「撃てない」拳銃に魅せられた男たち
20世紀半ば、かの悪名高い政治団体、国家社会主義ドイツ労働者党、通称「ナチス」を率いた総統アドルフ・ヒトラーには、数々の逸話がある。
その中でも最も煌びやかなうわさとして、「ワルサーP38を純金で造らせ、総統専用銃とした」と言うものがある。
勿論金などと言う、恐ろしく柔らかい金属を主な素材にしては、鉛弾を撃つことなど到底できるわけが無い。そんな代物の引き金を実際に引こうものなら、たちまち暴発・腔発を起こし、銃自体が軟弾・散弾と化して、右腕が木端微塵になるであろうことは、想像に難くない。
この黄金銃はあくまで「飾る」ための銃であり、言うなれば「美術品」なのである。これを発注したヒトラー氏も、恐らくは自分のデスクの奥底から密かに取り出しては、その輝きを眺めてほくそ笑む日々を過ごしていただろう、……と思われる。
ナチスから、時代は半世紀以上もさかのぼるが――この時の彼も、きっと同じ気持ちだっただろう。
「うひひひ……、まったく変な気持ちになっちまうわい」
彼は自分の手に収まっている、ギラギラと光るSAAを眺めてほくそ笑んでいた。
「まさか本当に、グリップから銃身まで全部、金で造ってくれるとはなぁ。やっぱりあいつは天才だな。
……ふひひ、しかも銃弾まで金と来た! 撃ってみたくってたまらねえが、……いやいや、折角の黄金銃が歪んじまわぁ」
そんな独り言が漏れてしまうほどに、この黄金の塊は恐るべき魅力をたたえている。
「……そーっと引き金引くくらいなら、曲がったりしねえよな」
独り言で言い訳までして、男は黄金銃の撃鉄を起こした。
「そーっと、そーっと……」
引き金に指をかけたところで――パン、と音が響く。
「……えっ?」
音に驚いた男は、慌てて自分の握る黄金銃を確認するが、硝煙も何も上がっていない。撃鉄も起きたままである。
と、黄金銃に汚れが付いているのに気付く。
「おっと、いけねえ」
男は右の袖口で、その赤い汚れを拭き取ろうとする。だが、拭いたと思った汚れが、さらにひどく広がっている。
「チッ、なんだよ……?」
自分の袖口が汚れているのかと、男は右腕を挙げる。
「……あれ」
右袖も、そして銃を握った左腕も、真っ赤に染まっていた。
ボトボトと口から血を吐き、黄金銃を落としそうになった男の左腕を、「おおっと」とおどけた声を出してつかむ者が現れた。
「もうしばらく、堪えていただきたい。この黄金銃が床に落ちようものなら、あの名ガンスミスが嘆かれる」
「お……おま……え……おっ……おれ……をっ……」
「その通り。あなたのハートを射止めたのは、このわたくしです。
さて、お次はその脳天を痺れさせてご覧に入れましょう」
そう言うなり、左手に持っていたSAAを――こちらは鉄製の――男の頭に突きつけ、即座に引き金を引く。
パン、と火薬の弾ける音と共に、男の頭蓋も弾け飛んだ。
「この煌めくピースメーカー、確かにわたくしが拝領いたしました。
ああ、ご心配なさらず。わたくしのコレクションとして、この黄金銃は永遠に輝くことでしょう」
西部の男には到底見えない、その白いスーツに身を包んだ男は黄金銃を懐にしまい、ひらりと身を翻してその場から消えた。