十三話
さて、インの泥酔事件が有ってから三日後に時間は飛ぶ。
馬車に揺られながら草原を見つめる。間もなく目的地につく筈だ。
「……!見えて来ましたよマスター!」
山と変わらぬ大きさの丘を遠目で捉える俺とイン。どうやらここがそうらしい。
「あぁ、そうみたいだな。ここが狩猟区"ミネルヴァット丘陵"だ」
初めて訪れる狩猟区。なぜ来たのか説明するには少し時間を巻き戻さなければならない。いきなりで済まないが、時はインが泥酔した翌朝に巻き戻る。
朝の閑散とした酒場のテーブルでのんびりと座っている二人がいた。
「う~。申し訳ございませんでしたマスター」
俺に謝るイン。今日、起きてからこれで何回目の謝罪だろうか。
「あぁもう、そこまで謝らなくて良いぞイン。次からは気を付けてくれれば良いんだ」
今まで2日程働き、貯蓄も有るので今日はのんびりすると決めたのだ。最も………
「うわぁー!私はマスター専用メイド失格です!う~、穴が有ったら入りたい~!」
この状況で仕事もくそもないんだがな。……しかしインは本当に表情が豊かである。一瞬、自動人形であることを忘れてしまう。
「はいはい、落ち着け」
ポンポンとインの頭を撫でてやる。
「う~、でも、私はメイド失格です。……廃棄されてしまうのでしょうか?」
「はぁ、あのな、俺は身の回りの奴等が死ぬのが一番嫌なの……だからお前を廃棄するわけがないんだよ」
俺がそう言うとインは頬を弛ませて笑った。
「じゃあ、私は居ても良いんですね!」
「ああ、勿論だ」
そこでインは何か思いついたのかすくっと椅子から立ち上がった。
「マスター今日は依頼を受けずに街に居るんですよね?でしたら街を回りませんか?一日この酒場に居るより外を回った方が良いと思いますよ!」
と、インは提案してくるのだった。確かに悪くない。日頃は目にしない街の様子を見るのは楽しそうだ。
「うん、それは面白そうだ。じゃあ早速行くか?」
「はい!……やった。マスターとデートだ……!」
小さくインはガッツポーズをした。
「ん?イン、何か言ったか?」
「いえいえ!何も言っておりません!さあマスター!早速行きましょう!」
インに急かされる様に酒場を出る。そのままギルドを出ようとするが、ギルドの受付にいるフィーネさんとまだ幼い少年が目についた。
「どうしましたマスター?」
「いや、フィーネさんと話している少年が気になってな」
俺がそう言うとインはびっくりした様に言った。
「ま、まさかマスターは同性愛者だったのですか!?……いえ、私はマスターのメイド。どんな性癖の持ち主でも私はマスターをあい……むきゃ!?」
変な事を言いやがったインの頬を引っ張る。中々柔らかくモチモチしていてちょっと楽しい。
「俺を陥れようとする口はこいつか~!」
「いひゃい!いひゃいでふひゅたー!」
上手く言えない口で必死に答えるイン。これくらいで許してやろう。
「じゃあ二度とあのような事を言わないと誓えるな?」
インがコクコクと首を動かしたの手を離してやる。
「うー、痛いです。マスター」
「正当な罰だ。俺が思ったのはな、何であんな幼い子がここにいるかだ」
冒険者ギルドにも少年少女が登録しているのは知っているし、ギルドカウンター、酒場、宿屋で見た事はある。だが、あの少年はまだ幼すぎる。大きく見積もっても10歳、いやもっと年が低いかもしれない。
登録しているのは幼くても精々10代後半に入り始めた年頃が殆ど……いや全員と言って良い。"ギルド登録は15歳から"が暗黙のルールになっているのだ。
その為、あの少年が気になったのだ。
「……一先ず、話だけ聞こうか。良いな?イン」
「わかりましたよ、マスター」
インの言葉に少しトゲが有ったのは気のせいだろうと判断したが、流石に埋め合わせは今度しとかないとな。楽しみにしていたし。一応インの了承を得たのでカウンターに向かう。
