伝説のヒト
ファンタジー連載1話目です。よろしくお願い致します。
そうして、彼らは幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。お伽噺の常套句 だ。けれど、たまに思うことがある。
彼らは本当に幸せなのだろうか。
一人の少女に、煌きを与えた魔法使い。白雪姫を眠りから覚ますのは、通りすがりの王子様。それまでの苦労を全て、打ち消した……と言ったら聞こえはいいがある種の否定でもある。
それまでの生活にはない「なに不自由ない暮らし」を手に入れた彼ら。物がいくらあっても、使い切れない財宝を抱えても。かつて味わった筈の「痛み」「恐怖」「焦燥」は、新しい生活にあったのだろうか。
ガラスの靴が誘った「羨望」「艶麗」「享有」は、己の全てを表す鏡となった。
毒林檎が囁いた「他人への憎悪」「不信感」「殺意」は、背中をしたたる汗に代わる。
このかつてない経験は、血となり肉となり骨となり。いつしかは、永遠に変わる。
嗚呼、そんな人生を変える出来事が「その後の世界」でまた起きることはあるのだろうか?
思えば、あの時の方が。あの時こそ。大事なことに、敏感だったように思う。
いつの時代もそうだったではないか。大きな力を手にしたものは、人間の初歩的なものを無くす。それならば、人魚姫の如く泡となって消えてしまった方が幸せだったに違いない。
*
少年は、炎の中に居た。言葉通り、全てを燃やし尽くされた。家も、親も、思い出も、記憶と記録も。
もう、今この場で死んでしまいたい。少年の願い事は、ただそれだけであった。
けれど、少年の前に救世主は現れた。淀みなんて一切ない、金砂の髪。海の深みを何重も足したような、碧い瞳。全てを受け入れた上で、善義の判断を下しそうな顔。初めて会った人物なのに、一目見ただけで少年の特別へと成り代わった。
母親が、呼んだ彼の名前ははっきり覚えている。
「オズウェル ムーンフレイク」
そして、その後に続いた言葉も。確りと記憶している。
*
「グランド マギカ?なんだいそりゃ」
「あ、ええっと……伝説の魔術師なんですけど」
「知らないねえ。何せ、こんな山奥だからさ。なにか、理由ありかい?」
「母の遺言で……」
「…そうかい」
ライゼン村の村長である恰幅が良いアリア夫人はふっと目を細めた。夫人の横に座っている、東洋人男性は、穏やかに瞼を閉じる。
「ともあれ助かったよ。結界装置が随分と傷んでいたからねえ」
「いえいえ。俺は、ただの使いですから」
少年は、銀の髪を掻いた。その銀の髪を溶かすような白磁の肌が更に際立って見える。
「まーた謙遜して!最近の若者は、謙虚だねえ。もっと、パーっと!パーっと!しな!」
「あはは……」
「けど、新品にまで交換して貰って良かったのかい?」
「あ、はい。お使いだった結界装置β96823号は、二世代程前ので……もうパーツがないんですよ」
二世代前。パーツがない。このフレーズに、アリア夫人は目を丸くした。
「そんな前のだったのかい!?」
「は、はい。最近は、特に入れ替わりが激しいんですけど……10年くらいの前ので。えっと、あの、3年に一度くらいは替えた方がいいです」
「えええええええ。3年なんて、すぐじゃないかい。ねえ?」
「そうですよね。ははははははは……」
この夫人は、どうも声と動作が大きい。聞いてこちらも、釣られてオーバーリアクションになりそうになる。気分が沈んでいる時は、こういう人間に話せばすっと気持ちが楽になるのであろう。
「魔物退治部隊候補生のえっと」
「キース レイバンです」
「キース君ね。ありがとう。もう日が沈んでしまってるし、今晩は泊まって行きなよ。宿屋は手配しておくからさ」
「え、でも……」
「バスもないんだしさ」
「大丈夫です!箒で飛んで帰ったら、一晩で帰れますから」
背中に背負っているボロボロの、木製箒をキースは指さしながら笑顔で受け答えする。
「ダメだよ!今日の予報では、夜から大雨が降るんだ。こんな若くていい子に無茶させられるかってんだい」
夫人の剣幕に押され、キースは腰が引けてしまった。半ば引き攣った笑いを見せ、提案に乗ることにした。
「す、すみません。お言葉に甘えます」
「宿屋は、そこの角を左に曲がったらあるからね~」
「はい。了解です……」
それにしても。村長の家に、もう一人の客人が何処となく気になった。
*
宿屋に行く前に、念のためキースは結界装置をもう一度確認することにした。
動作は良好だ。魔物避けの魔力を微量ずつ、充満させている。その魔力には反響定位も使われており……超音波の反射で障害物を探知してくれるのだ。
「失礼」
「はい?」
蒼い軍服に身を包んだ軍人が、キースに笑顔を向ける。星空のような黒髪に、色を持たない瞳。薄い唇は、どこか厳格そうな印象を与える。
「ああ。すまない。私は、この村を管轄している、レゾ ダイレン曹長だ。君が、その結界装置を直してくれた世界保安団の候補生かい?」
「あ、はい。そうです。あの、差し支えなければ点検を記録した手帳みたいなものを見せていただきたいのですが……」
