三十三話
既に王都は夜の闇に包まれていた。だが、王都はまだ眠る時ではない。所々で篝火が焚かれ、酒場からは酒の匂いが届き、笑い声が聞こえる。その中、シンと静まりかえる一つの店「マルクス商会」に守孝達は戻ってきた。
事前に打ち合わせをしていたのか、守孝達が[マルクス商会]の裏口に立つと直ぐに扉は開に中に通される。
マルクスが待つ店主室に向かう前に女中に水を頼み持ってきてくれた水を一口で飲み干す。彼は走りっぱなしで喉がカラカラだった。
水を飲み干したコップを女中に返し礼を言うと、守孝とインは店主室に入る。
「モリタカ!どうだった!?娘は……ミシェルの居場所は掴めたか!?」
彼等が店主室に入るや否やマルクスは座っていた執務机の椅子を倒す程の勢いで立ち上がった。
「落ち着けマルクス。結論から言うとミシェルちゃんが囚われている場所を見つける事は出来た」
「ほ、本当か!……じゃあ何でまだ助けてないんだ?」
「助けるにしてもミシェルちゃんを運ぶ足が無い。そこでだマルクス。幌が着いてる馬車と人を3~4人貸して欲しい」
守孝の言葉にマルクスは頷き、部屋に出て直ぐに部下達に指示を始める。彼が言うには三十分で準備が終わるそうなので、装備を整えるから部屋を貸して欲しいと頼むと、マルクスは何も言わず一室を貸してくれた。
「そうえばマスター。[ピースメイカー]にもバイク等の移動手段が有りますけど、そっちで移動すれば良いのでは?」
守孝の隣、椅子に座り[ピースメイカー]から取り出した木製ストックに高倍率スコープ、そして太い鉄パイプの様なサプレッサーが特徴的な変わったライフルを整備しながら彼に聞く。
「あんな爆音撒き散らしながら進んだらバレるに決まってるだろ。今回必要なのは隠密性だ……しかしイン、ヴィントレスとはお前また変わったモノを使うな」
インが持つ銃。名をVSS、愛称はヴィントレス意味は糸鋸。この銃は1987年に作られたソ連製の半自動消音狙撃銃だ。消音性と威力を両立するために、9×39mm弾SP-5 SP-6と呼ばれる音速を越えない亜音速弾を新たに作ると言うソ連技術の粋を集めたスナイパーライフルである
その消音性は目を見張るモノで真横に立っていない限り聞こえるのは機構の動作音と排莢音位だ。この銃はスナイパーライフル、狙撃銃と呼ばれているが。300~400m程までの中近距離が交戦距離の前提として作られ、フルオート射撃も出来る、どちらかと言うとアサルトライフル寄りの狙撃銃である。
「ふふん、今回は良く働いてますよ!ですがミニガンは使えませんからね。今回はマスターのサポートをさせて頂きます!」
フフンと胸を張るイン。確かに彼女は今回良い働きをした。センサーによるミシェルの捜索、誘拐犯達の拠点までルートの記憶など多岐に……いや、殆どミシェル捜索に関する事をやっていた。守孝はと言うと、周辺警戒と現地協力者のソフィヤを雇った位だ。
「確かに今回は良く働いているな助かる」
そう言って守孝はインの頭を撫でる。彼自信その事は気にしてない。インにはイン、自分には自分、出来る事と出来ないが事がある。彼は自分の領分を分かっていた。
「わ……わ……!ま、マスターいきなり何を!?」
「ん?嫌だったか?」
「嫌ではありませんが……ふぁ……ふへへ」
嬉しいそうに眼を細めるイン。だが、何時までもこんなことをしている場合ではない。刻一刻と迫る出発の時間。守孝自信も準備をするために直ぐにインの頭から手を離した。
「あ……むぅ……」
手を離した際にインが名残惜しそうな顔をしたが、彼はスルーをし己の準備に取り掛かる。
彼は[ピースメイカー]から二つの銃を取り出した。一つは大きさ30センチ程の短機関銃。もう一方は大型の拳銃。其々の名は短機関銃がMP7、拳銃がM45A1 CQBPだ。
MP7とはH&K社が製作した短機関銃だ。この銃は開発当初PDW(パーソナル ディフェンス ウェポン)の名称だったが、現在H&K社は短機関銃を指すMP7となっている。
新開発された4.6×30mm弾を使用し、ケブラー製のヘルメットやボディーアーマーを貫通出来る威力を持っている。さらに携帯性が良く、大きさは30センチ程で、内蔵されている伸縮ストックを最大まで展開しても50センチ程で重量1.5kg(マガジン込みで1.8kg)と軽量だ。さらに追加オプションの数が多くダットサイトやスコープ、レーザーサイトなど戦場に合わせた組み合わせが可能である。
MP7は200メートルの標的に当てる集弾性を持ち。今回の様な閉所での戦闘には役に立つのだ。
もう一方の拳銃、M45MA1 CQBPはアメリカが生んだ名拳銃M1911を改修したモデルで、アメリカ海兵隊のアメリカ海兵隊特殊作戦コマンド(MARSOC)がM1911A1 MEUの継続として要求されたモデルである。
