めるのだ。


 全身の毛が一気に抜け直ぐに色が変わるのでなく、少しずつ少しずつ……まるで灰色に染めていく様に見える。故に灰染熊と呼ばれるようになった。


 何故こう言う生態なのか。


 それは子熊の幼い時は体温調節が難しく黒という太陽の熱を吸収しやすい色で体温調節の手助けをし、成獣に成るにつれ段々と外部による体温調節機能が必要なくなるからという説と。子熊の時は外敵に襲われる可能性が高い為、木々によって日が当たらない場所や、洞窟や洞穴などの暗所での保護色と言う説の二説が存在する。


 この二説が正しいのかはたまた全然違う説が正解なのか、それはまだ分かっていない。以上脱線終了。



 さて話を戻すとしよう。周囲を破壊している灰染熊の毛を見てみると、まだ黒毛の中に生え変わった灰毛があり斑模様の様になっている。


 この熊は年若くまだ大人になったばかりの灰毛熊であった。年齢は二歳と半年程の雄。


 そんな年若い熊は何かに怒る様に……何かに恐れる様に周囲を破壊している。何かが隠れてそうな箇所や物音がした所など徹底的に破壊している。


 その右後頭部はごっそりと肉や毛が無くなっており白い頭蓋骨の表面を赤黒い血が固まっていた。


 もうここまで話せば分かるだろうが。この灰染熊は先程、守孝とインの両者がアンチマテリアルライフルのGM6 Lynxで狙撃した熊である。


 彼はこの地の勝者であった。勿論まだ年若く己のテリトリーはまだ狭い。しかし彼は同年齢の熊を幾度も倒しテリトリーを着実に広げていた。彼が森の中を通れば大抵のモノ達は道を譲り物陰に隠れる。まさに勝者の行進。


 だがこの惨状はなんだ?


 その時この若い灰染熊の雄は食事をするために渓流に魚を獲りに来ていた。その場所は己が格上の雄熊から奪い取った場所で良い狩り場であった。


 そこで魚を獲り食べていた時いきなり……そういきなりだ、後頭部にとてつもない衝撃を受けた。今まで受けたことがない衝撃、格上の雄熊に前足で殴られた時よりも大きくそして鋭い衝撃。


 それを受けた彼はあまりの衝撃に逃走してしまった。足取りはフラフラとまるで酒に酔った猫の様。若しくはみすぼらしく敗走する敗残兵の様に。


 そしてこの年若い灰染熊は怒り狂い周囲に当たり散らしていた。何故?己の弱さに。たった一撃を受けただけなのにこの有り様だ。勝者と驕っていたと言えばそれだけなのだが、この畜生にもプライドと呼ばれるモノが存在するようだ。


 この地の強者として生まれその中でも己は強かった。しかし己は弱者や臆病者の様に一回攻撃されて逃げた。


 このままではいけない。今一度あそこに戻り己を攻撃したモノをくびり殺さなければならない。そうと決まればと熊は元来た道。つまりは先程彼が攻撃された道を戻り始めた。口からは唸りが漏れ、体からは殺気が滲み出ている。


 殺そう。ただ殺そう。ソイツの首に己の手でへし折り、臓物を喰らったのならば……もう一度勝者に戻ることができる。


 渓流へと繰り出し周りを見渡すと怒号をあげる。己の偉容を示すために。そして気付いたこの周りには誰もいないと。あるのは先程この熊が自身で食べていた魚だけであった。


 逃げた……逃げた?


 「gruu……GUOOOO!!」


 その瞬間この熊は勝利を確信し 灰染熊は立ち上り勝利の雄叫びを上げる。逃げた逃げたのだ。己の偉容に己の偉大さに。やはり己こそが勝者であり、己こそがこの森の勝利者なのだと。


 そしてそれが最後の雄叫びであった。



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