四十八話
「魔法使いは殆ど存在しない?」
その言葉を聞いた時、守孝はある種の納得を持ったいた。此方の世界に来てから約一ヶ月。魔法使いと言う存在を見たことが無かった。魔具と呼ばれる存在は耳にしていたが、魔法使いはその存在を片鱗すら無かったのだった。
「ああ、その通りだ。一般人が想像する……土で壁を造ったり火を自在に操る。そんな存在は殆ど存在しない」
当たり前だと言う風に話す医者。守孝がチラリとマルクスを見ると、彼は『またその話か』と言う表情であった。どうやら知らない人は知らないが、少し魔法関係を知ってる者達には常識なんだろう。彼には何度か話している様だが。
「まあ、世間一般的に言われる魔法使いもいない訳でもない。だがその数は少ない。百万人中に一人、それぐらいの確率で存在する」
百万分の一。その確立は現代日本の人口約一億二千万人の中でたった百二十人しか選ばれないということだ。この世界にどれ程の人が住んでいるかは知らな、だが地球の人口約七十億よりは少ないだろう。つまりは絶対数、魔法使いの数は少ない。
「少し話は変わるが、カレッジと呼ばれる施設が世界各地、まあ、各国に一つ在るぐらいある。これは魔法使い達が集まり、学び色々な事を研究する所だ。大半の魔法使いは此処にいる」
ある種の学び舎であり研究機関があるのは守孝も理解したが、そこにある疑問が出てきた。
「魔法使いはその数が少ないのだろう?集まって研究するのは分かるのがそんなに人数が集まるのか?」
そもそもの魔法使いが少ない上に世界各地にある。そんなに人が集まるのか、一人二人ではカレッジなんて名乗れない。
「確かに本物の魔法使いは少ない。だが他の魔法使いがいる」
他の魔法使いと言う単語に首を捻る守孝とイン。魔法使いは魔法使いだろうとそんな陳腐な感想しかでない。
「他の魔法使いは魔法を使えない魔法使いの事を言う。世界や人体に流れる俗に言う魔力は何となく把握出来るが、魔法を使う事が出来ない。専門用語で言えば"ブロークンアローズ"。通称"魔無"だ。その数は、魔法使いよりも多く千人中に一人は居る」
つまりはそのブロークンアローズ……" 魔無"達がカレッジの大多数を占めると言うことだろう。千分の一の確率なら地方都市に十数人がいる確率になる。それが全国から集まり学ぶ、正にカレッジ(学び舎)なのだ。
「カレッジでは様々な事を学ぶことが出来る。例えば医術、算学、歴史など。己が事が学びたい事が学ぶことが出来る正に知識の総合研究機関だ。大半の魔法使い、魔無含めてそこで研究したり、国や郷土の学校で講師をするかしてるな」
彼は言いたい事を全て言い終わった様で、お茶をお代わりを貰っていた。
「成る程、良くわかった。失礼ながら何故先生はそこまで詳しいんだ?一般人ならそこまで知らないだろう?」
「それは俺が説明しよう。先生は元カレッジ出身なんだよ」
それまで黙っていたマルクスが横から入る。確かに身内ならば内情なその他諸々も知っているのも納得出来る。
「先生……そうえば名前を言ってなかったな。ヴィムと言うだが。ヴィム先生は元々、カレッジ出身でカレッジ内で医術や人体の研究をしていんだ。と言っても先生は魔法使いではなくて"魔無"だけど。だけど自分の研究室を持っていたんだが……」
マルクスはそこまで言うと、チラリとヴィムを見る。才能ある者達が集まるカレッジで研究室を持つことが出来る程の才能の持ち主の筈だ。その彼が今は此処で医者をやっている。何かがあったのだろう。
彼は一口、出されていた茶菓子を食べると口を開いた。
「別に……"獣人は人間と変わらない"と言う趣旨の論文を学会に提出したら、その日の内にカレッジを追い出されただけだが?」
さも当たり前に話すヴィム。そして一度話始めたら止まらなかった。
「そもそも自由な学びと研究が本来のカレッジの筈だ。それなのに"儂"が死んだ人や獣人の解剖による内蔵の分布や形、その他諸々の研究結果を"人と獣人が同一な訳がない"と一蹴して叩きだしんだ。あの頭が固いジジイババアども……!あそこは老人達の溜まり場じゃないんだぞ……!」
そうぶつぶつと文句を言うヴィム。この男どうやらスタンダードな学者ではなく、少し……いや大変変わった人物なのだろう。
「と……まあヴィム先生は俗に言う変人だ。此方としたら腕も良いし獣人に対して忌避感も無いから家の従業員達が何か病気か怪我したときに世話になっている」
そういってマルクスは苦笑いをしていた。確かに獣人が差別されるこの世界で、研究対象と言う目線ではあるが真面目に獣人を治療してくれる者は少ないと言うか彼位だろう。
「はん、俺を変人とは商人の間じゃ"変人"マルクスと呼ばれる男が良く言うよ」
