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十九話



 今日は今日とて朝が来る。起き出した俺達は顔を洗い、歯を磨き、朝食をとった。昼前には竜がこの街に届く予定なので買い取り場に行かないとダメだが、それまでは暇だ。


街を回るのも良かったが昨日思い付いた事、マルクスとの取引を優先しよう。朝の街中を二人で歩きながら、今日の予定を話す。こんなにのんびりとこの街を歩くのは初めてだ。色々な建物が建ち並び、色々な商品を売ろうとする呼び声が聞こえてくる。


「……じゃあ、そのマルクスさんと言う商人の方に竜の素材を売るんですか」


「まあ、そうだな」


インが少し呆れた様に言う。


「マスター騙されている可能性は?」


「まあ、その可能性は有るんだが、多分大丈夫だろ……おっと此処だ」


 この場所は街の一等地、それも、俺達が泊まってるギルド直営の安宿なんかよりも数倍立派な五階建ての宿屋だった。


扉を開き中に入ると、そこは清潔感溢れるエントランスだった。やっぱり、マルクスは中々の商人の様だ。右手にあるカウンターに向かう。


「いらっしゃいませ、ご用件は何でしょうか」


カウンターに座っていた受付の人が話しかけてくる。


「此処に泊まっている筈のマルクスって言う商人に用が有るんだが。鴉羽森孝が来たと伝えてくれないか?」


受付の人は視線を落とし台帳を確認していた。数十秒後顔を上げる。


「……はい、確かにマルクス様は当宿に宿泊なさっています。今から宿の者を呼びに行かせますので、そちらのソファーでおくつろぎ下さい」


「分かりました。ありがとうございます」


ソファーに座り、マルクスが来るのを待つ。中々座り心地が良いな。インは俺の隣で立ったままだった。


「イン。お前も座っても良いんだぞ」


「マスター。私は貴方の従僕なんです。この様な場所では立って待つのが当たり前なんです」


キリッとした表情で話すイン。言ってる事は正しいのだが、いつもとのギャップが酷すぎて笑えてくる。


「……OK、イン。じゃあその表情と態度を何時も頼むぞ」


「それは、私の精神的安息が無いので無理です」


 そんなやり取りをしながら十分程待っていると、正面の階段から降りてくる男性が目に入る。精悍な顔立ちに髭を蓄えた渋めな男性……マルクスだ。


「おーい、モリタカ。1週間ぶりだな!」


「マルクス!急に押し掛けて済まなかったな」


がっちりと握手をし、お互いソファーに座る。


「良いってことよ。此処での雑事が一段落ついたから、今日はのんびりする予定だったからな。……モリタカ、此方のお嬢さんは?」


俺の隣、すなわちインを見て話すマルクス。別れて1週間で、こんな美少女を連れてきたら聞かない訳が無いか。


「彼女は、あんたと別れてから知り合ったインだ。一緒に冒険者をやっている」


チラッとインを見ると、少し頷きスッと前に一歩前に出る。こう言った動作、態度、服装だけを見ると本物のメイドの様だった。


「ご紹介を預かりました、私、森孝様の忠実なる従僕であるインと申します。以後よろしくお願いします」


コイツ……本当に直す気が無いんだな。


「はははっ、中々面白いお嬢さんだ……それで、モリタカ今日は何の様なんだ?」


マルクスはインの言葉を軽くスルーして話を続ける。俺もあんな風にスルーするのもアリだな……インが怒りそうだが。


「今日はな……少し商売の話をしに来たんだ」


「ほう……俺は商売では一切の情も持たないし、友人だからって特別にサービスする様な事はしないぞ」


その言葉でマルクスの目が一瞬で変わる。俺を値踏みする目、商人の目だった。


「マルクスがそういう性格だろうと思ったからこそ、この話を持ってきたんだ」


俺は笑いながら話す。


「それで何を売りたいんだ?」


「……竜から採れる素材を出来得る限り全てだ」


その言葉にマルクスは驚き席から立ち上がる。


「……なっ!?モリタカ、お前が竜を討伐だと!?そんな真逆……いや、確か数日前に竜を倒したDランク冒険者がいた筈……お前のことか!」


「その通りだ。その情報よく知ってたな。言い触らしてないし、実物はまだこの街には届いてないぞ」


「前にも言ったが情報は商人にとって最も重要な商品の一つだ……そうか、モリタカがやったのか」


そう呟くとマルクスは少し目線を落とし、何かを考えるかの様に沈黙した後、目線を戻した。


「先ずは竜の討伐おめでとう!モリタカは普通の冒険者になる奴らよりも腕は良いと思っていたが、これ程とは思って無かったぜ」


「それはどうも、お世辞でも嬉しいよ」


「お世辞じゃないさ……それで竜の素材買取だが、実物を見ないと何とも言えん。真逆、モリタカが紛い物を売り付けるなんて事が無いのは分かっているが、これも商売なんでね」


