二十五話
「……スター……マスター。どうしたのですか?」
「ん……ああ、済まないボーッとした」
「大丈夫ですか、お疲れですか?」
どうやら俺は荷馬車の上で夢の狭間へと誘われていたらしい。王都に入って気が緩んだか?
「ははっモリタカもお疲れか。まあ、モリタカ達は朝まで警戒してくれたからな無理もない。もうすぐ俺の店に着く。俺の店に来たら軽食でも食べて仮眠するか?部屋なら貸すぞ」
「それは有り難いが。マルクスを店まで護衛したら王都の冒険者ギルドに依頼達成報告をしなくちゃいけない。今日やれる事はやっておくのが性分でな」
その言葉にマルクスは成る程という風に頷いた。
「確かにその通りだ。やれる事の先送りはその内、泣きを見ることになる。俺の息子に言い聞かせてやりたいよ」
「マルクス。お前息子がいるのか」
「おう、息子と娘が一人ずつだ。娘なんて可愛いかぎりだよ……おっと俺の店に着いたな」
その言葉に促される様に俺とインは正面を見る。そこには四階建ての立派な建物が有り、屋根に掲げている看板には[マルクス商会]と書かれていた。
「おぉ、立派な建物だな」
「そう言って貰えると嬉しい限りだ」
馬車を店の横に着ける。
「少し待っててくれ店の者を呼んでくる」
マルクスが店に入り数分後、丁稚と手代を数人引き連れてマルクスが店から出てきた。俺とインは促される様に馬車から降りると丁稚と手代達がテキパキと馬車を運んでいった。
「竜の素材が入っているのには手を着けない様には言ってあるが、モリタカ達はこれから報告をしにギルドの方に行くだろ。それで持ち運ぶのも難しいし家で素材を一旦置いておくか?」
確かにあの荷物を持ち運ぶのは難しいと言うよりも無理と言って良い。ここでマルクスが裏切りを起こす事も無いだろう……裏切ったら、この店が不審火で燃えるかも知れないが……。
「じゃあ荷物を宜しく頼むよ」
「おう、任された。ギルドの報告が終わったら戻ってこいよ。俺の店と家族に紹介するからな」
マルクスにギルドの場所と依頼達成のサインを書いてもらい店の前で別れた。
「良いのですかマスター。そんな事は無いと思いますけどマルクスさんに騙し盗られる可能性が有りますよ」
「そうなったら、傭兵を騙した報いをマルクスが受けるだけさ」
そう言ってマルクスに教えてもらったギルドの場所へと向かう。教えてもらった場所はマルクスの店から約二十分分程歩いた所に有った。
「…………でけぇ」
「本当に大きいですねぇマスター」
マルクスに教えてもらったギルドの場所。そこに有ったのはパックルの街よりも何倍も大きな建物であった。
「流石はこの王国の冒険者ギルド本部ではあるな」
この中心街にこれ程の物を建てているというのは財と権力を持ち合わせていると言うことだ。
早速ギルドの中に入るとやはり言うべきか、中の活気も前の冒険者ギルドより数倍も活気が有った。
昼間から酒場で祝杯を飲む冒険者達。
これから依頼を達成するためにギルドから出ていくまだ若い青年の冒険者達。
依頼から帰ってきたのか身体中に傷を付けているが、その顔には笑みが見え、依頼が達成した冒険者達。
そしてその逆
酒場の片隅、鎮魂の杯を酌み交わす冒険者達。
依頼を失敗し、沈痛の面持ちで片足を引き摺りながらギルドに戻ってきた冒険者。
そう、これこそが正に現代人が一度は夢見る異世界の冒険者ギルドであった。パックルの冒険者ギルドと比べるなどおごがましい程だ。
その中をカウンターに向かい歩く、幸いな事に昼前だからか並ぶ列はバラけていて直ぐに自分の番となった。
「こんにちは冒険者ギルドにようこそ。今日はどのようなご用事ですか?」
懐から依頼の報告書と自らがCランク冒険者であると言う証明書を提示した。
「パックルから王都迄の護衛依頼の達成報告をしたい。それと此方での依頼を受けるための証明書だ」
受付の人が報告書、証明書を一瞥しさらさらと依頼達成のサインを書き、カウンターの下から報酬の入った小袋を取り出し俺に渡した。
「証明書の方も確認しました。モリタカさんにインさんですね。これから宜しくお願いしますね。今日はこれからご依頼をお受けになりますか?」
「いや、今日はこれで失礼するよ。どうもありがとう」
受付の人に礼を言い、ギルドの外に出ようとすると……
「おい、お前ら何処から来たんだ」
見るからにガラの悪そうな大柄の男が前方を遮った。
「パックルと言う街から護衛の依頼で来た。これから期間は分からないが王都で活動するんだが……何か?」
「いや、新しく来た新人が先輩に何も挨拶が無いのは何でかと思ってな。おっと俺はBランク冒険者の者だ」
これは俗に言う新人イビりと言う奴か。こんな王都で受けるとは思わなかったな。まあ、こう言う輩には素直に従って早々に立ち去るのが正解だ。変に問題を起こす事も無い。
「それは失礼。俺ははCランク冒険者の鴉羽守孝だ。こっちは一応相棒のイン。」
「インです。以後お見知りおきを」
「じゃあ俺達はこれから用事が有るから失礼する」
スッと男の右手を通ろとすると。男の腕が俺達の道を遮る。
「ちょっと待った。もう一つ有るんだよ」
男はニヤニヤしながら話す。こう言う時は大抵クソッたれな要求が来るもんだ。
「此所にはな新しく来た新人が女なら先輩に貸す決まりがあるんだぞ」
ほら来た。こいつは恐らく何時もこう言う行為をしているだと思う。それを証拠にチラッと後ろを見たら先程受付をした人が頭を抱えながら此方を見ていた。
「はぁ、何時から冒険者ギルドは見世物小屋になったんだ。そう言うのは金を払うか自分で口説くかするんだな」
そうして男を避けて通ろうとした瞬間だった
「おい!!ゴラァ!?テメェなに調子乗ってんだ!俺よりランクが低い癖によ!」
その怒号に騒がしかったギルド内はしんっと静まり返った。近くにいた奴等は一様に俺達と男を見ていた。
「テメェの様な奴には上下関係を教えてやるよ……!」
男が拳を作り俺に殴りかかってきた!
だが、振りは大振り、脇は締めずがら空きだ。こんなの幾らでも対処が出来る。
俺の顔面に迫る拳を軽く避けると延びきっている腕を掴み投げ地面に叩き落とす。
「ぐはっ!?」
更に追撃に身体の中心線にある鳩尾に拳を叩き込んだ!
男は鳩尾に拳をマトモに喰らい、息が出来ないのか腹を押さえてもがき苦しんでいた。
「人の女に手ぇ出す様な真似をしたからだ。行くぞイン」
「ねぇマスター!今、私の事を俺の女って言いましたよね!」
インの言葉をスルーしながら俺は外へと出る扉へと向かう。
「あ!ちょっとマスター!待って下さーい!」
しんっと静まり返った冒険者ギルドの中、インの声だけが響き、俺は外へと出る扉を開いた。




