三十話
マルクスが女中長のアンネに地図とミシェルが誘拐された時に居た女中を呼ぶのを頼むと、程なくして件の……頭や腕などに包帯を巻いた二十代茶髪に雀斑の女中を連れてきた。
「王都の地図は本来存在しないので、今、丁稚さんと手代さんに書いてもってますので少々お待ちください」
俺が礼を言うとスッと頭を下げ部屋から退室する。マルクスは女中を椅子に座らせ、今からすることの説明をすると、女中は頷いた。
「今回、ミシェルちゃんを助けるのを協力する鴉羽守孝だ。こっちは相棒のイン。色々教えて欲しいが……先ずは名前からだな」
俺の言葉に彼女は緊張し少し手が震えながらに答えた。
「は、はい!私はサリーと申します。だ、旦那様の所で働かせて頂いて三年ほどになります。お、主な仕事はお店の手伝いとお嬢様のお世話となっております!」
緊張気味の彼女を宥める様に俺は話す。
「サリーさん。先ずは落ち着ついて深呼吸をしよう。別に俺は君を責めるつもりは無い。ミシェルちゃんを助けるのに協力して欲しいんだ。」
サリーは手を胸に当て数度深呼吸をする。すると、落ち着いたのか手の震えも収まった。
「ふう、モリタカ様お気遣いありがとうございます。」
「此方も一応仕事だからな、気にしなくて良いさ。では、早速サリーさん。ミシェルちゃんが誘拐された時の状況を教えてくれるないか?」
俺のその言葉に、サリーは悔しそうな、また悲しそうとも取れる苦渋の顔をし俯きながら答えた。
「はい……あの時はミシェルお嬢様を王立学校にお送りしてました」
そこでサリーの話を一旦切り質問をする。
「移動手段は?」
その質問に答えたのはサリーではなくマルクスだった。
「徒歩だ。家には荷馬車は数台有るんだが、人用の馬車、キャリッジなどだが、保有していた唯一の一台が先月壊れてな。娘の運動にもなるし来月には納品される予定だから、大丈夫だと思ったんだ。王立学校までは徒歩でも二十分程だったからな」
「徒歩ですか……ミシェルちゃんはまだ幼い女の子でしたし安全面から見ても荷馬車でも良かったんじゃ?」
インがマルクスに聞くと、彼は苦い顔をするしかなかった。
「まあ、インちゃんの言う通りなんだが、俺も王都では中の上……大きく見て上の下程の規模を持つ商会店主の一人だからな、少しは見栄を張らなきゃならん」
「そう言うものですか」
「ああ、そう言うもんなんだインちゃん。王立学校には商売敵と言える店や大口の客となる貴族の子弟がいる。そこから"マルクス商会は娘を荷馬車で運ぶ金の無い店"と言われるのは風評が悪い。だったら"引っ込み思案の娘を社会見学の為に歩かせている"ともとれる徒歩が良いと判断したんだが……こんな事態に為っちまった」
マルクス悔しそうに手を握る。ミシェルが誘拐された時からずっとだろう。既に手は白くなっていた。
「情報ありがとうマルクス。じゃあ少し道は外れたがサリーさん。襲われた状況を教えてくれるか?」
「はい、確か王立学校まで距離が後半分程だったと思います。ミシェルお嬢様と一緒に歩いていると、後ろからいきなり木の棒の様な物で殴られ倒れました。意識は有りましたけど身動きは出来ませんでした」
「それでサリーさんが身動き出来ない内にミシェルちゃんが連れ去られた」
俺の言葉にサリーは頷く。
「はい、恐らく複数人の男と思います。喋り声が聞こえましたから。後は立ち去る際に一枚の紙が私の懐に入れてきました。そして音だけでしたが、馬車が走る、馬の蹄鉄と車輪が回る音が聞こえました。その後は偶々通りかかった人に助けてもらい店に帰りました」
「その紙ってのはどこに?」
俺が聞くとマルクスが一枚の紙を懐から取り出した。
「それは俺が持っている。内容は最初に話した通り娘の身代金、店の権利手形。それと受け渡し場所が書いてあった。受け渡し場所は明日の昼、治安が悪い所の酒場だ」
恐らくその治安が悪い所の酒場は誘拐犯達の息がかかっているのだろう。下手に此方が酒場で何か"行動"をしたら、店の店員に衛兵に通報され"とち狂った人間"として牢屋行き。そうなったらミシェルちゃんを助けるのはおろか、犯罪者となってしまう。
なら、どうするか。それは……"今日中に誘拐犯を見つけ、ミシェルちゃんを救出する"これしかない。だが、行動を起こすには情報が少なすぎる。何か見落としてる点は無いか?
