九六話
お待たせしました!
大広間の天井に眩い光が輝く。月明かりの無い暗闇の夜を真昼の様に明るくする閃光弾の明かり。
そんなものを10メートルにも満たない天井で照らされたのだ。目線を上に誘導されていた者達は一時的に目が見えなくなる。
捕まっている貴族、ここを占拠している十字教の狂信者とその仲間たち関係なく。
ただそれから逃れた者達もいた。偶々偶然にも窓の方を見た賊もその一人だった。何をつまらん話をと偶々後ろ向いていたのだ。
すると背を向けても感じる眩い閃光。それが収まるのを待って振り向くと、仲間がそうこの場にいる仲間達が目を抑えてもがいているのだ。
「おい大丈夫か!?」
彼は仲間に駆け寄ろうとする。だがそれが命取りだった。
バリンっと後ろで窓が割れた音がした。何事かと彼は後ろをむこうとするが……そのまま体から血を流し倒れる。それと同時に空気を入れた紙袋を叩き潰した様な音が響く。
目が潰れるのを逃れた者達は一様にそちらを向く。そこには……
全身黒の戦闘服に身を包んだレイヴン……鴉羽守孝が立っていた。
「総員!突入!」
その声はこの喧騒の中でもよく響いた。まるで戦闘の開始を知らせる銅鑼の様に。
「行くぞ諸君!我等王国軍の誇りを掲げよ!」
それに応じる様に扉が開かれ王国軍が堰を切ったようになだれ込む。その数、残念ながら多くはない。しかし士気は高し、既にそちら側の賊を屠り始めている。
「くっ!貴族達を捉えて人質にしなさい!」
朧気な視界の中、名もなきシスターは指示を飛ばす。しかし……
「ふう、やっとこの忌々しい布切れを取れるわい」
「さてこちらも殺るとしようかのう」
賊に扮していた老兵達がそれを阻む。
その後ろでインとソフィアが、グロック19を抜き賊を撃ち殺す。
「イ……リンクス!セカンド!お前たちはそのまま護衛を続けろ!人質を外に逃がせ!」
頭と胸に一発ずつ正確に当てていく。床はみるみる白と赤で彩られて行くが未だ数は多い。
ガキンっとボルトが止まり弾が出なくなる。単純な弾切れ、彼は流れる様にM19を抜くとこちらに剣を向け迫ってきた賊を撃ち殺した。
スリングでぶら下がる短機関銃はそのままに、次々とM19で敵を屠っていく。
多勢に無勢とはまさにこの事だろう。先程までよりも賊の数が増えているようである。理由は明白。
この喧騒と悲鳴、そして銃声の不協狂騒曲を聞きつけ駆けつけて来たのだろう。
「早く終わらさなきゃこの大広間の名前が[血と十字の大広間]になっちまう」
チラリと貴族達がいた方を見ると、脱出は一応進んでいるようだった。半数以上はやっと視界が戻ってきたぐらい。想定より時間が遅い。
(まあ……想定通りに行った例などそんなにないがな)
空薬莢を捨てムーンクリップでM19に新たな弾丸を装填し引き金を引くと、また一人弾丸の餌食になった。
敵の数は多いけれど此方側が優勢の状況。後一手詰めれば敵は総崩れとなる。そのピースは……
「いたな彼処か」
彼等が死闘を繰り広げている反対側に走る黒い服の女が見えた。
「動ける者、戦える者は剣をとれ!見ろあの狂った宗教家の女が逃げていくぞ!」
戦場狂騒曲が鳴り響く大広間の中で誰もがその方向を向く。
その一言だけ、それだけで士気は益々上がる。貴族の中には自ら武器をとり戦列に加わる者さえ現れた。
名もなきシスターは近侍達と共に離脱を図っていた。
計画は失敗したそれは仕方ない。何事も上手くいかない事もある。これも主のお導き。我等に試練を与えているに過ぎない。
乗り越えられない試練などない。今回は駄目だったとしても生きてれば次がある……!
手を変え品を代え我等が天使様がお伝いしてくださったこの大いなる教えを広めなければ……!
私が生まれてきた意味がない!
