十四話
そんなこんなで時間は狩猟区"ミネルヴァット丘陵"の冒険者達が使用するベースに着いた時に巻き戻る。
ベースは狩猟区内に幾つか有るが、どれも大型モンスターが物理的に入れない場所に造られている。まあ、ベースと言っても大きめの天幕が一つと石を組んだ簡易かまど位で後は何もない。少し眠れたり、休憩をする。ただそれだけの場所だった。
そのベースで黙々と出発の準備をする。今回はこのベースは俺達だけなので食料品等を置いていける。
「マスターも人が悪いですよね。何でエミール君にあんな回りくどい事をしたんですか?」
インが食料品や毛布などの荷物を天幕の中に運びながら聞いてくる。
「これは傭兵時代からの癖の様な物でな、"傭兵は契約が絶対"なんだ。契約の為に死ぬし、契約の為に殺す。だからこそ契約は最重要なんだよ」
今回の装備を整えながら話を続ける。
「それは冒険者でも同じことだろ?だからフィーネさんも依頼でちょっと裏技を使ったんだしな」
今回の依頼。依頼者はギルドからとなっている。依頼内容は狩猟区"ミネルヴァット丘陵"の調査。依頼料は銀貨三枚。少ないと思うだろうが、基本的にギルドから出される依頼の大半は一般的な依頼より安い。そして狩猟区での最低依頼料銀貨六枚よりも低くて良いそうだ。
その代わりに"貢献点"と言う物がギルドに記録される。これはギルドないし国などの依頼を受けると貰える物で、俺達が受けていた依頼、街周辺のモンスター討伐でも少しだが貰えているものだ。貢献点が高いほど受けれる依頼の幅が広がり、ギルドランクも上がりやすくなるそうだ。
俺が狩猟区の依頼が有るかを聞いたらフィーネさんは直ぐ様この依頼を提示した。危険が少なく依頼と同時に薬草を採れると言うことだ。
「そうですねマスター。そうえばエミール君から、お金を受け取らなかったのはかっこ良かったですよ!」
今回は調査の報酬だけで、エミールからのお金は無い。エミールは俺に金を渡そうとしたが俺が断ったのだ。
『お、おじさん!受け取って下さい!』
『エミール。その金はお前が必死になって貯めた金だ。そんなの受け取れない。それに別に金はそこまで困ってないしな』
『え!?で、でも!』
俺は笑う。
『ガキが金の事を心配しなくても良いんだよ。エミールお前は自分の母親を大事にする良い男だ!だからその金で母ちゃんにウマイもん食わせてやれ』
俺はエミールの頭をガシガシと荒く撫でるのであった。
……こんなやり取りが有った。
「ガキに金の問題は似合わないんだよ。イン、準備は終わったか?」
既に俺の準備が完了している。今回の装備はKH416、グロック19、チェストリグ、破片手榴弾、スモークグレネード、フラッシュバンそれと予備マガジンだ。
インはいつも通りのメイド服。武器はKH417からM240に変更していた。
M240とは世界各国で使われているFN MAGのアメリカ仕様の汎用機関銃の事で、最初は車載機関銃として採用されると言う少し変わった経歴を持つ。
そのM240に三倍の低倍率スコープとバイポットを取り付けていた。
「マスター準備完了しました」
インの可愛らしい声が届く。
「よし、じゃあ今回の依頼をもう一度確認する。今回の依頼"ミネルヴァット丘陵"の調査だ。調査するポイントはギルドから書面で出されているので近い所から調査する。………もう一つの目標である薬草は最終ポイント近くに有るからテキパキ行くぞ」
「了解ですマスター!」
インの良い返事を合図に依頼が始まった。
狩猟区"ミネルヴァット丘陵"。ここは幾つもの丘が乱立している丘陵地帯である。丘と丘の間に盆地が有り細い道で繋がっており、そこに大型の草食系モンスターや小型の肉食モンスターが生息している。狩猟区の中央にほぼ山と言っても良い程の標高の有る丘がそびえ立っている。その裏手には森が広がり小型の草食モンスターの棲みかになっていることに加えて水場が有るので、モンスター達のたまり場になっている事も有るそうだ。
丘の頂付近には洞窟が有り、そこには竜種の巣が在るそうだが今回は関係ないだろう。
そんな訳で盆地を通りながらギルドから指定されているポイント。所謂ランドマークに行き紙面にチェックする。この場の何時もの様子は書面で簡単に書いてあるので変わっている所が無いかを見るだけで良い。
「結構簡単な依頼ですねマスター」
近くにあった丁度良い大きさの石に座り脚をブラブラしながらインは言う。
