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四十一話



 ナニかに私は追われている。ナニかは分からない。だが私の後を追っているのだ。


 私は逃げた。走って走って、走り続ける。この時は己の贅肉を恨んだ。


 だが、私は追い付かれてしまった。肩を鋭い爪に掴まれ引摺り倒される。その時、私は始めて知ったのだ。私を追っていたのが……




……己の身の丈ほどもある黒き羽を纏った鴉であった事を……




 ある男は眠りから覚め目を開けた。身体はビッショリと汗が流れ、息切れも酷い。


「…………はっ!?ハァ……ハァ……夢……か」


 彼はベットの隣にある机に置いてあった水差しからコップに水を入れ一息に飲み干した。喉を流れる冷たい水を感じ、一息付く。


「はぁ、久し振りに夢見が悪い……これもアレのせいだな」


 彼には己が何故悪夢などを見たのか知っていた。自分の店が傾きかけ、大きな取引先であったとある貴族との取引先停止。それに伴うある店への報復。それの責任が己の肩に掛かっているのだ。


 彼の名前はクリーズ……アドルフ・クリーズ。[クリーズ商会]店主二代目である。年は26であり、中々の恰幅を持つ青年だった。


「何で俺の夢見まで悪くなるんだよ」


 クリーズはベットから起き上がり、軽く上着を羽織ると隣の執務室へと続く扉を開いた。もう寝る気が起きなかった。それこそ同じ……あの鴉がまた夢に出てきそうだったからだ。


 彼は執務机の椅子に座る。椅子は柔らかい素材が使われており、身体が沈みこんだ。


「あーもう嫌だなんで俺がこんな目に」


 彼は項垂れると机に突っ伏した。彼はまだ26。本来ならまだ商会幹部として父親を補佐したり、父親の後ろで商業の"いろは"を覚える時期である。


 だが、彼は現在店主の地位に就いている。それには理由があった。前店主つまりクリーズの父であったドミニク・クリーズが病死したのだ。


 三年前。ドミニク・クリーズは他国での取引の帰りの際、現地で流行り病をに感染してしまった。彼は最初は只の風邪だと思い、普通に王都に帰ると病状が悪化。その一週間後には帰らぬ人になっていた。


 突然の店主の病死に[クリーズ商会]は荒れに荒れた。まだドミニクの息子であるアドルフは若い。故にどうするか、商会幹部は迷った。


 次の店主をどうするか、幹部の中から店主をだすのか、このまま店を畳むのか、それとも暖簾分けをして複数の店にするか、幾つもの意見が出た。


 しかし結局は息子であるアドルフ・クリーズが店主の座を継ぐことになったのだった。


 店をこのまま畳む訳には行かないし、この状況で血筋では無い者が店主になるのは乗っ取りと言われる可能性が高い。暖簾分けも同様である。


 それだったらまだ年は若いが、直系であるアドルフを店主に据えるのが良い。それに"若造の方が我々の好きに出来る"と言う思惑もあったのだった。


 しかし……


「あぁ嫌だ。幹部連中は話を聞かねぇしよ~」


 まだ、商人としても年齢としても若い店主。それに対して数十年も商売の最前線に立ち。[クリーズ商会]創立時からいる古強者の幹部達。言うことを聞くはずもなく。


 この若い店主には幹部達を上手くコントロールすることが出来なかったのだった。


 事後承諾は当たり前。下手したら一度も経過報告もない案件が結果だけ報告された事もあった。そして今回の事件の発端。貴族領地での品質の故意的低下。これは現地の支部と本店幹部の数人が勝手にやった事だった。


 これも事後通達であり彼等曰く『少し品質が落ちたってバレない。貴族なんぞ税収位しか頭にないですよ。"若"はもうちょっと勉強した方が良いですな』との事だ。


 それを聞いた彼は……


(もうダメかもしれんな)