そしてあの、あの悪魔の様な鴉と呼ばれた男が持つ武器……銃を本国に報告しなければならない。
まさかあの武器がこんな辺境の異教徒の地にあるとは思わなかった。
アレは人を簡単に殺す。アレに人の意思は介さない。ただ引き金を引くだけで良い。それだけで人は死ぬ。
たった三人が使ってるだけで結果はこれだ。我々は無残にも敗走している。
彼女は恨めしそうに後ろを向く。姿形がどんな人間なのかを確かめなければならない。
振り向けばあの地面を覆う白と赤のコントラストの中でただ一つあの忌々しい黒鴉だけが立っている。
「主から見放された悪魔め……!」
主の下僕らしからぬ悪態をついたと己の事ながら目を開いた。後で自戒しなければ……
「シスターもう間もなくです!」
近侍の言葉にハッと前を向く。目の前には外へと続く扉がある。後は事前に決めていた脱出経路へと向かうだけだ。
「急ぎましょうあの悪魔が此方に来ないとも限りません」
だがそうはいかなかった。彼等が使おうとした扉が勢い良く開いたと思ったら、中から王国群兵士が数人飛び出してきたのだ。
その者たちは捕まっていたのを守孝達が事前に助け、扉に配置していたのだった。
「我等が王の居城での狼藉許せん!覚悟!」
「シスターを斬らせてたまるか!」
近侍の一人が身を呈して間に入る。鋭い突きが彼の喉元を貫いた。ああなってはもう助かりはしない。切れた大動脈から血が溢れ、まもなく肺を血で満たす事になるだろう。
しかしその者の献身により女は助かり他の近侍が道を切り開く。
「お逃げください!シスターが生きていればなんとでもなります!」
「……貴方達の献身忘れません。必ず天使様にお伝えします」
彼女は空で十字に切ると、走り出す。この場がダメなら第二の脱出経路を使うのみ。
ある窓の先に事前にロープを備え付けている。バレない様に隠匿して。それを使って城外に出て後は夜陰に隠れ王都から脱出すれば良い。
仲間は死に、生き残った自分はこの地では重罪人となろう。だがしかし、私はまだ生きている。まだやれるのだ。
何度でも心の中で繰り返そう。我等が主が見ている限り、終わりはなく。そして主の言葉を広めないかぎり私は終われない……!
だが、ズドンッと重々しい音がまた響いたと思うと名もなきシスターは崩れ落ちた。
「あ……あぁ!足がっ!」
自らの足を見れば膝が撃ち抜かれている。
と同時に激痛が脳天まで突き抜けた。
「……当たったな」
守孝は一人心地に呟くとM19をホルスターにしまうと歩を進める。見ればもう周りには血を流し倒れるモノ共しかいない。
既に戦闘は終了している。狂信者共は哀れにも剣の露に変わるか、無様にも剣や槍を棄て慈悲を乞うているかだ。
貴族達の避難もほぼ終わっている。幾らか残っているが……まぁ仕方がない。これも政治と言うものだろう。
良く見れば残るはあの依頼主たるヴィトゲンシュタイン伯爵と確かこの国の国王。後はルドガーとマルガリット王女のようだ。
先程撃ったこのクーデター騒ぎの主犯のシスターとしか名乗ってない女は、苦しみながらも這って未だ逃げようとしている。
「.357マグナム弾で膝を撃ち抜かれても動けるのか。」
通常なら意識が飛ぶかその場でのたうち回るだろう。その精神力は褒めるべきだろう。慈悲はないがな。
ズカズカと彼は彼女の元へと進む。もう障害はない。歩くたびに血の足跡がつく。
這う者と歩く者。追いつかれるのは誰にでも分かる事だ。
「くっ!離しなさい!」
彼は無造作に彼女の襟を掴むと引きずり死体の中に放り投げる。
「お前が信仰する主とやらの所に行く準備は出来てるか?」
乱暴に彼女を座らせ再びホルスターから抜いたM19の銃口を突きつけた。
「……悪魔め!お前には必ず主から裁きが下るであろう!」
「じゃあ今からその主の裁きとやらを与えてみろ」
彼はそう言い放つと床についた彼女の手のひらを撃ち抜いた。
「ああぁ!?て、手がぁっ!?」
「吐け!この件には教皇国とやらが関わってるな?」
胸ぐらを掴み銃口を額に当てる。彼女にとっては幸か不幸か、膝を撃ち抜かれたせいで血が止まらない。恐らく大動脈や大動静脈、筋肉繊維やその他諸々が完全に破壊されているのだ。
血が流れすぎている。この名も知らないシスターは何も処置しなければ後数分で死ぬだろう。
よしんば助けたとしても恐らく数日の命だ。
「ああ……主よ……何故私を見捨てるのですか……主よ」
全てを諦めたかの様に手を合わせている。彼はチッと舌打ちをすると突き放す様に手を離した。
「どうですかマスター」
「……リンクスか何も喋らんよコイツは」
その時だ。粗方終わらせたインが此方に来た。と同時に彼女が目を見開く。
「天使様!?天使様が何故ここに!?……ああ、この哀れな私を助けに来てくださったのですね!」
その目はインをずっと捉え続け爛々と輝いている。
「お前……何言ってるんだ?」
「おぉ天使様!この悪魔を我等に仇なす悪魔めを滅して下さい!そして我等が主が降りられる聖国を創るのです!」
ああこの者は壊れてしまっただろう。そう彼は判断した。
「お前名前は?」
ホルスターからM19を抜き一発だけ弾を装填する。
「なまえ?……そんなの私にはありませんよ。我々は一にして全、全にして一……故にシスターなのです」
撃鉄を起こし、この名も与えられてない憐れな少女の額に狙いをつける。
「そうか……では名もなきシスターよ祈れ。それだけは赦してやる」
彼女は全てを察した様に素直に彼女が信仰するモノに祈りを捧げるように目を瞑る。
一発の銃声が大広間に響いた。
それはこの大広間で行われた狂騒曲の終わりを告げる最後の銃声でもあった
どうでしたか?面白かったなら幸いです