「……サリーさん確か誘拐犯の会話が聞こえたって言ってたが内容は覚えていますか?」
「えっと……断片的ですが、確か『こっちの女は置いておけ!』とか『これで俺達は大金持ちだ!』『そんな端金は置いてけ!』見たいな事は言ってました……あ、そうえば。私が持っていたお金や髪飾り等のお金になりそうな物は奪っていきました。後に言った方はその時に言ってましたね」
もう、これ以上の情報は出ないと感じサリーを帰す。
「成る程。サリーさん色々と教えてくれてありがとう。もう、結構です」
「分かりました。モリタカ様……お嬢様の事をどうかよろしくお願いします!私が出来ることは何でもしますので!」
そう言ってサリーさんは部屋から退室し、サリーの退室と入れ替わる様にアンネが入室してきた。手には細長く丸めた紙を持っていた。
「地図が完成しましたのでお持ちしました。大体の概要図で、細かい所までは申し訳ございません、流石に丁稚、手代さん達でも覚えてませんでした」
「概要図でも有り難いよアンネさん。俺とインは王都の地理を全く知らないからな」
地図を受け取り、机の上に広げる。地図には円状の城壁に囲まれた王都、中央に王城、王城から南に伸びる目抜き通り、南の目抜き通りよりは少し小さい東西に伸びる目抜き通り。後は店の場所や王立学校の場所などの王都の目立つ建物の位置が書いてあった。
その地図を、俺とイン、マルクスで覗き込む。アンネさんは『お茶と何かお菓子でもお待ちします』と言って部屋から退室した。
「今、最初に言った通り店の従業員、半数を王都中で娘の所在、誘拐犯の情報を探してもらってる。このルートが学校への通学路。ここが拐われた場所だ」
そう言ってマルクスは学校までのルートと拐われた地点を地図に書き込む。拐われた場所は丁字路になっている。恐らく曲り角に隠れ通り過ぎてから襲ったのだろう。
「この南に伸びる目抜き通りを境に東地区、西地区に別れている。それで目抜き通りは、王城に続いてるのが分かるな?」
「そうですね……マルクスさんのお店が西地区、王立学校が、東地区にあるんですね。この北地区はどうなっているんですか?」
そう言ってインは南に伸びる目抜き通りと東西に伸びる通り、そして中央にそびえる王城から北側に指で円を書くようになぞる。
「西地区は商業や産業が盛んだ。東地区は国の省庁や各ギルドが多く集まってるな。冒険者ギルドも東地区にある。それで北地区だが、まあ、言ってしまえば住宅地と言ったところだ。王城周辺は大貴族等の邸宅が立ち並ぶ。逆に城壁に近くになると貧民窟になってるな。北には外へと通じる門と目抜き通りが無い。そうすると他の所と比べ衛兵が少なく治安が悪くなる。受け渡し場所の酒場も北地区にだな」
マルクスは一度、言葉を切り一拍おいてまた喋る。
「後はそうだな……外に出している従業員達は情報をまとめる為に、たしか後三十分程で戻ってくる予定だ……現時点で分かってるのはこれ位だ」
マルクスの言葉を最後に俺達は黙りこんでしまう。ハッキリと言って情報が少なすぎる。誘拐犯達の姿、人数が分からない。何処に潜んでいるのも分からない。そして背後関係も分からない。店の権利手形なんて物を要求している時点で、何処か[マルクス商会]と敵対している店なのは間違いない。そして王都に来る前に起こった俺達とマルクスへの襲撃未遂。これは絶対に関係或筈だ。だが、そんな情報は一つも無かった。
段々と頭は煮詰まり焦り、焦りと苛立ちで、重苦しい空気が部屋の中に蔓延していく。そんな中、扉がノックされ開けられる。それはアンネがお茶とお菓子を持って入ってきたのだった。
「旦那様方。休憩してはどうでしょうか。考えしすぎても何も思い浮かびません。お茶を飲んで一度、頭をリフレッシュしては?」
「おお、そうだな。ありがとうアンネ。モリタカ達も良いだろう?」
マルクスの言葉に俺達は頷く。このまま考えても坩堝に嵌まるだけだ。一度、考えを纏めるには丁度良い。
「そうだな。一度休憩にしよう」
「あ、アンネさん。私も配膳手伝いますね」
インはアンネの所に向かい。お茶をそれぞれのティーカップに入れ配膳していく。お茶請けのお菓子はクッキーだった。
部屋の中にお茶とクッキーの甘い匂いが充満していく。お茶を一口飲み、クッキーを齧る。戦中のティータイムによって、張り詰めていた部屋の中の空気が緩やかになっていった。
さて一度、頭も解れた事だし情報を整理しよう。
・マルクスの娘ミシェルが学校への通学中に拐われた。
・通学のお供をしていたサリーは後ろから襲われ、金目の物を奪われる。
・その為、誘拐犯の姿は分からない。だが意識は有り、誘拐犯は複数人。馬車で移動したのが分かった。
・誘拐犯達は『こっちの女は置いておけ!』や『これで俺達は遊んで暮らせるな!』等と言っていた。
ハッキリ言って情報が少ない。だが、ここから何とか誘拐犯までの道筋を見つけなくては。
(それにしてもこのお茶、上手いな何処の茶葉なんだろうか、出来れば欲しいが高いか?金はまだ有るが高いのはなぁ……ん?……高い…………金目の物を強奪……あ、そうか……!)
それは己で己を馬鹿と罵りたい程、単純明快な答えだった。
「……マルクス。イン分かったぞ」
「本当ですか!マスター!」
「な、わかったのか!?それで誘拐犯達は一体何処に!?」
その言葉にマルクスはソファを荒々しく立ち上がった。その顔には驚愕と猜疑の色が出ていた。俺はマルクスを宥める様に話す始める。
「と言っても。誘拐犯達がどこら辺に居るか位だが……今はこれで充分だ」
俺はティーカップに残っていたお茶を飲み干し、そして己の推測を話す。それをマルクスとインの二人は、真剣に聞いていたのだった。




