四十六話
本当に大変お待たせしました!ちょっと何を書こうかとか、本当にこれって面白いのか?とか悩んでいました。
色々なご意見が有ると思いますが、馬鹿な作者なんで寛大な目で見てください。
彼女は北地区の路地裏の隅に倒れていた。彼女の世界はもう何日も闇の中で、どんよりとして流れは無く濁っている。時間の流れは感じない。ただ目を瞑り己ですら起きているのか寝ているのかも分からない時を過ごしていた。
彼女はあの時からの記憶はほとんど無かった。あるのは頭の奥に押し込めようとしても泥水の様に心を蝕む体験だった。
何時あの状況から抜け出したかも思い出せない。抵抗することも無く唯の人形と化していた彼女に飽きたのか、裸体のまま廃屋に棄てられた。
彼女は震える足で立ち上がると廃屋に捨てられていたボロ布を身に纏うと何処かしらに歩いていく、その足取りは覚束なく今にも倒れそうだった。
そうしてやっとの事でたどり着いたのは、彼女が一人で暮らしている我が家……と言っても小さなボロボロの小屋なのだが。帰巣本能と言うものだろう。人間も含め動物と言うのは本能的に自分の家に帰るモノなのだ。ほぼ意識が無い彼女は無意識に我が家へと帰った。少しでも体を休める為に。しかし……
「……………………」
その我が家は無惨にも荒らされ最早家とすら呼べない代物になっていた。誰かが彼女が連れ去られたのを見ていたのだろう。ああやって連れ去られた女性がどうなるかは、この地で生きているなら誰でも知っている。
それ故に彼女の棲家は荒らされた。もう帰って来ない者に、この地の弱者にはもう拒否権など無い。
そこにあった物を奪い奪って、果ては家と呼べる位には形になっていたものですら跡形もなく奪われた。それを彼女は無感情に虚ろな目で跡地の家を見ると、そこを後にしたのだった。
そして彼女は自然と無意識に向かっていく。足を引き摺りながらそれでも歩く。そうしてたどり着いたのは、あの二人を案内した家だった。
そこには人集りが、いや正確には家を見ることが出来る路地に何人もの貧民達がいた。家の方からは血の臭いが鼻についた。
彼女はそれを無感動に見ていた。前なら臨時収入が増えだと喜んでいただろうが……今は自分と同じ弱者がいた。それぐらいだった。
彼女はその場を後にした。ズリズリと足取りは重くそれでも歩く。彼女には居場所は無い。彼女にはもう力が殆ど無い。
彼女の横を馬車が通り過ぎていった。それを虚ろな目で見る、真っ暗な荷台の誰かと……
……目があった様な気がした。
そうして彼女は路地裏に倒れていた。ここが彼女に残された最後の場所だった。他の場所は他者の場所。強者がそこを使い、弱者は追われる。"弱肉強食"正に貧民窟のルールが己に降り掛かったそれだけだった。
ああ世界は何とも残酷なのか。悪人は我が物顔で弱者を食い物にし、愚者は己の罪を知らずに他者を殺す。それがこの世界だ。
『世界はそんなものじゃ無い!良い人は絶対いるし世界は美しいんだ!』と声を高々に主張する者達もいるだろう。確かにそれは間違いでは無い。世界を探せば良き人が一人や二人、いやもっと居るかも知れない。だが、逆説的に捉えれば、そんな人間は居ないかも知れない。
そしてそれは死を独り路地裏の片隅で待つ、獣人の少女には関係無い事だった。死を待つ彼女を助ける人間はこの場にいない。同族である獣人ですら、不快なモノを見るようにして立ち去っていった。それが彼女の中の答えだった。
しかし、しかしだ。この場で彼女に救いの手を伸ばそうとしない者達は間違っているのだろうか?罪があるのだろうか?
勿論、彼女をこんな状況にした者達は咎人だ。然るべき場所に引き摺り出してその罪を精算させなければ為らない。だが、自分の身を守るために厄介事には関わらない様にするのは、果たして間違っているのだろうか?"触らぬ神に祟りなし"とは正にそう言う事だ。
それを判断するのは誰でも無い自分自身なのだ。他人に何を言われようと最後に決めるのは自分自身なのだから。
そして今言えるのは彼女に救いの手を伸ばそうとしている者達がいると言うことだ。
彼女は暗闇の中で近くに誰かが居るのに気づいた。この道を通る人間はいる。だがそれはこの道を通るだけで、彼女には気にも留めずに通り過ぎる。しかし、今回は違う。二人いる気配はその場を動こうとしない。
「おい──嬢ちゃ──大丈夫──!」
「ソフィ──起きて──!!」
よく聞こえない耳に聞き取り難いが聞いたことがある声が聞こえてきた。たった数時間の関り合いであったが彼女の心に染み付いた二人の声が。
その声を聞いた彼女は数日間全く開かなかった瞼を開けた。久しぶりの光に目を細めながら声の方を向く。
「おい、嬢ちゃんしっかりしろ!」
「マスター!ソフィヤちゃんが目を覚ましました!」
そこにはあの二人が居た。まるで人のために作られた様な綺麗な少女イン。そして傷だらけな、でもスゴく優しい人鴉羽守孝。その二人は彼女が目を開けると安堵し、守孝は彼女を抱き寄せた。インは泣いた。
「もう、大丈夫だからな」
彼はそう言うとそのまま彼女を優しく抱きその場を離れる。歩く度に彼女の体は揺れる。それがまるで揺り篭の様で彼女はウトウトと船をこぎ始めた。
「おとう……さん……」
その言葉を聞いた二人はビックリしたように彼女を見る。彼女はもう久方ぶりの眠りについていた。安全な場所が出来た。そんな安らかな寝顔だった。
彼は彼女を頭を一撫でするとインと共に北地区を出るために駆けていった。




