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五十一話



 二人の装備の最終確認を終える頃には昼になっていた。ここを逃すと次に食べれる時が分からなかったので昼食を食べその後"ローシェン渓流"に繰り出した。


 彼等は広葉樹が広がる森を歩いていた。時刻は昼を少し過ぎ天気は晴れ、木々の隙間から溢れる日差しは暖かく時折吹く風は程よく冷たい。耳を澄ませば何処からかせせらぎの音が聴こえてくる。


 正に絶好の行楽日和と言えるのだが……当の本人達はそれどころでは無かった。


 程よい冷気が吹き抜ける森の中、乾いた発射音が何度も響き渡る。彼等は森の真っ只中に陣取り両者背中を預けあっていた。


「正面3 右から2……!」


 守孝はSCAR-Hを構え引き金を引く。7.62×51mm弾は前回狩猟区で使用した5.56×45mmよりも威力が強く同時に発射時の衝撃も強い。だが彼は肩へ掛かる衝撃を上手くいなし弾丸を標的に命中させた。


「マスター!此方は正面4……!」


 対するインも正確にそして無駄無くMP7を扱い正面から襲い掛かってくる敵に銃撃を加える。


 そして


「……マスター敵影全て撃破しました」


 彼等が二弾倉分を使い切った頃、彼女は静かに彼に言った。空薬莢の落ちる軽い金属音の後は静寂が広がり周囲は硝煙と血の混じった臭いが充満している。


「……ふう。まさか灰染熊と戦う前に他と戦闘になるとわな」


 彼はそう息を漏らすと空になったSCAR-Hの弾倉を抜き新たな弾倉と交換する。前方を見ると幾つかの死骸が転がっていた。


「しょうがないですよ彼等も生きてるんです」


 そう言い彼女は横たわる死骸……彼等が最初期拠点にしていたパックル郊外で戦った狼、シルクウルフだった。その白銀に輝く絹の様な毛並みは朱に染まっている。


「コイツらも生きてるだ……殺し殺されもするか」


 そう呟く彼がSCAR-Hの銃口で突いてるのは全長30cmはある節足動物……いわゆる虫だ。テカテカとした光沢を放つ外骨格と細長い触覚を持ち透明な羽根を持っていた。


 その虫も外骨格に無数の穴が空き、形容しようがないが恐らく血液であろう粘液が穴から流れている。


「おぉ……」


 彼は銃口についた粘液に顔をしかめる。彼も普通の虫なら別に問題ない、昔は彼にも昆虫を追い掛け回していた時代がある。しかし己の顔ほどある虫には流石に生理的に無理であった。


「コレの毛皮はどうしますか、まあまあ高く売れるんですよね?」


 彼女は甲斐甲斐しくタオルでSCAR-Hの銃口を拭いながら聞いてきた。確かにシルクウルフの毛皮は売れるのだ。しかし彼は首を振る。


「毛皮を切り取るのは中々面倒だほっとけ。俺達にはまだやることがある」


 彼等がここに来た理由、それは灰染熊を倒す事なのだ。それも本来の目的である王都にいる獣人の少女、ソフィヤを助ける通過点でしかないのだ。今他事をやる暇は今はない。


 銃口についた汚れを拭き終わった彼女は立ち上り、自らの服装を正す。彼はそれを黙って見ていた。


何時もと違い変な"はしゃぎ"が無いと彼は感じていた。それは多分間違いではないだろう。


 そして彼女の準備が終えるのを見ると周囲を見渡し、敵影が無いのを確認すると口を開いた。


「よし、じゃあ行くとしよう。まだ俺達はそれの片鱗すら捉えてないからな」


 彼女は頷き、彼等は歩きだした。







 今回、必要なのは"灰染熊"の胆……つまりは胆のうと呼ばれる内臓の一つで熊胆という。これはアジア、特に東アジア諸国では漢方薬として重宝されている。


 本来の効能は健胃効果や利胆作用など消化器系全般の薬として用いられるのだが、ここは異世界灰染熊の熊胆は遥かに効能が高い。


 具体的に言えば健胃効果や利胆作用もさることながら、消火器系以外の内臓にも効能を発揮し内臓を整え、免疫効果も発揮する凄まじい薬になるのだ。


 ではそんな薬になる熊、直ぐに乱獲されるだろうという話になるのだがそうもいかない理由があった。


 その理由、簡潔な言えば"灰染熊"ホーリビリッスは"強い"この狩猟区"ローシェン渓流"の覇者なのだ。


 先ずは日本にも生息しているヒグマのスペックを見てみよう。


・体長約2.0~2.5m体重100~250kg。過去には体重380kg体長約2.7m、立ち上がると3.5mの個体も。

・鋭い爪は鉤状で鋼製のドラム缶でも大きく変形する。

・トラより大きな歯・そして口。人間の骨を簡単に噛み砕く(グリズリーはボウリングの玉さえ噛み砕く)

