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四十五話



 朝日が散々と照らす朝の王都。道の両側では朝から商売の口上が聞こえ、あちらこちらで露店が軒を連ねていた。


「おぉ……痛てぇ。インお前けっこう本気で殴ったろ……」


「ふんっです!マスターが悪いんですよ!私の様な美少女メイド自動人形とのデートを引き伸ばしたからです!」


 そんな中で頬を押さえながら歩く守孝とプリプリと怒りながら彼の隣を歩くイン。彼等は北地区に向けて歩いていた。


 彼女は朝の出来事からご機嫌斜めであった。原因は勿論、彼がデートを引き伸ばしたからである。彼はデートを今日するとは言ってない為、これほど怒られる筋合いは無いと思っていたが……乙女の心は複雑怪奇なのである。


「だから済まんかったって言ってるだろイン……」


「じゃあ何でデートを引き伸ばしたんですか!?別にソフィヤちゃんの所に行くのは今日じゃ無くてもいいですよね!?」


 (それはデートも同じじゃ……)彼はそう思ったが、口には出さなかった。彼にもそれぐらいの良心はあった。それにそれを口にすれば彼女は烈火の如く怒るに決まっていたからだ。


「はぁ……許してくれよイン」


 彼は面倒くさ……何とかこの場を脱しようと何となく彼女の頭を撫でる。それが案外有効なのか彼女は口では抵抗するが体は素直で嬉しそうに頭を手に擦り付けていた。


「ふぇ!?ち、ちょっとマスター!?いきなり撫でないで下さい!?……ふぁ」


 (こいつ……チョロいな)彼はそう思ったが、そうも上手くは行かないらしいく……彼女は手を名残惜しそうだったが振り解いた。


「ふう……って危うくマスターの計略に騙される所でした……!」


「いや、騙して無いんだが……」


「そんな事よりも!私よりもソフィヤちゃんがいいんですか!?」


「いや……そうでも無いんだが何か気になってな」


「なら私とのデートでもいいじゃないですか!」


 こんなにご立腹なインを見るのは守孝も始めてであった。それだけデートを楽しみにしていたと言う事なんだが……幾らなんでもオカシイ彼はそう思った。


 彼女は彼に対して我が儘な所はある。だが彼の決定に従わない事は無かった。今回の彼女の行動はまるで北地区から離そうとしている。まるで北地区で何かが起こってるかを知っているかの様に。


(インがここまでして行かせたく無い理由……?)


 インが北地区に居たのは昨日の夜のあの事件だけで、後は彼と一緒だった。その為彼女が北地区で何かが起こっているか何て知るよしも無い。


(……もしかして、"起こっている"のではなく"起きていた"?)


 もしそれが事実とするならば、彼女は何時それに気付いたのか。いや、起きていたのなら……あの時彼女は気付いていたのだ。


 


 そしてそれを己の主人である彼には話さなかった。では何故話さなかったと言う事になるのだが。理由は二つ程上げることができる。


 そもそもそれが自分達には関係が無い事だった。そうだとすると、これ程までに彼を北地区に行かせようとさせない理由にはならない。


 あの日あの時彼女は誰かを捉えていた。だが『今、知っている人を見つけたんですが……見間違えですね』そう言うので彼も気にして無かったが、もしそれが知り合いだったら……?


