十七話
まだ朝日が昇ってない朝。夜と昼の世界の狭間に、俺達二人は丘と丘に挟まれた谷間を選んで進んでいる。草や花は朝露に濡れ、空気は冷たく澄みきっていた。
此処がこれから血生臭い戦場と成るのは忍びないが、仕方がない事だ。昨日の調査記録から導き出したアンブッシュ地点に向かう。
「マスターここがそうですか」
数十分後到着したアンブッシュ地点は周囲を丘で囲まれた盆地で、朝食を摂っている大型草食モンスターも数頭見える。
丁度良い。手間が省けたな。
「良しイン。準備を始めるぞ」
「了解ですマスター何をすれば良いんですか?」
「なに簡単な事だ。イン、彼処で草を食ってるモンスターを殺せ」
その言葉にインは近くにいる、と言っても100mは離れているが、草食モンスターにミニガンを向けた。
「了解しましたマスター。ですが理由を教えて頂けますか?」
「いや、本当に簡単な事だぞ?……アイツは可哀そうだが竜の餌になってもらう」
「成る程そう言うことですか。了解しましたマスター」
朝焼けが照らし始める丘陵にミニガンの轟音が響き渡った。
我は“竜”也、天空の王者也。名は無く、そして無くとも良い。名に意味は無いのだから。
我はこの丘で産まれ、この丘で育った。我が母は遠の昔に何処かに行ってしまったが、寂しくは無い。そう言うものなのだ。この地この丘に我より強きものは無く、我に肩を並べる強者もいない。
故に、我はこの地にて最強であり、この地を統べる者也。
敗北は無く逃亡もない。我の後には血潮のみが残る。故に我に逃亡を選択させた……あの虫ケラ二匹は絶対に殺さなければならない。そんなことを思いながら寝床である丘の中腹の洞窟から這い出る。目的は唯一つ、あの虫ケラ二匹を殺すことだけだ。
この地にいないのなら、追いかけてでも殺す。虫ケラ共の巣にいるのなら巣ごと潰す。ただそれだけだ。翼を広げ大空を飛ぶ。あの虫ケラ共を探す前に軽く腹ごしらえといこう。
丘を睥睨しながら天空を切り裂く様に飛ぶ。やはり空は良い。我を遮る存在は無く、我がこの地の王者と認識できる。
丘の周囲を回りながら飛ぶ。何時もの狩場に行けば獲物がいるだろう。その狩場の方向から風と共に血の匂いが届いた。
血臭、そう血の臭いだ。我が何時も嗅いでいる獲物の血……何故それが臭ってくる?この地でアレらを獲物としているのは我ぐらいだけだ……新たな強者が来たのか?
様子を探るために臭いの場所を探す……彼処だ。
そこには、ぐちゃぐちゃとなった獲物の姿があった。地面や周りの草には血で染まっている。近づいて臭いを嗅ぐと……アイツラだ、あの虫ケラ二匹の臭いだ!!
ならばこの近くにいるのか?
周囲を探す様に首を振るが見当たらない。嗅覚では血臭が周囲に充満しているため分からない。ならば空から探すしかない。
翼をはためかせ飛び立とうとした瞬間……地面が弾けた。
爆発の衝撃と轟音、熱が体まで伝わる。離れていてもこの衝撃と熱量。少しC4の量が多かったか?……まあ、良いか。どうせ殺す奴だし。
俺は今、爆破地点から30m程の距離にある草むらに腹這いになって隠れていた。殆ど目と鼻の先の距離で何故バレなかったか、それは体中に草食モンスターの血を塗り、ギリースーツを身に付けていたからだ。勿論ギリースーツにも血は塗ってある。
ギリースーツとは草や雪に似せた色の布を細く切りそれを服に取り付けた服装であり、季節毎の色が有る。春や夏なら緑を主体に、秋なら茶色、冬なら白と言った具合だ。服装が良く分からないなら、赤色でヒマラヤ雪男の格好を想像すると分かりやすいだろう。
『マスター聞こえますか』
無線からインの声が聞こえてきた。インは現在、周りを囲む丘の一つの頂上にいる。
『おう、聞こえてるよどうした』
俺は小声で応対する。
『いえ、少し爆発が強かったので』
『C4の量が多かったかもしれん。まあ、計画は変わらん。砂煙が収まったら頼むぞ』
『了解しましたマスター』
インとの無線を切り、爆発での砂煙が収まるのを待つ。これで死んでくれたら楽なんだが、そうもいかないだろう。
だんだんと砂煙が収まり、竜の姿が見てえきた。
「やっぱり死んでないか」