 そう思った。彼処の領主はそこまで甘くはないし、此方のやり方も杜撰だ。


 そもそも彼はこう言う悪どい事や裏の仕事はやらない方が良いと思っていた。今はそれで良い結果になるだろう。


 しかしそれは強引にそう言う風にしているだけで、長期的、もっと言えば自分から後の世代の悪評にも繋がるのだ。


 だがそれを幹部達分かってない。いや分かってるつもりなのだろうが、"後の世代が上手いことやってくれるさ"と思っている。


 それが己の首を締めているを知らずに……


 ……そしてこの事件は始まって一ヶ月程で不正は発覚してしまった。市場を視察していた領主の子息が、一見すれば分からないがちゃんと見ると、前よりも明らかに品質が落ちている品物を発見したのだった。


 無論、その品物だけが偶々劣化品が紛れ込んでいた……その可能性の方が高かった。だが子息は違和感を感じ父である領主に調査の許しを願ったのだ。


 優秀な息子であった故に領主は調査を許可し……そして不正は発覚した。他領地、他国まで地道に調査をし、最終的には支部にガサ入れをし決定的な証拠を掴んだのだ。


 その報告を受けた領主は冷静にそして冷徹に今回の案件を処断した……"御用商人の権利破棄と領内の商売の禁止"だ。


 これでも甘い方であり、本来なら王都にある法務を司る所に送り、然るべき罰を与える所なのだが、まだ初期段階であったし、長年御用商人として尽くしてくれた故の温情だった。しかし……


「何でそこで綺麗さっぱり過去を流して誠実な商いをするんじゃ無くて、逆ギレして強硬手段に出るんだよ」


 御用商人の権利破棄。その通達があってからクリーズは店の幹部達を集めて今後をどうするかを協議していた。彼は一回初心に戻って綺麗な商いをしようと提案するのだが……


 大半の幹部達はそれを拒否。それならまだしも……


『我々は悪くない……!』


『支部長の不手際だ……!』


『我々は嵌められたんだ……!あの、成り上がりの新参に……!』


 ……そんな意見が大半だ。自分は悪くなく相手が悪い。自分に非はなく相手に非がある。それは人間性が欠如してるに違いない程の醜悪。それを彼は改めて感じた。


 会議では何とか強硬案を宥めて事なきを得ていた。その後一ヶ月程何も無かったのだが……


「……まさか[マルクス商会]の商会長暗殺の失敗と次策で娘誘拐をしてるとはな……!」


 無論これも事後通達である。そもそも知ったのが昨日の昼だった。


 それを知った時は流石にキレた。幾らなんでも強硬すぎるし。ここ数ヵ月の[クリーズ商会]と[マルクス商会]の行動が分かれば直ぐにバレてしまう。


 だから彼は今すぐにでも止めさせようとしたのだが……


『"若"は黙っておいて下さい。我々が何とかしますんで。若は自宅でのんびりしておいてください』


 事実上の"いらない"宣言である。


 流石にほとほと呆れ果て彼は自宅に帰宅し家の中に籠ってるのだ。家の外や内にいる警備達は幹部が連れてきた連中だった。居ないよりもマシだと考えそのままにしている。


「もう何も考えたくない……酒でも飲むか。ツマミが欲しいし誰か……!」


 クリーズは素面でいるにも辛くなり外にいるだろうメイドか誰かに酒とツマミを頼もうとしようとするが……その呼び声を遮るようにドアがノックされた。


「誰だ?用を言ってくれ」


 だが、ドアをノックした主は何も言わずもう一度ノックされた。流石に不審に思ったクリーズは怒鳴る様に声を張り上げた。


「誰だ!用も言わずにノックだけとは失礼じゃないか!ドアの鍵は空いてるから入ってきなさい!」


「それは良いことを聞いた。入らせて貰うぞ」


 聞き慣れない男の声が耳に入り、そして凄まじい勢いでドアが蹴破られた。


「だ、誰だ!?」


「お前は知らなくて良い」


 漆黒の服装に顔まで隠した男が部屋に押し入り、クリーズを取り押さえた。


 机に顔を押し付けられ身動きが出来ない。やっとのことで顔を動かし何とか男を見ると……震えた。まさかあの夢が現実になるとは思わなかった。


 その男の服の肩には鴉の意匠が施されていた。



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