四十七話
守孝とインはソフィヤを連れて北地区を出た。彼女は安心したのか彼の胸の中で寝息を立てているが、心身の疲労は大きい。更には体に無数の傷が有り、一刻も早く彼女の体を休める場所を探さなければならなかった。
しかし獣人は差別対象であり、治療してくれる者はこの地の人々など知らない守孝とインには難しい。彼等が泊まる宿には連れていけない。知り合いが少ない彼等が頼ったのは、この地王都で商人として成功し商会を持つ彼等の友人、マルクスだった。
守孝達が商会に向かいマルクスに会うと彼は守孝が抱えているモノが何なのか理解し、何も言わずに彼等を中に招き入れた。ソフィヤは女中の方々に体を清めてもらい、綺麗で清潔に保たれているベットに寝かされた。
現在はマルクスが頼んだ医者が部屋の中で診察をしている所であった。彼等は診察の邪魔であるから商会室で待っている。
「……さてと。モリタカ何があったんだ?」
彼女の診察結果待ちの時間。女中が入れたお茶で一息吐いた時、マルクスは話を持ち出した。守孝はお茶をひと口飲むと口を開いた。
「話せない……と言う訳にもいかんしな。マルクスには迷惑をかけた以上話さなければな……それにお前にも関係が無い訳ではないしな」
「と……言うと?」
首を捻るマルクス。彼は彼等が現地協力民を雇ったのを知らなかった。
「彼女の名前はソフィヤ。マルクスも見て知ってるだろうが、獣人の少女。会ったのは北地区貧民窟。あの件で住居特定をするために雇った現地協力民だ」
その言葉に彼は目を見開くと一度瞑目し、それから残っていたお茶を一息で飲み干した。
「成る程……確かに妙手だな、その土地の事が分からないなら知ってる奴に聞く当たり前の話だ。その事については何も言わん。あの件についてはモリタカ、お前に一任したからな……彼女が報復によってああなったのか?」
守孝は一口も飲んでないお茶に目を落とす。
「……それは無いと思う。彼等は未だ牢獄の中の筈だ仮に報復だとしても殺して何処かに吊るした方が効果的だ」
「つまり彼女は不幸にもああなったと言うこと……か」
彼はハァと大きく息を吐くとコップに入れ直されたお茶をチビりと飲む。彼女が何故ああなったか、それを彼等は知らない。
「すまないマルクス。お前を面倒事に巻き込んでしまって」
守孝とインは頭を下げるそれを見たマルクスはにこやかに笑った。
「気にするな。モリタカ達には返しきれない恩がある。これぐらいどうって事ないさ」
そうしている内に彼女の診察をしていた医者が診察を終え部屋に入ってくる。医者は白髪混じりの栗毛で口髭を携えた初老程の男だった。
「先生容態はどうでした?」
守孝はここで焦っても仕方がないと冷静に医者に尋ねた。椅子に座り女中から出されたお茶を飲んだ医者は話始める。
「端的に言うと体全体に殴打跡が見られ全身打撲。右眼球損傷。それ以外は目立った外傷、骨折とかは無かったが……下腹部に色々とやれらた跡が有った。恐らくだが内臓にダメージが、それと不衛生な場所に居ただろうから感染症の疑い……と言っても分からんか。病魔に蝕まれてる可能性がある」
医者が診察結果が書かれたメモを見ながら淡々とソフィヤの状態を話す。その内容は聞けば聞くほど深刻であった。右眼球損傷だと下手すると失明している可能性が高い。骨折は無いにしろ内臓にダメージが言ってるのは芳しくない。
「先生……何とかなりますか?魔法とかで治ったりしますか!?」
守孝は医者に尋ねた。この世界が異世界なら、もしかしたらファンタジー的なモノがあると思ったからだ。だがその言葉を聞いた彼は溜め息をつく。
「あんた達も魔法が万能だと思ってるのか。いやすまん、嫌みじゃないんだ。魔法使いが万能だと思ってる奴等が多くてな」
医者は苦々しく答えた。その言葉から感じる嫌々さはもしかたらこう言った質問が多いのか?彼はそう思う。
「気分を害したのなら謝る。俺達は魔法なんてモノがない地域から来たんだ」
「……まあ、そう言うことなら良いだろう。この際だからついでに魔法使いの事を教えておこう。ああ大丈夫。あの獣人の少女には体調を整える薬等を飲ませたから、今の所は安心だ」
医者はニヤリと笑う。
「……それよりも今後、エセ魔法使いやエセ医者にかかって更に酷くなったら嫌だろう?」
その言葉にインはムッとした。その言葉にトゲがある様に感じたのは間違いではないだろう、それを守孝はスルーする。これぐらいの嫌みなど、社会に出たら日常茶飯事だった。
「では……教えて頂きましょう。今後ヤブ医者に引っ掛からない様にね」
彼が少し嫌みったらしく言う。友人であるマルクスが連れてきた医者である信用はするが信頼はしないそう言うスタンスだった。そんな言葉を聞いた医者もスルーした。
「ははは、良いだろう。じゃあ魔法使いを教えるとして。先ずは単刀直入に言うと……魔法使いなんて者達は殆ど存在しないだ」