一見サボっている様に見えるがイン内蔵センサーで周囲を探索させているのだ。
「まあ、俺達の様なギルドランクが低い奴等でも受けれる依頼だからな。上位のランクになったらまた変わってくるんだろう……さて、このポイントの異常は見当たらなかったし次に行こう」
インはすくっと立ち上がった。
「了解ですマスター。パパッと終わらしてエミール君のお母さんにお薬を渡しに行きましょう!」
俺達は再び進み始めた。
そのまま進むこと数時間、指定されているポイントを次、また次とチェックし、最後のポイントへと向かう。今までに何匹か恐竜みたいな草食モンスターと肉食モンスターに出会ったが隠れて過ぎ去るのを待つことを繰り返している。
理由としては時間を喰われるのを避けるためと、解体技術が無いためだ。街近くの草原ならまだしも狩猟区では自ら解体しなければならない。しないと腐る。
では、大型モンスターも自分で解体するのかと問われればそれは否だ。大型モンスターを討伐したら狼煙か何かで合図を送る。
そうすると狩猟区の近くに有る監視小屋から家畜化した草食モンスターの荷車がギルド職員と共に来て回収してくれるのだ。料金や解体料はその大型モンスターの素材などの値段から天引きされる仕組みになっている。
言い忘れていたが、狩猟区近くの監視小屋には必ず立ち寄らなければならない。そこに依頼書を見せ、入区のサインをする。これで密猟者を防いでいるらしい。
さて、最後のポイントにたどり着いた。ここは山の様な大きさの丘の頂上に近く、竜種の巣にも近い。竜種は巣に入り込んだり、竜自身が空腹の時以外は襲って来ないと聞いているが、危険なモンスターであることに変わりはないので、さっさとチェックを済まそう。
竜の巣内を調べる依頼、所謂生態調査も有るらしいが、どれ程の命知らずが受けるのだろうか?
最後のチェック欄に書き込み、チェックした者の名前を書く。さて、本来の目的に向かおう。薬草はこの丘の頂上に生えている花だ。葉、茎、花弁。全てが薬になるそうだ。ある程度の形や色を聞いたので分かるだろう。
「……良し、イン、依頼は終わったぞ。今から頂上に向かおう」
しかしインは動かず、東の空をじっと見ていた。前もこんな事が有ったな。
「マスター。東の空に何かいます。今は私が探知できる範囲300メートルの外にいますが、先ほど一瞬探知範囲に入りました。体長は8~10m………恐らく竜かと」
ここで竜か……見てみたいがそれは別の機会にしよう。竜を殺せと言う依頼は受けてない。積極的に立ち向かうのは愚の骨頂だ。避けていこう。
「了解だ。インはそのままその竜の監視を続けてくれ。今直ぐに頂上に登って薬草を採って来よう。その後は反対の森を通ってベースまで戻るぞ。遠回りになるが仕方無い、ここは安全策で行く」
「了解です、マスター」
竜に注意しながら丘の頂上に登る。竜は一度インの探知距離を掠めたが、また消えてしまった。こちらに向かって来ないのを祈るしかない。
そらから数十分かけて、やっとの事で丘の頂上に着いた。頂上はサッカーコート半分程の大きさだ。薬草の花を見つける為に周囲を探索する。
「マスターこれじゃないですか?」
インが手を振り俺を呼ぶ。インの足元に5~8本ほど花が咲いていた。……事前に聞いていた特徴と一致している、これだ。
「イン良くやったぞ」
「ふふんっ。私は完璧美少女銀髪メイド自動人形ですからね!」
完璧美少女銀髪メイド自動人形………あれ?前と並び変わって無いか?………まあ、良いか。しょうもない事だし。
3本いると言われていたから一応予備を含めて5本採っておいた。これで足りない何て事は無いだろうし、要らなかった余りはそのまま持っているか、売っちまえば良い。
「……良し。じゃあ山を下るぞ」
ドヤ顔のインを無視して話を続ける。
「む~、無視はしないで下さいよ!」
「はは、悪い悪い。まあ、俺もお前が美少女であるのは認めているから」
軽口を叩きながら丘を下り始めようとしたその瞬間……
「……!!マスター!来ます!」
「ちぃ!何処からだ!?」
「八時の方向です!」
八時の方向を体を向けると空に一つの点が見えた。それはどんどん大きくなり、そしてその目でその全貌を捉えた。
赤き鱗を身に纏い、二つの大きな羽を羽ばたかせて一直線に向かって来る。その全長は8~10mといった所だろうか。
その日初めて俺達はこの地の王者と相対した。




