三十九話
王都は先程までの活気が嘘であったかのように、静まりかえっていた。酒場はとうに戸を閉じ、道には人通りは無い。
大半の人々は家族と過ごすであろう眠りに就いた王都の中、二人組の男女……守孝とインはとある邸宅の、近くの物影に隠れていた。
その邸宅は結構な大きさを誇り庭も広い。それだけ見れば普通の邸宅なのだが、庭やベランダに武装しローブを纏った者達が目に入る。
「アイツらあの時の……」
彼は彼等に見覚えがあった。王都に来る際の襲撃未遂で遭遇した。襲撃者達と武装、服装が一致してる。マルクスから教えられた通りここが……
「……[クリーズ商会]、店主であるクリーズの邸宅か」
……つまり。今回の案件、発端はとある貴族が御用商人を[クリーズ商会]から[マルクス商会]に変えた事にある。
その貴族というのが一地方貴族ではあるが、中々の領土を誇っており、財政的にも政治的にも影響力は他の地方貴族よりも大きい。所謂、地方貴族の纏め役の一人であるそうだ。
その貴族の代々御用商人であったのが[クリーズ商会]なのだが、マルクスの証言によれば、黒い噂が多く。年々業績が落ちているらしく、その貴族の領地での商売が少し荒くなった。
食物には質は前よりも落ち、他所からの工芸品も品質が落ちている。それは誤差の範囲ではあったが、確実に落ちていってる。しかし値段は変わらない。
このままだと領内に流通する貨幣は減っていき、相対的に物価が上がる。領民の暮らしは悪くなる。貴族からすれば減税したいが、領内の安全や兵力保持の為に増税せざる終えない。
そうすると他所へ領民が行ってしまう……流民の発生だ。最悪、山賊に身を落とす者も現れるだろう。そうなれば益々、税収が減ったしまい。増税される。正に負のスパイラル。
それを初期段階で素早く見抜いた貴族が御用商人の変更をしたのだ。領民の為でもあるし、自分の為でもある。
そして選ばれた新しい御用商人、それが[マルクス商会]だった。彼の店は、まだまだ王都では新参の部類ではあったが、誠実な仕事をしぐんぐんと業績を上げていた。
それが面白くないのは勿論[クリーズ商会]だ。現在一番の収入源だった御用商人の地位が消えたのだ。その損失は計り知れない。それが自業自得だとしても。他人に憎悪を持つ。それが人間の性だ。
他にも収入源はあるだろうから当分は大丈夫だろうが、[クリーズ商会]の規模縮小は免れないだろう。
だから、[クリーズ商会]はマルクスを襲った。
[マルクス商会]の店主が亡くなるとなれば、御用商人の地位も空く。そうなったら[クリーズ商会]は部下のせいにでもして謝罪をし、また商売ができる。彼等はそう思ったのだろう。
だが、彼等は失敗し、次善策である娘、ミシェル誘拐も水の泡となった。それを彼等は気付いてない。そして何時の世も、手荒い手段を失敗した者の末路は決まっているものだ……
そういうことで守孝とインはクリーズ邸への侵入の機会を伺っていた。夜も更け深夜近くになろうとしてもクリーズ邸の警戒網は緩くなっていない。
それだけクリーズと言う男は、報復を警戒していると言う事なんだが、これでは逆に"私はナニかをしてそれの報復を恐れてます"と言っている様なものだった。
クリーズと言う男は小心者なんだなと守孝は思っていると。隣に立つインが、彼の服の裾を引っ張った。
「彼処の人、眠ってますよ。彼処からなら侵入出来るのでは?」
守孝の耳元で小さく喋ったインはその場所の指指す。彼がそこを見ると……確かに、正門から離れた所にある勝手口を警備している男は門にもたれ掛かって居眠りしていた。
「良し。彼処から侵入するぞ着いてこい」
守孝とインは素早く居眠りしている男に近付くと手足を拘束し、口に猿轡をさせた。そしてソイツをを物陰に寝転がす。
コレで彼は誰かに起こされない限り朝までぐっすりだろう。
彼等は誰もいなくなった勝手口から邸宅の中へ入る。庭にも警備をしている者達は存在するが、生垣等の隠れる場所の多さと夜と言う好条件で建物の近くに接近することが出来た。
さあ、今から建物内に侵入だ。といきたいわけだが、そうも行かない。一階部分の窓等はすべて施錠されており、入り口には警備が立っている。これ以上は誰にも見つからずに建物内に侵入するのは難しいだろう。
「仕方ない。素早く処理して侵入するぞ」
守孝がそうインに告げると、彼等は建物の裏手にある勝手口に回り込む。するとやはりそこにも警備は立っていた。
彼はレッグホルスターからM45A1を抜き、サプレッサーを装着する。使うかどうかは分からないが一応の保険である。
片手にM45A1をもう一方にカラテルナイフを持ち、静かにその男に近づく。素早くだが正確にそれが鉄則だ。
「ガッ…………!?」
そして守孝は男を後ろから捕らえると、口を塞ぎ……カラテルナイフを首に突き刺す。彼の手に肉を切る感触とナニか固いモノに当たる感触がナイフから伝わる。
それを彼は無視しナイフを抜き、返す手で右脇腹にナイフを突き立てた。一回、二回、三回……
守孝が一連の動作を止め男から手を離すと、男は声もなく崩れ去った。彼は男を物陰隠す。
「クリア」
短く小さな声だったが、その言葉を聞くとインが物陰から出てくる。彼女のVSSも男を狙っていたが、使うことはなかった。
「中に入るぞ。インはバックアップを頼む」
「了解ですマスター」
インが回りの警戒をする中、守孝はMP7を構えて、勝手口をゆっくりと静かに開け、中に入る。
中は使用人の待機場所であり流石に夜だからか窓から入ってくる月明り以外は光源も無く薄暗い。
彼は周囲の安全を確認すると外で警戒するインを呼び合流した。
「インこれから別れて行動する。やることは覚えているな?」
「勿論です。今回の目的は"[クリーズ商会]の裏帳簿や裏仕事の証拠となるものの入手"ですね」
「そうだ……俺達は[クリーズ商会]を潰さない。だからこの国の法律に裁いてもらうとしよう」
守孝とインの二人は同時に頷くと、次の部屋へと続く扉をくぐった。




