9回目 十字教徒とは
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話もひと段落し他愛の無い会話をしていたら。そうえばとなにかを思い出したかの様にゴトリフートは口を開いた。
「半年ほど国外を回っていたな諸国は変わりないか?」
「他国の上流階級とはツテもないので市井の暮らしぶりでよろしければ」
彼はそう前置きを言うと話始める。内容は通り泊まった各地の街の様子や道中の出来事、他にも物価やそれこそ街の様子がどうだったかなど旅行記を話しているようであった。
「ふむ、まだ隣国は安定しておるか……十字教の支配地域は通ったのか?」
「……まぁ酷い有り様でしたよ」
彼等が訪れた地、そこは十字教が全てを優先される地となっていた。日々農地を耕し、商売をし、祈りを捧げそして他領へと信仰を説いている。一見すればそれは牧歌的に見えるかもしれない。
しかしその中身は。奴等が異教徒と定めた者達を奴隷のようにいや奴隷として満足な食事すら与えず酷使され商品の多くは十字教関連のものばかりで娯楽品というものはなく、祈りを捧げなければ牢にぶち込まれ、他領へと信仰の言葉と共に侵攻し作物を人をあらゆる物全てを奪っていく。そして侵攻した地域でまた信仰を広める。
奪われた作物はお布施という名目で支配地域の教会に納められ、そこから全ての領民に均等に分配している……その奪われた作物の内の何割が上位者達の懐に入っているかは知らないが。
そして略奪された人の末路は奴隷になるか十字教徒になるかだ……女性は言わずもがな。
そんな奴等がいう人の罪の限りを尽くした奴等はこう言うのだこれも全ては、神の、天使様の為だと。
「……言うなれば山賊の集まりか。いやここまで堕ちるともはや人とは呼べん」
そんな地域ばかりでもなかった。貴族の圧政に苦しんでいた地域が十字教の革命により、圧政から抜け出し安定に暮らし、略奪侵攻などもしてない地域が彼等が赴いた中で一つあった。
守孝はその地のトップになった“司教”と会話をする機会があった。その時彼はこう言っていた。
「私は天使様に他人を殺してはならない、汝隣人を愛せよと教わりました。私はそれを実行しているだけなのです」
そう話す司教の目線の先には青々と背を伸ばす小麦畑と残雪残る山々があった。
十字教徒の中にも人格者がいるのだと彼は驚きを隠せなかったが、同時にどんな場所にも人格者はいるのだと泥の中から蓮の花が咲くように。
こういう存在がいるのであれば共生関係としての道もあるかもしれない。狂信者の集まりではなく良き宗教団体としての道も彼の様な者達が教え導けばありうるかもしれない。
そんな幻想を夢見しその地を立った黄金色に染った小麦を収穫する時にまた立ち寄ると言って。その時は挽きたての小麦を使ったパンやエール、それに塩漬けした豚肉や腸詰などで乾杯しようと“司教”は笑っていた。
だがそんな機会は二度と来る事はなかった。その地域は同じ十字教徒によって滅ぼされた背教者達が住むとして。
小麦が黄金色に染まる頃、その地は真っ赤に燃えていた。小麦畑は踏み荒らされるか乱雑に刈り取られ、真新しく建てられていた教会の鐘楼にあの“司教”が首に縄をかけられ吊るされていた。それを十字のを掲げた者達が石を投げて笑っているのだ。
最後まで十字を持ち続けた名も与えられなかった男に背を向け彼等はその場を後にしたのだった。
ヴィトゲンシュタイン家の庭園はこう生垣があってテラスがあってバラや季節の花々が咲き乱れていると想像しがちだが。この家の庭園は庭というよりは自然公園の一角をそのまま持ってきたと表現した方が良いほど立派で広かった。
綺麗に整えられた木々や地面、途中には小川さえ流れていた。また果樹や小さいながらも畑なども見られるからあるある程度自給もしているのかもしれない。
そんな庭の一角に建てられていた東屋、洋風にいえばガゼボがあった。ガゼボの先には小さいながらも池があり小川はそこから流れ出ている。その周りを青々と葉をつける木々が茂っていた。
ガゼボの中にはテーブルと椅子が置かれており、テーブルには軽食やお茶が置かれていた。
「うーんやっぱり貴族の人達が食べる物はどれも美味しい。師匠と一緒だと蛇やカエルを食べさせられる……まぁ不味くはないし、貧民窟時代よりはマシな物食べてるか」
そうぼやくとソフィアは焼き菓子をひと摘み口に放り込む。貧民窟時代はカビの生えたパン、残飯スープなと当たり前、何日も食べることができない時もあった。それに比べれば天国の様な食事待遇だった。
「ムグムグ……美味しい」
その傍らでスラウは水菓子のプラムをリスの様にカリカリと啄んでいた。ソフィアとスラウの二人はそこにいた。色々と庭を見て回り腰を落ち着けるこの場所で美味しいお菓子とお茶を飲んでいる。
