二十六話
ギルドを出た俺はインの質問攻めを躱しながら、異世界の王都を歩き、そうしてマルクスの店、[マルクス商会]に戻ってきた。
店の中に入ると一階は販売店となっており中々の人数の人達が品物を求めて買い物に来ていた。品物の内容は小物類や衣類など様々だ。
近くを掃除をしていた丁稚に『鴉羽森孝が来たと主に伝えてくれ』と言伝てを頼むと、丁稚は上へと向かう階段を登っていく。
数分待っていると言伝てを頼んだ丁稚と共にマルクスが階段から降りてきた。
「おう、モリタカ戻ってきたか。まあ、此処で話すのは、お客さんの迷惑になるから上で話そうや」
マルクスに連れられ階段を上がる 俺とインが通された部屋は簡素ながらもしっかりと良い調度品、来客用のソファと机、そして窓際にこの店の主が座るだろう執務机が有った。
ここは所謂、店主の執務室。そしてマルクスの部屋だ。
「まあ、座れよ。今、女中にお茶と軽食を持ってくるように言ってあるからな待っててくれ」
ソファを進められそこに座る。中々座り心地が良い、良いソファだった。インは何時もながら俺の後ろにメイドはそう在るべきと言う風に立っていた。
「……インちゃんよ、別に座ってもいいんだぞ?」
「いえ、お構いなく。私はマスターの忠実なる従僕ですから、主と同席はできません」
「……そうか、まあインちゃんの好きにしな」
そんな会話をしている内に、ドアがノックされた。
「失礼します。お茶と軽食をお持ちしました」
「おう、ありがとう入ってくれ」
ドアが開き二人の女中がお盆を持って入ってくる。先頭の一人は普通の黒髪中年女性。後ろのもう一人は青髪の若い女性なのだが、その頭と腰に人間には無い部分、犬の耳と尻尾が生えていた。彼女が件の獣人である。そして彼女の首にら革製の首輪が着いていた。
彼女には暴行の後も見られないし、先に入った人間の女中と同じ、使われているが清潔な衣類。やはりマルクスは獣人と人間での差別は無いらしい。
各々のお盆にはティーセットと、大皿に盛り付けた軽食の、肉と野菜をパンで挟んだ、元の世界だとサンドイッチに該当する料理が置いてあった。
「この料理は?」
「これはハルティと言う手で食べる料理だ。行儀は悪いが簡単な食事にはもってこいだ」
この世界だとサンドイッチはハルティと言う名前の様だ。世界が変われば料理の名前も変わる。まあ、変わって無かった料理も有ったが。
「お配りしますね」
「あ、私も手伝いますよ」
女中達が配膳しようとすると、インが手伝いを名乗り出た。
「え!?えっと……その……」
獣人の子がチラリと此方も見た。いきなりの提案にビックリしたのだろう。
「イン。彼方さんを困らせるなよ」
「うっ……分かりました。大人しくしてます」
俺がたしなめるとインはシュンとした表情になる。
「ははっ、良いじゃないかモリタカ。インちゃん。手伝いたいなら別に構わんよ。それじゃあインちゃんにはお茶を入れて貰おうかな」
マルクスが助け船を出すとインは一転笑顔となり、テキパキとお茶を入れる始めた。女中達は大皿に盛り付けられたサンドイッチ……ハルティを小皿に分ける。
獣人の女性がせっせとハルティを移すと、それと同時に尻尾がフルフルと揺れる。
「えっと……私に何かご用でしょうか?」
流石に視線が気になったのか獣人の女性が俺に訪ねる
「おっと、済まない。獣人を見るのは初めてでね。だが女性をジロジロと見るのはマナーが悪かったな」
「店に来る前にも気になったがモリタカの国には獣人はいなかったのか?」
マルクスの言葉に俺は頷く。
「ああ、俺の国は島国なんだが、獣人とか魔族は物語中でしか知らなかったよ」
「成る程そうなのか。そうえばモリタカ達に彼女達を紹介してなかったな。黒髪の婦人がこの店と俺の家の女中長であるアンネ。それで此方の青髪で犬の耳が生えている子がリアナ。二人とも客人に挨拶してくれ」
二人は作業を止め、此方を向く。
「ご紹介に預かりました女中長のアンネで御座います。以後お見知りおきを」
「え……えっと!私はリアナです!ふ、不束者ですかよろしくお願いいたします!」
女中長、アンネは慣れた様に一方の獣人の女中、リアナは
辿々しく頭を下げ挨拶をする。
「よろしく、アンネさんとリアナちゃん。俺は鴉羽守孝。ただの傭兵崩れの冒険者さ。此方は相棒のイン」
「モリタカ様の従僕であるインです。リアナさん、アンネさん。よろしくお願いしますね」
俺は軽く手を挙げインは軽く頭を下げ、挨拶をした。二人との挨拶も終わり、軽食の盛り付けを済ました二人は部屋から退室した。
「しかし、こうして見ると人間と獣人の違いなんて耳と尻尾位だな」
ハルティを口に放り込み俺はマルクスに言う。ハルティの味の評価は、ちょっと高級感あるサンドイッチと言った所だろう。
「そうだろう。だから俺の店の丁稚、手代と女中達には言い含めてあるのさ『下手したらお前らよりも良く働くし勤勉な奴らなんだから、俺の店では平等に扱う』ってね。まあ、そのせいで他の店の奴等から変人扱いされてるけどな俺」
そう言って苦笑いしながらお茶を飲むマルクスは、あながちその評価を嫌って無い様に見えた。
それから俺達は軽食を摂りながらとりとめない話、王都の名所や、旨い料理店などを話していた。
「……さて、腹もまあまあ、膨れた事だし売買契約の話をしようか」
そう言うマルクスの目はギラついていた。ここからは本来の目的、竜素材の売却の話だ。
「今回の売却は竜の鱗、皮膜、骨等だ。これが契約書になる一先ず読んでくれ。問題無いならこのまま契約に移ろう」
そう提示された二枚の紙を受け取り紙面を見る。売却同意に応じるかどうかの欄と提示価格が示されていた。もう一枚の方は同じ事が書かれていた。売却価格は金貨200枚。ギルド売った三分の一の量でこの価格なら十分だろう。
「……問題ないな」
「じゃあ契約に移るぞ両方に二人のサインを頼む」
両方の紙面に俺とインの名前を書く。それをマルクスに渡すと、マルクスは一度確認する。マルクスは一度頷くと両方にサインをし、片方を俺達に渡した。
「これで売買契約は終了した。売却金は明日の昼には入金されている筈だ。後日、確認しておいてくれ」
「了解だ。今回は本当にありがとう」
俺はスッと手を差しだす。
「それは此方の台詞だよ。気持ちの良い契約、それに王都に来る途中に命を救ってくれたしな」
マルクスは差し出された手を握り握手をした。