実物を見てから判断をする。至極真っ当な返答だった。


「確かにその通りだ。昼前には竜がこの街に届く、その時に一緒に見に来るか?」


「ああ、勿論同行させてもらうさ……商売抜きにしてもモリタカが倒した竜を見てみたいしな」


これで、マルクスが一緒に来ることが決まった。ホテルのラウンジで他愛の無い話をし、軽食をつまみながら時間を潰す。双方の過去話に花を咲かしていると時間になったので買い取り場に向かった。


「おう、あんたか。今回はすげえモノを猟ってきたな」


買い取り場に入ると。俺達が倒した竜が丁度搬入された瞬間だった。荷台から降ろされた竜は一先ずと言うことで地面に横たわっていた。


「これがモリタカが狩ってきた竜か。中々デカイな」


マルクスが近付きまじまじと竜を見聞し、売り物になるかを調べていた。


「なあ、あんたら、あの人は商人か?」


「良く分かったな、今回の竜の素材を売ろうと考えている商人のマルクスさ」


「あんなに、舐める様に竜を見る奴は商人か学者しかいねぇよ……しかし、じゃあギルドの方には売ってくれんのか?」


「そこら辺はマルクスとの商談によるな。まあ、マルクスに全て売るって事は無いだろうし大丈夫さ」


そんな感じで買い取り場のおっちゃんと喋っているとマルクスが戻って来た。


「おびただしい損傷等が有るが全体的に見れば大丈夫な所も多い、肉や内蔵系は流石に運べないがそれ以外なら充分売り物になる……モリタカ是非買わしてもらうぜ。まあ、全部は無理だかな」


「本当か!いやぁ良かったよ」


「此方の方こそ良い商売が出来そうで嬉しいぜ……おっと貴方は此処の責任者か?」


「ああ、この買い取り場の責任者だよ」


俺が紹介をするとマルクスが買い取り場のおっちゃんの前に立つ。


「こんにちは。私は王都で商いを営んでいるマルクスと言う者です」


「これはご丁寧に、俺はこの街パックルの買い取り場及び解体場の責任者であるフランクだ」


そうえばこのおっちゃんの名前を始めて聞いた気がする。フランクって言う名前なのか。


「この度は、モリタカが狩ってきた竜の売買をさせて頂きますが、そちらさんにも売却は致します様にしますのでご安心下さい」


「ほう、ギルドを仲介しない冒険者と商人の取引には元より不干渉だが、此方にも売ってくれるなら何も言うことはないな」


 そこからは俺も交えて三人で商談の話をする。マルクスとの個人契約、ギルドとの売却での竜の素材配分を話し合った。結果、ギルドは肉や内蔵系を主体に三分の二。マルクスは鱗や牙、爪などが主体に三分の一を買い取る事になった。肉や内蔵は食用となったり薬になり、鱗、牙、爪等は装飾品や武器、防具になる。


マルクスの方が少ない様だが彼曰く、肉系は流石に竜肉と言っても運ぶと腐るし、竜の素材は少量でも充分利潤が生み出せるのでこれぐらいが丁度良いそうだ。


「じゃあ、ギルドの買い取り契約は終了だ。ほれ、これを持ってけ」


 フランクが俺に丸めた羊皮紙と一枚の紙を渡す。羊皮紙には今回の売却の了承を示すサインが、一枚の紙は買い取り金額が書かれていた。買い取り金額は金貨で300枚。日本円で換算すると約300万円だ。これにマルクスとの個人契約分が更に上乗せされる。


日本なら慎ましく暮らせば一年間生きていける。この世界は日本より物価は低いので多少遊んで暮らせるだろう。


「買い取り金なんだが、量が多いし嵩張る。ギルドの方で預けておくか?ギルドの支部が在るところなら何処でも引き出せるぞ。まあ、小さい支部だと全額を引き出すことは無理だがな」


