九七話
お待たせしました!
王城でのクーデター騒ぎは終焉を迎えたが、事件はまだまだ続いていた。
王城に手引した貴族達の尋問。王都の治安維持、貧民窟にある十字教教会への殲滅作戦と教徒の捜索。
全て諸々が終わったのは一ヶ月以上後のことだった。
その間、守孝が何をしていたかと言うと……
「そろそろ自由に外に出たいんだが」
「ダメです」
マルクス商会から貸して貰っている離れから出して貰えてなかった。
「マスターはあの後倒れたんですよ!しかもそれから3日も目を覚まさないし……!」
というのも彼はあの大広間の一件が全て終えると崩れる様に倒れた。まあ無理もない話だ。刺された後、無理矢理傷口を焼いて止血し、それから大広間での大立ち回り。ぶっ倒れても可笑しくない。
それでも一ヶ月丸々、部屋の中にいるのでは体が訛ってしまう。だから一日一度外に出て軽い運動は許された。
「命があったんだそれで良いだろう」
もう腹に痛みはないがいまだ火傷は少し違和感がある。だがそれももう数日後には慣れているだろう。
「ソフィアは?」
「今は貧民窟で十字教徒捜索を手伝ってますよ」
今も貧民窟……というよりは王都中で十字教徒を捜索している。あんな事があったのだ無理もない。
捜索地域は貧民窟を中心としている。カルト宗教に嵌る者の大半は、今の生活に不満がある者か頭の中がハッピーな愚か者。若しくは金が無い貧者だ。
だが初動時よりも捕まる人間の数が少なくなったと彼女は言っていた。捜索が始まってから一ヶ月は経っているのだ。信者の数などたかが知れている。
その内王国軍の動員も終わり、後はほそぼそと信者を見つけていくのだろう。もしかしたら冒険者ギルドの方にもそういった依頼が来るかもしれない。
しかし一度現れた宗教の徒がゼロになることはない。
それはワインの中に泥が入ったとして、いくら泥を取ったとしてもワインの中には必ず少しながらも泥が混ざっているのと同じことだ。
「今回はあいつらも頑張ってるみたいだな」
あいつらとは彼が設立した貧民窟の孤児達の情報収集部隊だ。(正確には外部の委託となっている)
彼等のホームグラウンドたる貧民窟での行動だ。彼等は八面六臂の活躍をしている。
良いことだと彼は思う。自分の様な異物がなくても彼等は自分達で生きる糧を手に入れる事ができるのだから。
もしかしたら王国か若しくはヴィトゲンシュタイン辺境伯家が情報収集部隊として買い上げてくれるだろうか。そうなったら万々歳。
後は少しだけだが獣人の差別や迫害が少なくなるのを願うだけ。いつ見ても差別と迫害をされてるのは気分が悪くなる。
完全なエゴだが世の中そんなものだ。
「イン、拝謁はいつだった?」
「もう……明日ですよ明日。ちゃんと覚えておいて下さいよ」
一日の大半を家の中で過ごしていると段々と日数の感覚が狂っていくのは誰しも経験があるだろう。
「そうだったな……」
彼は机に置かれていた小さなをグラスに蒸留酒を並々入れると、一息に飲み干す。
「守孝様……最近多くなってませんか?」
「誰かさんが過保護せいでな……少し寝るソフィアが帰ってきたら教えてくれ」
結局起こされたのは夕食前だった。
王と言うのは一種の権力機構だ。それもその国最高の。その国の権力を総攬している。いや権力そのものとも言える。
王権国家とは国王の持つ権限を各大臣が軍が委任されているのに過ぎない。貴族の領地はまた異なる。
何が言いたいのか簡単に言うと、当たり前の話だが国王は王国の最高権力者だ。
つまりは国王とそれに関するモノにはカネがかかっているのは誰にも分かる話だ。権力の中枢と言うことは、お金の集まる中枢でもある。
お金は手元にあるだけでは意味がない。使い、使われて、さながら血液の様に国内、或いは国外まで流れなければならない。流れれば流れる程、国民は富、最終的には手元に戻ってくる。それが世の理だ。
王城の謁見の間はそれを象徴するかの様に豪華絢爛を示していた。
白い大理石をふんだんに使用された床に柱。上等な敷物が玉座から反対側の扉まで続く。
天井からは諸侯の紋章旗が吊るされていた。
「間も無く先の[血の大広間事件]の功労者が謁見に参ります」
扉の近くに侍る騎士家の息女カーラは静かに玉座の間に居る面々に告げた。その声色は緊張の色が隠せてない。
そこにはこの度、陞爵し辺境伯家となったヴィトゲンシュタイン家の面々と国王がいた。
王女であったマルガリットは既に降嫁を終え、ヴィトゲンシュタイン辺境伯家の人間なっている。
「しかし……かの者は本当に良かったのか?明日の受褒功労式ではなく我々との密謁を望むだけなど」
ポツリと玉座に座る王、シュバルツ・フォン・サンマリアは発する。公式の場ではまずない無作法。だが今回は許される。
「陛下、彼は英雄などと言うのは望んでいないのです」
ほうっと王は興味ありげに先日党首が変わったばかりのヴィトゲンシュタイン辺境伯を見た。
「私の口からは理由を話すのは野暮と言うもの陛下ご自身で聞かれるのも……今回の密謁の楽しみとなりましょう」
「ふむ、そうだな楽しみは後にすることにしよう。それにもう時間の様だ」
ゆっくりと扉が開かれ三人の男女が現れる。カーラは事前に頑張って暗記した口上を述べる。
