二十二話
闇が迫る夕暮れの森の中を森孝は腰を落とし静かに進んでいた。森の中での素早い移動に邪魔なHK416やチェストリグはインに預け、今はレッグホルスターのグロック19とカラテル。それと各種手榴弾、破片手榴弾、スモークグレネード、フラッシュバンを1個ずつベルトに挟んでいるだけだった。
暗い森の中で敵を見つけるのは困難……いや進むのすら難しい。だが俺には[ピースメイカー]が有り、俺はここから暗視ゴーグルを取り出して装着した。
暗視ゴーグルとは、文字通り暗闇を見るために作られた機械である。初期はパッシブ型、周囲の光などを集めるタイプが主流だったが、現在はアクティブ型、自ら光を発したり、赤外線等で見るタイプが主流である。今回は後者のアクティブ型を使う。暗視ゴーグルを
インが探知しただろう敵を確認した。
確認できるのは十人程度だが、全員が横並びに静かに此方に向かって来ている。その前進する姿を見ると明らかに訓練された集団であるのが分かる。インの探知した残りの十人は後衛に回ったか、それとも回り込んでいるかは分からない。
これにまともに対応するのは愚の骨頂だ。俺とインなら難なく対応することが出来るが、今回は護衛対象のマルクスとその馬車が有る。それを守りながら目の前の十人と未確認の十人……もしかしたらもっといるかも知れない。それに対応するのは骨が折れる。ここは素早く撤退するのが正解だな。
「……ん?あれは」
来た方向から少し外れ遠回りして戻る。あと少しで森から抜け出せる時、一人で木に隠れ前方、マルクスの馬車を監視している敵を見つけた。距離的にはここを通らないと、後ろの集団と馬車が鉢合わせになる可能性が高い……殺るか。
グロックは発砲音でバレる、ナイフでも良いが血の臭いがどう作用するか分からない……ここは手で殺るしかないな。
気配を消しそろり、そろりと近付く。敵はローブを身に纏い深々とフードで頭を隠していた。そいつは此方に気付いてなくそのまま前を見ている。そして……ソイツの首を折った。
くぐもった音と共にソイツの頭はあらぬ方向に向き力無く倒れる。これで障害の排除は完了した。次いでに情報を得るためにこいつを連れていこう。
その人だったものを担ぎ走る。重量ある荷物を運ぶのは久しぶりだが、人一人位の重量なら何てことも無い……戦場では良く有る事だ。
森抜け、草原に出る。マルクスの馬車を見ると、既に馬は馬車に繋がれ、出発は何時までも出来る様になっていた。インは馬車の隣に待機しており、此方に気付いたのか走り近付いてきた。
「マスターお怪我はございませんか!……それは?」
「俺達を襲おうとしている奴らの一人だ。大丈夫だ死んでる。王都の方で調べて貰うためにこいつも連れていくぞ」
インにも手伝って貰い死体を運び、マルクスの馬車に積み込み、俺達も馬車に乗る。マルクスは馬車に乗せた死体を見てギョッとした。
「お、おい!なんでそんなものを積み込むだ!?」
「敵の情報を得る為だ!それよりも早く馬車を出してくれ!こいつの仲間がもう少しで森から出てくるぞ!」
その言葉に弾かれる様にマルクスは馬の手綱を引き、馬車は走り始める。ゆっくりと進み始めた馬車は段々と速度が出始める。
「イン、目眩ましにフラッシュバンとスモークグレネードを投げるぞ。俺が先にフラッシュバンを、インは後からスモークグレネードを投げてくれ」
「了解ですマスター!」
ベルトに挟んでいるスモークグレネードをインに渡す。自らはフラッシュバンをベルトから取り出し、安全ピンを抜く。手榴弾と言うのは安全ピンを抜くだけでは爆発せず、手で握っているセーフティーレバーを離さなければ起爆しない。
「マルクス!これからデカイ音と光で目眩ましをやるから、後ろを向くなよ!」
「分かった!後ろを頼むぞ!」
遠くなっていく森を見張ると緑色の画面の先に森から出てくる集団が表れた。そいつらは此方に向けて何かを構え始めている……飛び道具か!やらせるか!
暗視ゴーグルを頭部に上げ、腕を振りかぶりフラッシュバンを投げる。暗視ゴーグルを装着したままフラッシュバンの光を見ると、下手すると失明する可能性が有る。まあ、そう言う可能性が有ったのは初期の型で今の型ではある一定の光量を越えると自動的にブラックアウトするようになっているのだが。
放物線を描き森に向かうフラッシュバンは約三秒後、轟音と地表に新たな太陽が出来たかの様な光を発した。続いてインがスモークグレネードを投げ込み、射線を封じる。
馬車はトップスピードに達し、既に離脱していた。空は地平線の朱色が消え星が瞬いている。これから此方を追うのは無理だろう。だが、此方も何処かで休息をし、朝まで待たなければならない。夜の移動は危険だ。
「マルクス、この先に何処か隠れる所は無いか?」
マルクスは考える様に少し沈黙した後に答えた。
「……いや、ここから先は何もないただの平原だ。言ったろ
、あの夜営ポイントは王都前に夜営するには持ってこいの場所だって。逆に言えばここから先は夜営ポイントは真っ平らの草原の中しかねぇ」
くそ、身を隠す場所が無いだと。これだと下手に止まったら見つかりかねない。
「……マルクス、夜での馬車の操縦はやったことあるか?」
「……無い。真っ暗闇の中、馬車を出すなんて自殺行為だ。だから今も結構ヤバイな」
その言葉通りか馬車は安定性が無く揺れていた。
このままマルクスに馬車を任せるのは危険だ。道を外し馬車が壊れたり、馬の脚が折れたりしたら目も当てられない。だが、ここで留まるのは、不確定要素である追っ手に捕まる可能性が有る。俺は馬車の運転なんてした事無い。ライトで道を照らすのを考えたが、それは自らの位置を教えているのと変わりはない。どうするか?
「でしたら私が変わりましょうか?」
そう言ったのはインであった。
「この暗闇で馬車を運転できるのか?」
「愚問ですマスター。私に不可能は御座いません!」
ここはインに任せるしかない。何やかんや言ってもインは自らの仕事はキッチリとこなしていた。今回も難なくこなしてくれるだろう。
「……良し、分かった。マルクス、インと変わってくれ」
「了解だ。インちゃん後は頼むぞ!」
マルクスとインが御者を交代しインが手綱を握る。先程までフラフラと動いていた馬車が一気に安定した。
「イン。暗視ゴーグルはいるか?」
「問題ありません。私の目は暗闇でも見える様になっているです」
「分かった、じゃあ三時間程馬車で進んでくれ。そこから道から外れて夜営をする。俺とインで全周防御で朝になるまで見張るぞ」
三時間、暗闇の道を進み道から外れ夜営をする。馬車には迷彩ネットでカモフラージュをする。マルクスには馬車の下で眠って貰い。俺達は馬車の上で三時間交代で見張る。インは……
『私は自動人形ですから朝まで私が見張ります』
……と言っていたが、そんな訳にも行かないので自らも見張る。敵が来ないか監視しながら朝まで見張っていたが、アイツらは影も形も無かった。俺達は警戒をしながらも王都に向けて馬車を進めた。