要するに銀行に近いことを冒険者相手にやってるとのことだ。大金が懐に有るのも怖いし預ける事にしよう。


「じゃあお願いするよ」


「良し分かった。じゃあ名義はどうする。分けるか?」


 一応インとの二人組でやってるのだ、例えインが自動人形であっても、外面的には俺とコンビを組んでいる少し変わった少女であるこう言う事は有るだろう。


「イン、どうする俺は同じで良いと思うが」


「私も同意見です」


「じゃあモリタカとインで一つの口座で良いな。各支部のギルドカウンターで認識票と名前を言えば取り出せるぞ……おっと、そうえばこれを渡すのを忘れてた」


そう言って懐から取り出したのは二組の認識票を渡した。


「昨日は事務の方がゴタゴタしていてな受付に渡すのを忘れてたらしい。済まなかったな、これで今日から正式にCランクだ」


Cランクの認識票を受け取り、Dランクの認識票を返す。これで俺達は新人冒険者から一般冒険者となる訳だ。


「さて、此処からはギルドは不干渉だ。ああ、解体の終了は二日後だ。二日後の朝には終わってるから取りに来ると良いぞ」


買い取り場を後にする。気が付けば昼は疾うに過ぎていた。昼飯には遅いし夕飯というには早いので、近くの喫茶店で軽く食事を取ることになった。


「マルクス。今回は助かったよ」


「いやいや、俺としても良い商売が出来たから嬉しい限りだよ……ギルドとの契約の話が終わったばかりで済まんが。モリタカ、俺との契約の話をしても良いか?」


「勿論だ」


俺がそう言うと、一口お茶を飲むとマルクスは話を始めた。


「竜の素材なんだが、俺はまだ買取契約はしていない。だから今の所有者はモリタカ達となる。ここまでは良いか?」


「問題ないな」


「俺としては、契約は俺の店が在る王都でしたいんだ……これは提案なんだが……モリタカ、俺がお前とこの街に着いた時に言ってた話を覚えているか?」


この街に着いた時に言ってたこと?……確か……


「ああ、覚えているぞ。確か王都までの護衛だろ?」


「その通り、王都までの護衛だ。これは提案なんだが……竜の素材を俺の馬車に積んで良いからその護衛を引き受けてくれないか?勿論ギルドへの正式に依頼するし、他の護衛依頼よりも少しだが報酬は高くする」


王都か……話に聞いた時から何時かは行こうかなと思ってはいたが、こんなに早く機会が来るとは。


チラッとインの方を視線を合わすと、インは"どうぞご自由に"と言った感じで俺を見ていた。じゃあ好きにさせてもらうとしよう。


「俺とインにしたら有り難い話だが、何でまた護衛の話を持ち出したんだ。正直、唯の社交辞令だと思っていたぞ」


俺がそう言うと、マルクスは頭をかきながら苦笑いした。


「あー、まあ俺も話半分くらいそのつもりだったんだがな。ここ最近、王都とを繋ぐ街道で盗賊が出没するようになったんだ。王都に駐屯する騎士団とかが調査警備をしているようだが上手くいってない。だから自衛をしなきゃならない」


マルクスは一口お茶を飲んだ後に話を続ける。


「俺の店にも雇っている護衛がいるんだが、今は他の仕事で手が空いてない。冒険者ギルドに依頼しても受けるのはランクの低い冒険者、正直何が起こるか分からん。だったら圧倒に強く、俺の信用も圧倒に高いモリタカ達に頼みたいんだ。どうだ受けてくれるか?」


王都までの道に盗賊か、確かに俺達との契約前に死なれるのは困るし、そもそもこんなに良い商人を死なせるのは俺の心情と今後の取引に大きく関わる。だったら受けるしかないな。


「勿論、受けさせて貰う。マルクスに死なれちゃ困るしな」


「おお、そうか!受けてくれるか。じゃあギルドに指名依頼を出しておこう、出発はそうだな……素材の受け取りが可能となる二日後の朝にしよう」


「あれ、まだこの街での仕事が有るんじゃないのか?」


「なあに、休暇を兼ねての二週間だ。一日有ったら全部終わる。……さて、日も落ちてきたし、そろそろお開きにするか」


その言葉で互いに席を立つ。


「じゃあ、護衛は宜しく頼む」


「ああ、全力で請け負わせてもらう」


マルクスと硬い握手を交わして、俺はインとその場を離れた。



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