竜は健在だった。鱗は傷つき羽は破れ焦げて、身体中の生々しい傷から血を流しながらも竜は生きている。竜はこの状況から脱するために力を振り絞り、羽をはためかせ始めていた。
『イン、始めてくれ』
『了解ですマスター』
インの言葉と同時に竜に弾丸の雨が降り注ぐ。ミニガンの呆れる程の数の弾丸とその衝撃力、傷ついた鱗はミニガンの7.62mm弾を弾けずに竜の身体を穿つ。竜はその場に釘付けになってしまった。
「GAaaa!?」
竜は必死に藻掻くが抜け出す事は出来ない。"丘からのミニガンによる支援射撃で竜をその場に釘付けにし飛ばさせない"――インは与えられた任務を忠実に果たしていた。
そして……これでチェックメイトだ。
俺は草むらからスッと静かに起き上がる。手に握っているのはAT4だ。
AT4とはスウェーデンの会社であるサーブ社が造った携帯式使い捨て無反動砲であり、IFV(歩兵戦闘車)やMBT(主力戦車)を撃破する程の威力を持っている。
この大威力のAT4をあの竜にブチ当てれば確実に殺せる筈だ。未だミニガンの猛攻から藻掻いて抜け出そうしている竜にAT4のレティクルを定める。アイツは未だに生きるのを諦めて無い。目だ、アイツの目はまだ闘志に燃えている……すげぇな竜って奴は。
「お前には敬意を表するよ……だから一撃で殺ってやる」
AT4の引き金を引く。盛大なバックブラストと共にAT4の砲弾は竜へと吸い込まれ……
「GYAaaaa…………!」
竜の首元真横に着弾した。着弾と同時にモンロー/ノイマン効果によって発生したメタルジェットが首元を穿ち、爆風は首の反対側に突き抜けた!
竜はズシンッと倒れ、首元に出来た穴から大量の血液が噴き出していた。完全に殺ったな。少しアクシデントが発生したが、これで依頼は何とかなったな。さて、インを此方に呼ぼう。
『おーいイン。良くやった此方に来てくれ』
『了解です。今は既に向かっているので間もなく着きますよ』
『了解』
インとの無線を切る。インが配置についていた丘を見上げると丘を下るインの姿が見えた。昨日、今日とアイツの活躍で竜を倒す事が出来た。本当に何かご褒美をやらないとな。
「マスターやりましたね!」
無線を切ってから数分後、インが手をブンブン振りながら此方にやって来た。
「ああ、やっと終わったよ」
「そうですね流石に疲れました」
改めて今回倒した竜を見る。体長は12~15m程の紅き竜。その鱗は所々、傷つき黒く焦げている。だが、それでもなお鱗は美しくそして猛々しかった。異世界に来て本当の意味で異世界らしい事をした。そんな気持ちだった。
「……さて、コイツを運ぶために人を呼ばないとな」
「どうやって呼びます?」
今から焚き火を集めて狼煙をするんじゃ面倒だし、スモークグレネードじゃ拡散しすぎて分からない。
「……そうだ、空に向かってパラシュート付きの照明弾でも打ち上げるか。三発位撃てば流石に分かるだろ」
「そうですね、そうしましょ……マスター北西より何か来ます!え?この竜よりも大きい!?」
「なにっ!?」
直ぐ様、北西を見る。俺はこの時まで、俺達の殺った竜は大きい方で俺達は結構凄いことをしたんじゃないのか、そう思っていた。甘かった……俺達はこの瞬間、本物の天空の王者に出会った。
黒き天空の王者は朝日を浴びて、俺達の右手上空を通り過ぎていく。大きい!最低でも20m!下手したらそれ以上の大きさだ。
そいつは隻眼だった。
身体中に歴戦の証たる傷が幾つも残されている。こいつは強い。は通り過ぎていく黒き龍と……目が合った。
"お前らは俺の餌だ"と言ったそんな傲慢に満ちた目では無かった。逆だ、俺達を強者と判断している目だ。
俺がその目を唯じっと見つめていると……
「GAAAAAAA!」
倒した紅き竜のモノとは比べられない程の音量と迫力の雄叫びを上げて飛び去っていった。
「………私の探知から外れました。行きましたね」
インの探知距離300mを越えた。油断は禁物だが恐らく戻って来る事はないだろう。
「ああ、行ったな」
だが、アイツとは何時か殺り合う事になる。そう感じるのだった。
「………じゃあ照明弾を打ち上げるか」
「そうですねマスター。私達も帰りましょう」
朝日が昇る丘陵に一筋の光が走った。