 仕事とは関係ないが知ってる者に何かしらの事が起きていたと言うことだ。そして北地区で知り合いなど一人しかいない……


「……インちょっとこっち来い」


 守孝はふて腐れているインを連れ路地裏へと入る。


「もう、なんですかマスター。やっと私とのデートを……?」


「お前何か隠してるだろ」


 その瞬間、彼女は彼の目を一瞬見ると直ぐ様目を伏せた。


「何かあったんだな?」


「そ、それは……」


 彼女は言い淀む。これは……絶対に何かあったのだ。彼が詰め寄るとやっとの事で彼女は口を開いた。


「……あの夜、あの場所で私はソフィヤと思われる人物を捉えました」


 やはり彼女はあの場所で北地区の獣人の少女ソフィヤを見付けていた。だが、その言動の中に一つ違和感を彼は覚えた。


「ソフィヤと"思われる"人物?」


 インは……守孝も時々忘れてしまいそうになってしまうのだが、自動人形つまりはロボット、有り体に言ってしまえば工業製品だ……感情を持つ工業製品と言うのも変な話だが。


 感情を持つと言うことは"心"を持ってると言う事になるのだが……話が反れてしまうので、今回は置いておく事にしよう。


 ……つまりだ。彼女の様な人物を瞬時に判断できるモノが"思われる"という曖昧な受け答えがでる筈が無い。


 インは一瞬の瞑目の後口を開いた。


「ソフィヤちゃん……ソフィヤちゃんを最後に見た時、それは無惨な姿でした。身体中ボロボロで……やっと立っている状態でした……」


「そんな……なんでそんな状態なのに俺に報告しなかった!!」


 彼は語気を強め更に彼女に詰め寄る。危うく手が出そうになったが理性が止めた。


「……分からない」


「なんだって?」


「分からないんです!何であの子を見捨てたか!私はエミール君の時もマルクスさんやミシェルちゃんの時も助けるべきだと思いました。でも……今回は何故か私は助けなくても良いと判断しました……」


 インは分からないと声を荒げた。その目から涙が落ちる。こんな彼女を見るのは彼も始めてだった。


 母親の病気を直すために頭を下げたエミール。敵対商人から攻撃を受けたマルクスに、誘拐されたその娘ミシェル。どの時も彼女は彼らを助けたいと思った。


「私の電脳は彼女の姿を捉えた時……幾つも案が出ました。マスターがあの姿を見たらどう思うか、彼女の姿を見てどうあっても手遅れだ、仕事の途中でありそっちを優先……どれもソフィヤちゃんを助けると言うのは出ませんでした……!」


「イン分かったもういい……」


 もうインの発する声は怨嗟に変わっていた。守孝が止めようとするが、それを無視し彼女は続ける。


「顔は識別不能レベルで身体の彼方此方に傷……特に下腹部が特に酷い……ねえ、マスター!何で私はマスターにソフィヤちゃんの事を教えなかったんですか!?分かんないんです!」


 彼女は彼に全てを言いきると顔を手で覆い立ち崩れる。彼は何も言葉を発する事が出来なかった。


 あの子、ソフィヤに降り掛かった不幸……いや、真実を知っていれば不幸と簡単に呼ぶべきものでは無い。だが、真実を知らない彼等には不幸としか呼べないモノに彼は言葉を失った。


 勿論、彼もソフィヤにどの様な事が起こったか検討はついている。その光景は幾つもいたる所で見てきた。そういった行為は万国共通なのだ。


 普通に考えればインは取り返しも付かない事をしでかしたのだ、叱責をしてもおかしくはない。


「イン。お前が何故俺に教えなかったか、それは分からないし関係は無い。だが……今やるべき事があるんじゃないか?」


 だが……自らの犯した罪に苦しんでいるモノには優しく諭し自らの罪を清算するなら手を貸す。それだけなのだ。


「ソフィヤちゃんを助ける……ですか?」


 顔を上げた彼女を彼は立たせ抱き寄せた。


「なんだ分かってるんじゃないか。じゃあ探しに行くぞ?」


彼は彼女をポンポンと頭を撫で離す。彼女は涙を拭い答えた。


「行きましょう。マスター……私はソフィヤちゃんに謝って許してくれるでしょうか?」


「許してくれるさ。あの子とはたったの数時間の交流だったが優しい子だったからな」


 そして彼等は北地区へと駆けていく。


 彼はインがソフィヤを置き去りにした理由を何となくだが分かっていた。彼女は確かに知識もあるし感情もある。しかし経験は無いがそれは幾らでもなる。


 だが、彼女の根底にあるのが機械的思考なのではと彼は思った。だからあの子の状態を見て"損害レベル大修理不可"と判断したのだろう。人間と機械の区別がいまいちついていないのでは?


 生まれたての赤ん坊は泣く、食べる、排出と言う最初にプログラミングされた行動をする。この時赤ん坊には善悪の違いなど分からない。


 善悪の違いは社会の中で形成されていくもので彼女はそれが無い。彼女は見た目は思春期の少女に見えるが、生まれた?のを彼と出会った時とすると生後一ヶ月とちょっとなのだ。


(感情、知識はあるが根底は赤ん坊か……)


 なら、どうするか。それは至って簡単な事だ。何が駄目で何が良いかそれを教える。それだけだ。


 純白のキャンバスは何色にもなる。赤、黄、蒼という様々な色の絵画に為る時もあれば……黒で塗り潰された絵画にも為るのだ。



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