二十九話
「ミシェルちゃんが誘拐された!?」
俺のその言葉にマルクスはゆっくりと頷いた。
「ああ、ミシェルはここ王都にある王立学校に行かせてるんだ。朝、女中の一人が学校まで連れて行くんだが……そこで何者かに連れ去られた。女中は後頭部を殴られこの手紙と一緒にその場に倒れていた」
そう言って引き出しから手紙を取り出した。
「手紙の内容は?」
「娘の身代金と……俺の店の商業手形だ」
商業手形……つまり、店の権利を全て差し出せと言っている無茶苦茶だな。
「誰かが手引きしたか……言いたくないがこの店の人間かその王立学校かの可能性がある」
「それは無いな」
俺の言葉をマルクスは一蹴しニヤリと笑った。
「舐めちゃ困るぜモリタカ。俺の店にいる丁稚、手代、番頭どもは俺が見つけ、俺がスカウトした奴等だ。そんな奴はいない。仮に手引きするにしても、"自分を拾ってくれた店を裏切った信用ならない奴"って烙印を押されるんだぞ」
確かに信用が全ての商売の世界で、信用を失うのは死を意味する。これは傭兵の世界でも変わらない。任務を放棄したりして信用を失った傭兵に来る仕事など無い。
「じゃあ王立学校って言う方の可能性は?」
「王立学校は王立だけあって貴族や役人、後これは自画自賛になるんだが、俺の様な自前でデカイ店を持つ商人が息子、娘を学校にいかせるんだ。この王国、最高の学とコネが手に入るからな。そこの関係者が学生を誘拐するのを手伝ったなんて事が有ったら……恐らく、いや絶対に王室と騎士団が動く。誘拐した奴等も国に動かれるのは避ける筈だ」
マルクスが娘のミシェルを王立学校に行かせているのも、他の奴等と同じ理由だろう。知識と言うのはそれだけで武器になる。コネは知識に同等かそれ以上の効果を持つ。前に聞いた、冒険者ギルドの職員が王都出身が多いのはこの王立学校が有るのが大きいだろうな。そして王立学校が関わっている線も消えた。
「……そうえば。マルクス、お前には息子がいるって聞いたんだが、影も形も無いな。一体どこにいるんだ?」
「ああ、あのばか息子。オットーと言うんだが、あいつは……家出中だ。」
「家出中ですか。大丈夫なんですか?」
インが疑問を投げかけると、一転変わってマルクスの顔に苦笑いが見える。
「あいつは『親父の七光りで店を継ぐわけにはいかねぇ!』って言って出ていったからな。まあ、大丈夫だろう。一応、あいつの情報は集めている。確か今はセブンスアイ都市国家連合で、とある店を手伝っているらしいな」
息子の事を話す、マルクスはどこか嬉しそうだった。
「嬉しそうですねマルクスさん」
「む?そうか?まあ"凪ぎの小池で育つより嵐の大海で育つ方が良い"って言う、ことわざがこの国には有るからな」
確かに日本でも良く言われる、"温室育ちよりも世間の荒波に揉まれた方が良い"と言う。自分の子供が自らその身を大海に身を置いたのが嬉しいのだろう。
「あなた……それよりも先ずはミシェルの事でしょう……!」
先程まで伏せていたミリィが顔を上げ叫んだ。その叫びでマルクスの頭は現実へと引き戻された。
「ああ、私の大事なミシェル。今頃震えて怯えているでしょう。もしかしたら犯人に酷いことされているかも……ああミシェル……!」
ミリィはその場で泣き崩れてしまった。愛娘が誘拐されたんだ、取り乱すのも無理もない。その光景を見ていたマルクスは無表情だったが手は白くなる程、握られていた。
「奥様……一度横になった方がよろしいかと。さ、此方に一旦落ち着きましょう」
アンネに支えられ、ミリィは部屋を後にした。この場に俺とイン、マルクスだけとなる。ほんの少しの間を置いてマルクスは口を開いた
「……今、俺の部下の半数を二人一組で、この王都に何か手掛りがないか探させている。だが、この広い王都じゃ見つかりっこねぇ……だから頼むこの通りだ!モリタカ達の力を貸してくれ!」
マルクスは深々と頭を下げた。
「……それは俺達に依頼を受けてくれと言っているんだな。基本的に冒険者はギルド以外から依頼は受けない。個人契約でのリスクは大きいからな」
「ああ、そうだ。リスクは知ってる。だが、謝礼は幾らでも払うから頼む!」
マルクスは懇願する様に叫んだ。
「分かった依頼を受けよう。だが、謝礼は俺の方が提示した条件以外は認めんぞ」
マルクスは"やはり来たか"と言う顔となる。たが彼の意思は固かった。
「く……わ、分かった。その条件は何だ?」
俺はニヤリと笑った。
「前金無しの完全後払い。報酬は……旨い酒ととびきり旨い夕食で頼む」
法外な報酬が来ると思っていたマルクスは、俺の言葉に一瞬ポカーンとしてしまったが、直ぐにその顔は驚愕へと変わった。
「モリタカ……ふざけている訳じゃないんだな!?」
「そうだが?冗談に聞こえたか」
「理由はなんなんだ!?普通ここは金やそれに近しい物を要求する所だろ!?」
俺はマルクスの焦り具合に若干苦笑いをしながら理由を話した。
「理由ねぇ、別に俺は今、金に困ってる訳でもねぇし、そこまで金が欲しい訳でも無い。俺は……そうだな、この国に来て最初に出来た友人を助けたい……それだけだ」
俺のその言葉にマルクスは若干肩を震わせ、顔を落とす。その際、目から何か液体が落ちたのは、言わぬが花だろう。そしてマルクスは一度目を擦ると顔を上げた。その顔には笑みがある。
「オーケー我が友よ。王国一の酒に我が妻が作る最高の夕食を提供しようじゃないか」
「良し、契約成立だ。早速だが、この王都の地図ないし概要が分かるものは無いか?それとミシェルちゃんが誘拐された時の状況を知りたい。一緒に居た女中さんを呼んでくれないか?」
俺の言葉にマルクスは了承し、アンネに地図と件の女中を連れてくる様に指示する。まだ、誘拐した相手、ミシェルの監禁場所、それから背後関係が分からん以上、今日は長い一日になりそうだった。