高威力の.45ACP(11.5mm)弾を使用し、フレームには新たにピクティカルレールが搭載されており光学機器が使用出来る。
この二つの銃、と言うよりも弾丸、4.6×30mmと45ACPはサプレッサーとの相性が良い。今回はMP7はサプレッサー、ホロサイトとレーザーサイト。M45A1はサプレッサーとフラッシュライトを取り付けていた。
MP7はサプレッサーを取り付けていたが、M45A1はサプレッサーを取り外している。これはホルスターに仕舞う際邪魔であるのと素早く取り出せないからで、サプレッサーはポーチに入れ、使用する際に取り付ける。
服装は上も下も黒一色の戦闘服に統一する。それだけでも見つかる確率は下がり、更にバラクバで顔を隠す事によって見バレを防ぐ。装備はタクティカルベストにレッグホルスター。MP7 M45A1の予備マガジンを其々四つ。フラッシュバンを二つ、カラテルナイフ、暗視スコープ、ライト等の小物類だ。
守孝は二つの銃の動作を確認し、良好なのを確認すると今度は着替える為に服を脱ぎ出した。
「ま、マスター!?い、いきなり何を!?……ハッ! ま、まさか……戦闘前の昂りを私に……!しょ、しょうがないですね、私はマスターの所有物、拒否は出来ません……さぁマスター私に劣情をブツケて……ヒッ!?」
体をクネクネさせながら妄言を言い放つインに、守孝は眉間にシワを寄せ詰め寄った。体が密着しそうな程の距離……だが、それはインが望んだ状況では無く。小さく悲鳴を上げた。
「イン、おふざけでも今は止めろ」
彼はこれまでで最も冷徹な声で言った。インは少し茶々を入れたつもりだったのだが、守孝の反応と声にビクッと体が震えた。
「ま、マスターあ、あの?」
「イン良く聞け。今は依頼の真っ最中で救出対象のミシェルは囚われたままだ。そんな時に依頼人がいる所でそんな事を言って、依頼人の耳に入ってみろ。どんな気持ちになるか分かるだろ」
依頼人であるマルクスは今どんな気持ちか、それは言わずもなが……だ。だからこそ、言動には気を付けなければならない。信用、信頼は傭兵稼業で重要な一つであり、それは冒険者稼業でも同じである。
だから彼はインを注意した。金や物資は無くなっても容易に取り戻せるが、信用、信頼は一度失ったら容易に取り戻せないからだ。そしてそれをインは理解した。
「申し訳ありませんでしたマスター。以後気を付けます」
インは申し訳なさそうに謝った。。彼はそれを見ると彼女の頭をポンと撫でると自分の着替えに戻った。下を履き上を着ようとすると、肩に付けられていたワッペン……円状の世界地図に舞い降りる鴉のワッペンが眼に入った。
「な、なんでこのワッペンが……」
守孝は言葉に詰まった。このワッペンは彼が傭兵時代に仲間と部隊章として使っていたモノだ。"世界を渡り戦場を翔ぶ黒き鴉"とある一人がふざけて提案し、何時の間にか決まってしまった部隊章……
『……ねぇ、レイヴン……貴方は何時まで飛び続けるの?』
ふと、頭に懐かしく、そして忌々しい記憶が浮き上がった。拳銃を持つ彼と彼女……放たれた弾丸、赤く染まる世界……
(何時までか……俺にも分からないよターニャ)
「……マスターどうしました?」
インが戦闘服を持ったまま動かない守孝を不審に思って声をかけた。
「……おお、すまない。直ぐに着替えるよ」
守孝はインの言葉に弾かれる様に動きだし、慌ただしく戦闘服を着て、装備を身に付けた。彼は装備のズレや忘れが無いかを確認しそれを終えた。
そして守孝が装備を確認し終えると同時にドアがノックされた。
「モリタカ此方の準備は終わった。そっちは大丈夫か?」
「ああ、マルクス。此方も準備万端だ……さあ、行くか」
完全武装の二人は部屋の外へ出て、マルクスに案内され出発準備が整った馬車まで来る。
そこには四人の手代と一人明らかに商人ではなく、此方側の人間がいた。疑問に思い守孝はマルクスに質問する。
「マルクス彼は誰だ?」
「アイツは俺の店で雇っている子飼いの冒険者だ。名前はカール。お前達は大丈夫だろうが、家の部下達は非力だ。その護衛だよ。奴も好きに使ってくれて構わない」
確かに手代達の護衛は必要だと彼は納得すると、彼は一歩前に出て、この五人の同行者達を見た。
既に日は落ち篝火によって照らし出されている彼等の目は爛々と輝いていた。"絶対にミシェルちゃんを助け出す!""卑劣な輩共に[マルクス商会]を潰されてたまるか!"そんな思いは言葉に出なずとも、眼が証明していた。
「……これから俺達は店主マルクスの娘ミシェルちゃんを救出する。君達には矢面に出すつもりは無い。だが、重要な"お願い"はするつもりだ。よろしく頼む……さあ、人理を知らないクソ野郎共からミシェルちゃんを助けるぞ!!」
「「「うおぉぉぉ!!」」」
王都に男達の怒号が木霊した。




