四十話
守孝とインが扉を開ける。その先は大きな廊下になっており、窓からは月明かりが入ってくる。
廊下は左右に別れており、窓の数が多くそして大きい為か、先程の部屋よりも明るかった。
これでは秘密裏に動くのは難しいそうだが今の時間は草木も眠る丑三つ時であり、この館の主も使用人も眠りについている。
「俺は右に行くインは左に行ってくれ。集合時間と場所は1時間後にこの場所。この館は二階建てで広い。素早くやるぞ」
「了解しました。マスターもお気をつけて」
二人はそう言い交わすと、左右に別れる。守孝は窓からは漏れる月明かりが極力当たらない廊下の端を周囲警戒をしながら歩いていた。
扉をあったら一度開き中を確認する。大半は客間等でまだ、主の部屋は見つからない。恐らく二階に在るだろうと彼は当たりをつけていた。
彼はゆっくりと進み曲り角に突き当たると、一度止まり角から先を覗く。
別に住人が眠っているなら普通に進めば良いのでは?と思うだろうが、これには理由があった。
「っと…………!」
彼は何かに気付くと直ぐに顔を引っ込め後ろに下がり、そしてMP7を構えた。
少し待っていると床を靴で蹴る音と共に誰かの話し声がきこえてきた。
「本当に刺客なんて来るのか?雇い主も考えすぎだろう」
「知らねえよ。俺達は金を貰ってこの建物と、雇い主であるあのデブを警備するだけだ。一日のんびりやったら金を貰える、ざらな仕事だ。やるだけやれ」
二人の、燭台を持つ男達が通り過ぎる。腰には剣を帯びていた。しかし特に警戒する素振りも無く。通り過ぎていった。
守孝はMP7の構えを解くと直ぐ様通り過ぎる。このように庭だけでなく、邸宅内にも警備する者達がいたのだ。
彼自信も想定の範囲内ではあるのだが、如何せん数が多い。10分に二回は巡回する警備と鉢合せになる。それ故に中を中々前に進めないのだ。
一方インの方はどうかと言うと……
「おい、お前!そこで何をしている!」
堂々と中央を歩いていたインは警備の男に見つかっていた。
だが、彼女には秘策があった……!
「ふぇ!?わ、私ですか!?え、えっとメイド長に指示で旦那様の近くで控えている人と交代するのですが……」
「じゃあ、何でこんなところにいる全然場所が違うぞ?」
「えっと……私、田舎から出てきて最近入ったばっかりなんです。それでまだ御主人様の寝室を覚えていないんですよ。出来れば教えて頂きませんか?」
完璧な新米メイドの演技は警備の男を信じさせた。彼もこの館で誰が働いているか知らないのだ。
「そうか大変だな。それなら、二階左の突き当たりの部屋が、確か雇い主の寝室だった筈だ」
「本当ですか!どうもありがとうございます!警備頑張ってください!」
「おう、あんたも仕事がんばれよ」
インが元気に別れの挨拶をすると男は、はにかみながら応じた。彼女は男が去るのを確認すると虚空に対して話し掛ける。
『マスター館の主の寝室を突き止めました』
『よくやった何処にある?』
『二階の左、突き当たりの部屋だそうです』
『了解だ。それじゃあその部屋の前で集合するぞ』
そこで話は終わり、インは歩き出した。その足取りはとても軽く、口には笑みが溢れる。
「むふふっ!守孝さまに褒めて貰った!嬉しいな……嬉しいな!」
月光に輝く銀色の髪、満面の笑みを浮かべる少女の形をした人形はそのまま、暗闇の中へと消えていった。
『むふふっ!守孝さまに褒めて貰った!嬉しいな……嬉しいな!』
無線から聞こえてくる守孝の相棒たる少女の嬉しそうな声に彼は苦笑いをしつつ無線を切る。
(結構褒めているつもりなんだがなぁ……)
そんな思いもさておき、守孝は警備を避けながら二階のへと向かう。鉢合せの危機が何度かあったが、上手く隠れる等をして事なきを得ていた。
廊下を歩き階段を上がり、二階に到達すると直ぐ様左の突き当たりまで向かった。すると既にインは到着していたのか、入り口の前で待機していた。
「あ、マスターここですよ」
「なんだイン。速かったな」
「私の格好は"これ"ですからね。警備の人達にも警戒されること無く進めましたよ」
インはヒラリと一回転する。それによってふわりとスカートが揺れた。
確かにメイド服ならこの館のメイドと勘違いされてもおかしく無い。
「それとマスター。有益な情報を入手しました。寝室の隣の部屋が執務室だそうです」
そう言って彼女は寝室の隣の部屋を指差す。それは確かに有益な情報だった。裏帳簿等は恐らく執務室にあるからだ。
「あ、待ってください。マスターちょっとこれを見てください」
守孝が執務室に入ろうとするとインが止めた。何事か?と思い彼は彼女の方を向くと、彼女が扉の下を指差す。
そこからは微かにだが光が漏れていた。それが意味するのは……
「……誰かいるな。この部屋に誰か入ったことは?」
「ここに来るまでに何回か聞いたんですが。寝室に入った人は居ないそうです」
(よくもまあ大胆な事が出来るな)と彼は心の中で苦笑いした。ここは敵地でバレたら即失敗では無いが、当初の目的とは全く違う結果に成るだろう。
「ですがセンサーが隣の部屋から直接入る人を確認していました。恐らく執務室と寝室は直接繋がっているのでしょう」
彼女の言葉に彼は頷く。二人とも考えは同じ……館の主であるクリーズが起きているのだ。
彼は自分達の存在がバレたと言うことは無いと確信していた。まだ、誰にも見つかってもいないし。死体が見つかったと外で騒がしくなった形跡も無いからだ。
と、するなら"普通に目覚めた"と考えるのが妥当だと彼は思う。
クリーズが寝ている内に色々と持ち去ろうと思っていたが、ここに来て足止めである。
(運の良い奴だな……いや悪いな)
彼は決断した。ここで予定変更である。ここから先はどうやっても存在がバレる。ならいっそド派手にやるだけだ。
「イン予定変更だ。俺が先に入る。お前はバックアップだ」
「私が先に入った方が相手も油断するのでは?」
「それだとお前の顔が標的にバレる。今回は処理しないからな。後々面倒になるのを防ぐ」
襲撃を受けたなどを知られたらこの国の法執行機関に追われる可能性がある。起こりうる可能性を潰しておく事に損はない。
「了解しました。では私は私は部屋の外で見張っておきます」
彼女はそう言うと影に隠れるように少し下がる。そしてVSSを構えた。飛び道具を持つ者が少ない敵にはこれで十分である。
(外は大丈夫だな……さて、俺も行くか)
守孝はMP7からM45A1(サプレッサー付)に持ち替えると、執務室に続くドアをノックしたのだった。