「先の[血の大広間事件]功労者、冒険者モリタカ・カラスバ。従者イン……ソフィアご入場!」
おそらくサンマリア王国謁見史上初めての光景だった。
地位の低い者、例えば平民が謁見の間に入る事は稀にだが先例があった。多大なる武功を上げた兵士や大いなる富を築き上げた商人など、この謁見の間に入る事を許された事がある。
そう言った意味では守孝はそちらに近い様でもある。しかし彼はこの国の国民ではない。表向きは流れの傭兵崩れ、本当の姿は異世界の民だ。
何より目に引くのはあの獣の耳と尻尾が生えているソフィアの存在だろう。
獣人という被差別階級のモノが王に謁見できる訳でもなく、そもそも王城に入城すらあり得ない。
ソフィアの存在はサンマリア王国史の中でも初めての獣人となったのだ。
イン?……彼女はまぁ銀髪美少女メイド(笑)と言う意味では目立っているがそれ止まり。両者との政治的意味が違う。
彼は紺色の軍服を身に纏っていた。帽子には桜の紋章が輝く。
彼は昔懐かしい古巣の第1種礼装礼装を着用していた。本当は身分詐称になるが此方の方が己が何なのか分かりやすい。階級章も付けてないし所詮はコスプレの様なものだ。ソフィアは青いドレス。インは何時ものメイド服。
彼等は所定の位置まで来ると膝を折る。
「……この度の功績、誠に見事。して何か望む事はあるか?」
「はっ……陛下に御目通り出来た事が私の誉でございますですが」
さも有難そうに首を垂れる
「ふむならば儂と席を共にする名誉を与えよう」
「ははっ誠に存外の喜びでございます」
王は玉座から立ち上がり謁見の間から離れる。それを謁見の間にいる全員が頭を下げ見送った。
ここまでテンプレ。
「……して何を望む?……儂としては爵位に領地、それに嫁の斡旋もしても良いぞ」
全員が別室の円卓に座ると開口一番、王は彼に、告げた。その言葉に嘘偽りは見えない。
この場は完全なオフレコ。しかし王の放つ言葉には強制力がある。国王とはそう言うものだ。
「いえ報酬も貰いましたし私は爵位や領地言うのに興味ありません」
彼は真っ向から拒否した。
「理由は?」
彼に怒りはなかったりただ純粋な興味、殆どの者は地位や名誉を欲する。それが人間という生物の根幹である。
「他の者達にとっては喉から手が出る程のものでしょう。しかし私には重荷でしかない」
重荷と言う言葉を聞き彼は王は吹き出しそうになるのを抑えた。誰もが求めるモノをただの重荷と切り捨てた。それが面白くてしょうがない。
と同時にそれに心の中で半ば同意する己も存在していた。
「わかった英雄の言葉には従うとしよう。だが何か受け取ってほしい。国を救った恩人に何も返せずなど沽券に関わる」
彼は無言でテーブルに出されたお茶を飲む。変わった味だが不味くない。なんなら美味しい。
「お茶は気に入ってくれたかな。それは儂がブレンドした茶葉でな趣味なんじゃよ。隠し味に果物の皮を入れておる」
「良い趣味をお持ちですね」
王族は何かしら趣味を持っているものだ。例えばとあるフランス王は錠前作りを趣味にしていたなど有名な話。茶葉のブレンドなど変わった趣味になど入らない。
「うむありがとう。必要にかられて始めたがハマってしまってな」
それに自ら茶を淹れる事で毒殺を防ぐ事も可能だ。
「さて回答を聞こうか」
「そうですね……それならば私が国外でも冒険者として依頼を受けれる許可状を頂きたい」
つまりは国外での活動を認めて欲しいと言う事だ。
「……良いだろう。それぐらいなら直ぐギルドの方にも通達を出そう」
驚くほど簡単に決まってしまった。
「……よろしいので?」
直ぐ近くに座っていたヴィトゲンシュタイン家前党首、ゴトフリートは王に耳打ちする。下手に国外に出すには危険極まりない。
「あえて国が出す国外活動許可状を求めているのだ。此方との関わりを絶とうとするものではない」
確かにその力、あわよくば手中に収めたいのは山々だが強権を用いて龍の尻尾を踏む様な事はしたくはない。
「有り難く……あぁそうそう、私はある商人と懇意にしておりまして。私はその縁を絶やしたくないと思っております」
「……そうか良き友人を持ったな」
成程と彼は思った。表立って活動する事はないが裏から仕事を回せば幾つか引き受けてくれると。その商人が仲介……いやヴィトゲンシュタイン家を介してと言った所だろうか。
王はその商人とやらがヴィトゲンシュタイン家の御用商人であることを知っていた。
この案ならば全てが丸く収まる。国王やヴィトゲンシュタイン家は限定的ながらも守孝達が持つ強大な武力を保有することが出来き、守孝達は今まで通りの自由を手にする。更には御用商人であるマルクスは上からの覚えも良くなると言う訳だ。
全ての者の要望が通る案を咄嗟に出した訳では無いだろう。
恐らく現当主のルドガー辺りが事前に根回ししていたに違いない。彼はそう言うのに長けている。
「まぁ話し合いはこれぐらいにしよう。今から我々と共に食事をする名誉を頂けないかな英雄殿?」
彼は立ち上がると深々と頭を下げる。
「それが陛下のお望みとならば」
どうでしたか?面白かったなら幸いです!