ヴィムはカレッジ上層部の文句を言い終わったのかはたまた切り上げたのか分からないが、落ち着きを取り戻していた。
どう言うことかと守孝は彼に問うと。彼曰くマルクスは獣人を平等に扱い、衣食住を整えている。他の所ではボロを着させ寝床は倉庫の隅。食事は残飯。ましてや獣人を医者に見せるなんて事はしない。獣人達は"消耗品"なんだそうだ。
「俺は従業員が万全な状態で仕事をするようにしているだけさ。それに店の中に汚い格好の者がいる方が俺としたらナンセンスだよ」
マルクスはそうこともなげに話しお茶を飲む。彼も王都では変人。ヴィムも研究者としては変人。類は友を呼ぶとはこの事なのだろう。
「変人だったらモリタカとインちゃんも入るな」
「ん?俺もか?」
「モリタカは獣人を忌避したりしないし更に助けようとしてるからな。まあ人から見たら変人だな」
段々と変人談義になり始める。彼も変人だ、いや変人じゃないと言い合っていたがヴィムがパンっと手をならし場を静めた。
「まあ、変人か変人じゃないかはここら辺にしておいて彼女の事を話そうか。今は安定してるが二週間、三週間先を考えると今から動いた方が良い。それに……そこのお嬢さんはそろそろ我慢の眼界の様だしな」
そもそも話題を出したこの男が原因なのだが、これ以上話が止まっているのも避けるべきでほじくり返す事でも無かった。それに明らかにソワソワして落ち着きがないイン。彼女は一刻も速くソフィヤを今の状況から救ってやりたいのだろう。
「イン落ち着けお前が慌てたってしょうがない」
「は、はいマスター善処します」
彼女はそう言いつつも落ち着きを取り戻すにはもう少し時間が必要であった。何処までも人間に近い。だが、忘れてはならない彼女は人間を模したモノと言うことを。
「良しじゃあ此処からは彼女を助ける方法を考えよう。先生なにか案はあるのか?」
マルクスから問われフムとヴィムは目線を下げ手を顎に思考に入った。脳内に出てきた幾つかの案の内、実現可能なものを提示していく。
「幾つか案がある。まず第一案が彼女が自らの力で回復するのを祈る」
つまりは何もしないと言うこと。
「却下です。それは助けるのでは無く見捨てると言うことと同義です。魔法使いは少ないにしろ存在してます。その方々に助けを求めるのはどうですか?」
誰よりも速く返事を返したのはインであった。勿論他二名も頷く。此処で見捨てるのなら始めから助ける事などしない。
逆にインから出された提案は端から聞けば可能性はありそうだが……ヴィムは首を振った。
「カレッジは閉鎖的だ。外からの干渉や依頼を嫌う点がある。稀少な魔法使いを使う事などしないだろうな、王都にも魔法使いが二名程いるが……何処にいると思う?」
王都に来てまだまもない二人は首を振る中、王都の数々の事を知り尽くしているマルクスが答えた。
「一人が王立学校の理事長…… もう一人が王室御用魔法術師だよ。そんな相手に手を貸してなど言える訳がない」
身元の良く分からない傭兵崩れの冒険者とその相棒のメイド服を着た少女。それに王都の中堅商人とカレッジを追放された王都の町医者。自分達の身分からははるか遠くにいる人達だ。そんな者達が手を貸す事などあり得ない。
「それにあの頭の固い老人どもが了承する筈がない。つまりはメイドのお嬢さん案は不可能だ」
脅して無理矢理ならもしかしたらやってくれる可能性もある。しかしソフィヤの治療が完了した後はどうなるのか?良くて国外追放、悪くて死罪だ。マルクスには家族があるし築き上げた店もある。ヴィムもそうだろう。
強硬手段に出る訳にはいかない。物語の様にそこで話が終わる訳ではない、その先も続くのだ。
「それで第二案は彼女に必要な薬を作って飲ませる」
彼が提示してきた第二案。これが一番現実的な案であった。三者がこれしかないと頷く。
「どうやらこっちの案の方が良いみたいだな。だが此方は此方で難関だぞ」
そう言う彼の目は笑っていた。どうやらこの男、始めからこの案が採用されるのを知っていたようだ。
「必要な材料はどれも手に入りにくく市場に出回らない。だから自分達で獲りに行くしかない。ああ誰かを雇うって方法もあるな。これだと色々と高くつくがな」
「それなら俺達が行こう。場所は何処だ?」
お前達がと言う顔をしている彼に対して、マルクスがつげた。
「彼等は赤竜を討伐済みだ実力は俺が保証する」
「赤竜をか……それなら大丈夫だな。幸い欲しい素材はそこで全部集まる。場所は……マルクス地図は無いか?」
ヴィムがそう言うとマルクスは部屋の右側にある戸棚から地図を取り出し、机に広げる。ヴィムは地図を見ると王都から西域にある場所に指で丸を描く。
「王都から西に約一週間にある狩猟区"ローシェン渓谷"。獲ってきて欲しいモノは……渓谷の主、"灰染熊"ホーリビリッスだ」




