エミルの過去
「凶悪犯、イクトミを捕り逃してしまったのは残念ではあるが、依頼自体は完遂できたと言える。黄金銃を無事に取り戻せたわけだからな。ポートマンJrも喜んでいるよ。間もなくこちらにやって来るそうだ。
その他、確保した美術品――かどうかは詳しく調べないことにはまだ分からんが――についても、元の持ち主を探し次第、返却・返還していくつもりだ。我が探偵局の評判は大幅に上がるだろう。
よくやった、二人とも」
「ありがとうございます、局長」
パディントン局長と会話を交わしながらも、アデルの目は泳いでいる。
未だ落ち込んだ様子のエミルが気になって仕方ないためだ。
「……コホン」
見かねたらしく、パディントン局長が咳払いをする。
「どうしたんだ、二人とも? 一体何があった?」
「あ……、いえ、そのですね」「アデル」
と、エミルが顔を上げる。
「大丈夫、あたしから話すわ」
「分かった」
エミルはアデルとパディントン局長とを交互に見て、それから――いつもの彼女らしくない様子で――話し始めた。
「イクトミは、過去にあたしが仕留めた、ある人物と関係があったようです」
「ほう?」
「その人物は非常に危険な男で、……ともかく、本人は死んでいるはずです。
しかしイクトミの話し振りから察すると、まだ何かしら、影響力を持っているようです。もしかしたら、その男が持っていた組織はまだ、残っているのかも知れません」
「ふむ」
「いずれ、イクトミはまた、あたしと接触しようとするでしょう。そしてその時は必ず、何かの事件が起こります。
……あたしは探偵局を離れます。迷惑、かけられませんから」
「何を寝ぼけているのかね?」
エミルの話を聞いたパディントン局長は、それを鼻で笑った。
「事件を解決するのが我が探偵局の仕事だ。我々に仕事をするなと言うのかね?」
「いえ、そうじゃありません。あまりにも凶悪な……」「200オーバーだ」「……はい?」
パディントン局長はエミルの両肩に手を置き、自信たっぷりにこう続けた。
「我々がこれまでに捕まえた、懸賞金1000ドルを超える凶悪犯の数だ。1万ドル以上に及ぶような奴なら15、6人はいる。
わたしを信じなさい、エミル・ミヌー。わたしは今世紀アメリカ最大の名探偵であり、それに次ぐ人材を山ほど率いている名指揮官でもある。君の言う組織など、わたしが、……いや、わたしたちが、完膚なきまでに蹴散らしてやればいいんだ。
信じなさい。わたしたちは、きっとそれをやれると」
「……」
「ともかく、今は気を取り直すことだ。
ポートマンJrが来たら、みんなでワットウッド氏のところに戻ろう。彼の秘蔵コレクションを見せて、……いや、飲ませてもらおう」
「え?」
思いもよらない言葉に、エミルも、アデルもきょとんとする。
「まさか……」
「お知り合い?」
「勿論だ。私はこの国の、大抵の名士とは友人なんだぞ? ワットウッド氏もその例に漏れず、な。
彼はすぐ金細工や高価な機械なんかを披露したがるが、それはその方が大抵の人間の目を惹くからなんだ。コレクターの例に漏れず、目立ちたがりなんだよ、彼は。
だが『いいお酒があるか』と聞いたら、彼はそっちの方が百倍喜ぶ。それに見目麗しいお嬢さんのためなら、気前よくワインの1本や2本、開けてくれるだろうさ」
「……はは」「……ふふっ」
パディントン局長の明るい振る舞いに、二人の間にようやく笑顔が戻った。