「フィーネさんどうしたんですか?」
「あ!モリタカさん。どうかされました?」
「いや、そこの子と何か話し合っていたので気になったもので。何か有ったんですか?良ければ話を聞きますよ」
その言葉でフィーネさんは少し困った顔をする。
「ああ、その事ですか……えっとその……」
フィーネさんは口ごもりチラッと少年の方を見る。これは少年から聞いた方が良いようだ。
「え~と、君名前は?おっちゃんで良ければ話を聞くぞ?」
「お、俺はエミールって言います……お、おじさん!冒険者ですよね!?そうだったら俺の依頼を受けてくれませんか!」
依頼か、確かに冒険者ギルドに来る依頼主の年齢に制限がないので依頼を出すことが出来る。だが、それだったらここであんなに話し合う事はない。と、言う事は何か有るってことだ。
「話を聞かないと何とも言えないぞ。まずは依頼の内容を言ってくれないか?」
そう優しくエミールに言うと彼は話し始めた。
「お、俺のか、母ちゃんが!……母ちゃんが病気なんです。それで薬が必要なんで!で……でも、それが無くて……お医者さんが言うには狩猟区にその生薬?が有るから、冒険者に依頼したいんだ!……でも!受付のお姉さんが……!」
泣きそうな声で必死に話すエミール。依頼内容は至って普通。逆に母の為にここに来るとは子供ながら良い男である。受付のお姉さんと言ったと言うことはギルドの方に問題があるのか?
「何か、問題が有るんですかフィーネさん?」
フィーネさんは悲しそうな顔で言う。
「依頼内容は問題ないですし、私もこう言う依頼なら直ぐにでも承諾したいです。……ですが依頼料が足りないんです。一般人の狩猟区への依頼は最低でも銀貨6枚は必要なんです。足りない分をギルドから出す訳にはいけませんし、狩猟区はギルドの許可、つまり依頼と言う形でしか入れないんです」
金……か。
「なあ、エミール。今はどんだけ持っているんだ?」
「こ、これだけです!」
エミールはポケットから金を取り出す。大小の銅貨が両手いっぱいに有るが、これでは到底足りないだろう。
「お、おじさん!助けて下さい!この金は必死に貯めていた俺の全財産です!か、母ちゃんはその薬が無いと後、1ヶ月で死んじゃうんです!お願いします!」
エミールは顔を涙で濡らしながら必死に頭を下げる。
「マスター。どうするんですか?」
インは心配そうに俺に聞く、インは彼の母親を助けたい。だが、自ら俺を主として言っている以上俺の意見が最優先なのだ。
「……結論から言うと依頼を受ける事は出来ない」
「そ、そんな……!」
「マ、マスター!それはどうかと思いますよ!」
エミールの絶望した声とインの怒号にも似た声がギルド内に響く。フィーネさんは目を瞑り何も言わない。
「おい、イン。俺達は冒険者だぞ。俺達は金を貰って依頼を請け負う。それはギルドを介した依頼者と冒険者の対等な契約だ。俺達はそれを守らなくてはならないんだ。」
「で、ですが!これはあまりにも可哀相ですよ!」
「あのな、もう一度言うが俺達は冒険者だぞ。割に合わない仕事は受けてはならないんだ。……それに一度この様な前例を作るとギルドの方にも俺達にも迷惑がかかる」
「マ、マスター。そんな………」
インが失望した様な顔で俺を見る。まあ、こんな事を言ったら失望されても仕方がないな。さて……
「ではマスターはこの子の母親を見捨てるのですね?」
冷徹と言っても良い声でインは俺に聞く。俺はそれを笑って返した。
「は?乗り掛かった船だぞ?見捨てる訳がない」
「………はぇ?」
予想した答えとは真逆の答えにインは間抜けな声を漏らす。
「お、おじさん!じゃあ………!」
エミールが歓喜の声を上げる
俺はエミールに向かってニヤリと笑った。
「要は金が無いから依頼を出せないんだろ?だったら、"他の依頼を受けて狩猟区に行けば良いんだよ"」