・嗅覚は犬の数倍優れている。


・張り手で人間の首が簡単に吹き飛ぶ。

・平地を時速40~50km/hで走る。

・丈夫な毛に覆われており人間の力で打撃や刃物などは効かない。銃弾も急所でなければ効かず、角度が悪いと頭蓋骨で弾いてしまう場合もある。

・犬以上の知能を有し学習も高く、行動パターンは多岐にわたる。人間の弱さを学習したら人間ばかりを襲うようになる。野生動物は一般に火を恐れるがヒグマは恐れずやってくる。


 これが日本に生息するヒグマのスペックである。見て分かる通り、下手な異世界生物よりも圧倒的な強さを持っている。


 ならこれが異世界に生きる熊ならどうなるのだろうか?




 彼等は茂みに隠れ周囲を探索していた。そこは山の中腹にある岩の高台だった。その下方には渓流が流れている。裸眼では難しいが双眼鏡で見るには充分で彼等には渓流を見るにはうってつけの場所だ。


 渓流の流れは急ではあるか人が渡れない程ではなく目を凝らすと魚影が見える位、透明度は高い。渓流釣りをするには楽しそうな場所である。


(昔はじいさんに連れられて渓流釣り行ったなぁ)


 そんな過去の記憶に思い馳せながら暫く様子を伺っているとヤツが現れた。それに気付いたのはインだった。


「……マスター彼処にいるのがそんなんじゃないですか?」


 彼女はそう言って指を指すその先には川の流れの中に黒点がポツンと見える。距離は800m~1000mと言ったところだろう。


 彼は双眼鏡を取り出し見ると……そこにいた。


 黒を基調としながらも斑模様に灰色が染めている様な大型の熊。大きさは周りの物とのおおよそだが恐らく体長で3m程だろう。灰染熊ホーリビリッスが姿を現した。


 灰染熊は川の中腹で動きを止めそこからじっとしている。


「何をやってるのでしょう?」


「多分魚を獲るんだろう。前に一度見たことがある」


 彼はそう言うが生で見たのではなく某国営放送でやってた知床の自然系番組である。


 彼等がそれを観察して待つこと暫くすると灰染熊に動きが。ゆっくりとだが、右前足を動かし……次の瞬間!


 バシュッ!と水面を横殴りにすくい投げると一匹の40cmの魚が空を舞った。魚は綺麗な放物線を描くと中洲に落ちる。


 灰染熊は中洲へと移動すると自ら獲った獲物を補食しはじめた。


 さながらN○Kの自然系番組を見ている様で彼等はそれを唯観察していたが補食始まった時、守孝は動いた。


「イン狙撃だここから当たるか?」


 彼がそう言うと彼女は横に置いておいたLynxを手前に引き寄せ、安全装置を外し12.7×99mmの初弾を薬室に込めた。


「勿論です。こんな距離、目の前のコップに当てるのと変わりません」


 そう彼女の顔には自信が満ちていた。そうならばと彼も任せ隣でスポッター(観測主)に徹し始める。


「距離980m 風速……横から風3m/s。対象首を下げ魚を補食中……」


 つらつらと距離等を彼女に話し後は彼女に任せる。対する彼女はLynx上部にマウントされてるスコープを覗き、引き金にはまだ指を掛けていない。


 彼も急げとは言わなかった。狙撃は極限の技能と集中力が必要とされる。


 だが彼女はそれと違う。彼女は機械の体と心を持つ自動人形だ。彼から言われた各種諸元を己に入れ、レティクルを灰染熊の頭部に合わせ……そして引き金を引いた。


 重低音の爆音が周囲に鳴り響き発射された12.7mm弾は一直線向かい……


 ……甲高い音をたてた。



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