側から見れば両者は美少女と見られる存在であつた。ソフィアはそれこそタイガーストライプの迷彩服であり腰にはグロック19がホルスターに収められているが。2年の年月が経ち少女から大人の女性へと変わりつつある特有の、垢抜けた顔立ちと、出るところは出始めた身体つきは、武装と女性という相反する存在故の扇情を見せている。
スラウは純白のワンピースを身に着けていた。シンプルだが逆にこれが彼女自身を引き立てていた。彼女は、少女ゆえの幼げが残る姿ではあるがそれを補って余りある顔立ちと絹のような肌、金糸を束ねたかの様な髪に硝子細工の様な深紅の瞳はまるでそれに写った者を引き込むかの様であった。背中に生えている蝙蝠の様な羽は、それが異形のモノであるのを視覚で分からせるが、それすら何か彼女の神秘さを補完しているようであった。
そんな両者が池畔のガゼボで優雅なティータイムをしている光景はまるで絵画や映画のワンシーンと言われても誰もが信じよう。そのどちらともが人間社会ではまともな生活ができない種族であるが。
「……ねぇスラウちゃん少し質問してもいいかな?」
「んぅ……良いよ?」
食べていたプラムを飲み込むとスラウは了承した。じゃあ腹ごなしがてら少し歩こうかとソフィアは彼女の手を引き池畔を歩き始める。
「す……スラウちゃんってさこれからどうしたいの?」
なんと言おうか迷った末に口に出したのは単刀直入、ど真ん中のストレートだった。本当は口数が増えやすい様に当たり障りのない会話からスタートしようと思っていたが、そんなに会話が上手いとは言えない彼女だった。
「……どうしたいかって?」
「えーとほらね?師匠達はスラウちゃんを魔族領に帰そうとしている、だけどそれは師匠が言ってる事で君から一言も聞いてない。だから聞いておきたいんだ君はどうしたいのかを」
思えば彼女を魔族領に帰そうと行動しているのは、守孝が彼女は魔族だから同族が住む魔族領に帰すのが良いだろうと思っているからだ。抹殺対象とまで敵視されている国が殆どの人間が支配する世界では生きにくい。いや一人で生きるのは困難。無論、助けたのだから出来うる限り保護し生活の支援はしなければならない。だがそれは何時かは終わる時が来る。彼が何時まで生きるかはわからないが、少なくとも彼の方が先に死ぬ。そうなったら彼女に待ち受ける運命は惨たらしい死。だからこそ彼は同族達の国に帰そうと行動しているのだ。
しかし彼女からは一言も“帰りたい”とは言っていない。確認が必要だった。もしかしたら今やっている事は彼の独り善がりなのかもしれないのだから。
「……わたしのね……お家があったのは……暗い暗い森にあったの」
ポツリと彼女は話し始めた。
「おとーさんとおかーさんがいて時々森から出て街にお買い物に行っていたんだよ。街には狼のお兄さんや蛇のお姉さんとかが住んでいて、他にも耳の長い綺麗な人達や背の小さいお爺さんとか居たよ」
魔族の街。魔族領は深いとても深い針葉樹の森、正にシュヴァルツヴァルトと言って良い程の大森林が人界との境界線にある。その森の中はモンスターが多く人を寄せ付けさせない。そんな大森林の向こう側に魔族の国があるだろうと言われていた。
「なんで街に住んでなかったの?」
当然の疑問が口から出た。不便というのは置いとくとして街という共同体の外側にいるのは何かしらの理由がある。彼女自身、元々は王都という大きな共同体の中で恩恵のおこぼれを貰って生活していた。
「おとーさんが……『おかーさんが外の世界から帰ってきたから街では住めない』って」
共同体に居られないのは、大抵自分のせいか他人のせい。魔族の国ではどうやら人の世界に出ると街では住めないのかと彼女は思った。
「寂しくなかったの?」
彼女は小さく首を横に振った。
「おとーさんやおかーさんがいたから……それに“マオウ”ちゃんが来て一緒に遊んでたからたのしかったよ!」
怯えてばかりいるスラウが見せた一番の笑顔だった。
「そっか……じゃあやっぱり家に帰りたいんだ」
ソフィアがそう聞くとスラウは黙り込むで俯いてしまった。麦わら帽子もあり表情は読み取れない。だがギュッとワンピースの裾を握り込んでいた。
「ど、どうしたの?」
「お家はね燃えちゃったんだ……おとーさんとおかーさんも一緒に……」
水滴がポタポタと地面を濡らした。
ああしまったと彼女は後悔した。思えば両親がいる子供が今こんな場所にいる訳がない。大抵ろくでもない理由でコッチ側にいる。
「ごめんね僕が悪かったごめんね……」
ゆっくりと麦わら帽子を外すと彼女の頭を撫でた。
「でもねやっぱりお家に帰りたい……おとーさんとおかーさんに会いたいよ……」
生きているか生きていないのかそれはまだ分からない。だが幼児が泣いている、だから助けなきゃダメだ。ソフィアは彼女に自分の過去を感じ取った。
「絶対……絶対にお家に帰してあげるからね」
そう彼女は改めて決心したのだった。
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