四話
心地好い風が身体に当たり、暖かい太陽の光が身体を包んでいた。太陽はまだ天高く昇りきっておらず、あの位置は10時位だろうか?
「季節的には春か?こう言う気候が一番良いんだよな」
柔らかな色の葉が生い茂る草原。この長閑な風景に不釣り合いな物を、持ちながら俺は呟いた。
四十分程歩いただろうか、目指していた丘の頂上に着いた。木は樹齢100年位は越えてるように見える立派なモノだった。此処で幾年も風景を見続けていたのだろう。
俺はこの大樹の木陰で休ませて貰いながら、丘からの景色を見る。
「……この景色は少なくとも日本では無いよなぁ」
ここから見える景色は、文字通り草原が地平線の彼方まで続いていた。小さな丘がちらほらと見えるが、基本的に平原だった。
此処が地球と同じ大きさの惑星かは分からないが、地球と同じ大きさと仮定すると、約4.5kmは草原が続いていることを意味する。
そんな場所は少なくとも本州には無い。そう言う平地は既に開発が行われているからだ。北海道には有るかも知れないが、こんな気候ではない。改めて此処が異世界であることを実感した。
丘の麓の方を見ると、淡い緑の中に一線の土色がある。多分だが整備されてない道だろう。
「あの道沿いに行くか、どっちかに進めば人の住んでいる所が在るだろうからな」
丘を下り歩き続ける。辿り着いたのは想像通り、人や馬等が幾年も歩くことで踏み固められた整備されていない道だった。
さて、どちらに進もうか。此処で間違えると、下手したら四五日以上、飲まず食わずに歩き続けるはめになる。
どちらに進もうか迷っていると、後ろから蹄の音と車輪が転がる音が聞こえてくる。振り向くと馬車が此方に向かってくるのが見えた。丁度良い、あの馬車に聞くことにしよう。
「おーい!すいませーん!」
大きく手を振り、呼び掛けると、目の前で止まってくれた。馬車は二頭立ての荷馬車だった。おそらく商人のモノだろう。行者台に座っていたのは、中年位に見える渋めの男性だった。
「おう、どうしたんだ?何かあったのか?」
「いや、大したことではないんだが、道を聞きたいんだ。俺は見ての通り旅人なんだか、前の街で食料を買うのを度忘れしてしまってな。予備の食料は有ったんだがそれも食ってしまって、前の街に戻った方が近いのか、次の街に進んだ方が近いのか迷ってたんだ」
「なんだ、そんなことか。それなら次の街に進んだ方が良いぞ。歩きなら、日が落ちる前には着くんじゃないか?……それにしても、あんた前は軍人とか傭兵じゃないか?」
「……よく気づいたな。確かに俺は元軍人であり、元傭兵だよ。まあ、今は旅人だがな」
俺がビックリして聞くと、商人は自慢気に答えた。
「俺は、商人だからな。情報は商人の命だ。そのお陰か、雰囲気や立ち振舞いで大体の職種は分かるんだ。それにその装備、ヘンテコな形をしているが、何となく武器だと思ったんだよ」
それだけの情報で俺が何者か当てるとは、この商人、ただ者ではないな。
「なあ、あんた。良ければ俺の馬車に乗ってくか?最近ここら辺も物騒になってきたしな」
「それはありがたい事なんだが、良いのか?俺の様な素性の知れない奴を乗せて?」
俺が聞くと商人は笑いながら言った。
「旅は道連れ世は情けと言うだろう?それに怪しい奴ならそんな事は言わんよ。まあ、樽や品物と一緒で良いならだがな」
「じゃあ、お言葉に甘えさせて貰うよ」
そうして俺は、商人の言葉に甘え、馬車の荷台に乗らせて貰うことになったのだった。
馬車に乗らせて貰うと。直ぐに商人……マルクスとの会話が始まった。何でも一人旅だったので話相手が欲しかったらしい。
「……それでモリタカ!その後はどうなったんだ!?」
「まあ、落ち着けよマルクス。……俺とターニャを含めた含めた四人は敵百人以上に囲まれ絶対絶命のピンチだった。だがその時!颯爽と駆けつける集団がいた……騎兵隊の到着だ!騎兵隊の到着で混乱した奴らに俺らは打って出た!そうして俺達は何とか危機を脱する事が出来たんだ」
「はぁー……モリタカも色々な経験をしてるだな」
正確には騎兵隊は騎兵隊でもヘリを運用する航空騎兵なんだが嘘は言ってないし、航空騎兵を説明するのも面倒だ。それにここでマルクスに水を差すの忍びないしな。
「いやいや、マルクス。あんたの話も良かったよ!盗賊や怪物からの逃走劇!商売相手に騙されそうになった時の逆転劇!そして遂には王都で自前の店を持つことになるんだろ?」
「はっはっはっ!まだまだ、これからだ!これから!もっと稼いで家族や、部下達に良い暮らしをさせてらやんとな!」
話の流れで分かるだろうが、マルクスは王都で自前の商館を営んでいる。今回は急ぎの商談の為に急の一人旅をするはめになったとの事だった。今はその商談の帰りで、後ろ品物は商談の物品とか、その街で見た珍しい品物だそうだ。
そしてマルクスとの会話で色々な事が分かった。ここはサンマリア王国と言う国であり、次の街がパックルという名前であること。この地には複数の種族、所謂ドワーフやエルフ等が住んでいること。ここからはるか北には魔族と呼ばれる存在が国を作っており、周辺国と小競合いが有ると言うことが分かった。
しかしこの世界にはエルフとか魔族とかが居るのか、益々ここが異世界って感じがするな。実際に架空の存在に出会えるのは少し楽しみだ。
そんな事を思いながら馬車に揺られること三時間、何事も無く無事に街に着くことができた。
「ありがとうマルクス!お陰で助かったよ。」
「いや、こちらも楽しかったよモリタカ!お前はこれから冒険者ギルドに行って登録するのか?登録してないのは驚きだったが。」
冒険者ギルドとはマルクスに教えて貰ったギルドの一つである。討伐、採集から護衛まで、その依頼は多岐に渡る。簡単に言えば何でも屋の元締め見たいなものだ。
「ああ、そのつもりだ。俺も気になってはいたんだが、なんと言うかまだ良いかなって気持ちが有ったんだよ。流石に金も無くなったし登録することにするよ」
さっきから嘘が多いが仕方がない。本当の事を言うのは唯のキ○ガイにしか見えないし、変に言い繕うのは怪しく見える。なら堂々と本当の事と多少の嘘を言うのが正解だ。
「そうか、俺はここでも多少の雑事が有るからニ週間は滞在するが、王都に帰る時は良かったら護衛の任務を受けてくれよな!じゃあな!」
「ああ、その時は是非受けさせて貰うよ!」
俺がそう言うと、マルクスは一つ笑顔を見せ、そして馬車を走らせ街の人集りの中に消えていった。
「さて、俺も行くとするか」
目指すのは冒険者ギルドだ。マルクスに教えて貰ったから大体の場所は分かっている。
俺はパックルの街の中を歩き始めた。