「…おや。そこまでする理由なんて、ないだろう」
「で、でも。長いこと点検されてないようですし。いい機会なので、過去にあったトラブルとかを村のみなさんで共有して頂いた方が」
「真面目だねえ。私が着任してから、ここの村は一切事件がないんだよ?平和そのものなのさ。君が心配することじゃない」
「は、はあ」
「お礼にお茶など、如何かな?」
人を敵に回さない笑顔で、曹長はにっこりと笑った。
*
アリア夫人は、皿を洗いながら軽快な鼻歌を歌っている。確かこの曲は、戦場にかける橋だ。
「本当に挨拶しなくて良かったのかい?」
東洋人は、フォークを動かす手を止めた。もごもご、と肉を飲み込んでから頷く。
「いいんです。今回の任務は、隠密調査ですからね」
「あんたのどこが、隠密なんだい!行くとこ行くとこで事件に巻き込まれるのに!」
腹を抱えて、夫人は笑い転げた。目には涙が浮かんでいて、笑い声がしゃくり上がっている。
「小隊長自ら動かねばならない程、人手が足りてないのかい?」
「俺が、コキ使いやすいそうで……」
「ああ!なんとか統括者と!なんとかって美人の副統括者だろ!いいねえ、あの副統括者は。私もあんな美人と大恋愛して、結婚したかったよ。ねえ?」
「そうですね~」
乾いた笑顔を浮かべて、頷く東洋人。濃い目のコンソメスープを啜る。身体の芯まで、温まる。
「さっきの子、グランド マギカを探しているらしいね」
「グランド マギカは呼び名ですからねえ……魔術師の始祖レンソイン ウェイノンの」
「やっぱりそうなのかい?300年も前の英雄なんか……」
「まあ、見つかる訳ないですよ。過去に戻らない限り」
そう言って、今度はアップルティーを啜る。程良く冷えたそれは喉の滑りを良くしてくれた。
「そういえば、最近そのグランド マギカを名乗る人間が居るらしいけどね」
「昔からチラホラ居ますよ?主に悪巧みの集団ですけど」
「最後まで聞きな!」
拳骨一発。ちょいんちょいん、と東洋人の頭は回る。
「それが、最近村の管轄になったあいつなんだよ!!」
「ぷひょう!」
「だから言ったじゃないか。小隊長居る所に、事件有り。ってね」
*
キースが案内された詰所は、田舎に似つかわしくない随分と近代的な作りをしている。どころか、何から何まで最新鋭のものが揃い過ぎている。魔力式のエアコンなんて、初めて見た。電気式と違い、人間が求めている温度温度を脳波をスキャンして、風を送ってくれるらしい。切れるタイミングは、寒い。切りたい。と、感じた時だとは聞いている。
(座るのも気が引けるな……この椅子)
曹長は、紅茶をテーブルに置いてくれた。
「ありがとうございます」
「随分、感心な若者だね」
「いえいえ」
「コレ、をご存知かね?」
使いの者から、蛇を司ったロッドを受け取るダイレン曹長。蛇の真っ赤な瞳が、ぎょろりとこちらを見てきた。
「そ、それって……レンソイン ウェイノンが愛用していたロッド!」
「ご名答。私は、彼の子孫でね。魔術だって継承しているんだよ」
「……!じゃあ、貴方が、グランド マギカ?」
「ああそうとも。私の先祖の為にも、悪は粛清するべきするだと思っているんだ」
「そ、そうですね……」
前のめり気味で、話を聞くキース。嗚呼、今にも感極まって泣いてしまいそうだ。
「だからね。世界保安団なんて、滅んで仕舞えばいいと思っているんだよ」
「え?」
「君、レンソイン ウェイノンの死因を知っているかい?」
「え、えっと。自殺だって言われてますよね」
「ああ、そうだ!彼が作った、魔装武器を世界保安団が奪い取り戦争に使った!結果、魔装武器は悪魔の武器、と呼ばれ……レンソイン ウェイノンは悪魔だと蔑まれた。愛していた人間の裏切り、繊細な彼には耐えられなかったのだよ。だから、そんな彼の為にもね」
曹長は、キースに向かって拳銃を突きつけた。いつの間にか、部屋に魔物が数頭入って来ている。無闇矢鱈に暴れなく、指示を待っていることから察するに……訓練された軍用の魔物であろう。
「え、えっと……」
「君にも死んでもらう。けれど、誇りたまえ。新時代を切り開いた一人となるんだから」
キースは、とっくに察していた。この男は、自分が戦うなんて真似をとれる男でないのだと。戦うよりも前に、力でねじ伏せられるしかないと。
だから、だからこそ。
「ごめんなさい。あなたの言うことをなんでも聞きます。候補生もやめます。一生、あなたに仕えます」
こういった台詞は、簡単に言えた。キース レイバンの全財産に近いものを、彼に見せつけながら。
「こ、これは……!レンソイン ウェイノンの最後の魔装武器!」
「そうです。あなたに差し上げます。ですから、命だけはどうか……」
そう言って、また頭を下げる。先ほどより、ずっとずっと深く。
「ふ、ふはははははははは!そうだ、なんていい拾い物をしたんだ!!!いいぞ!お前は使える!使ってやるさ!!」
鼻に付く高笑いを見せつけ、奪うように魔装武器を取るダイレン。部下たちも、彼につられて下品な大笑いをしている。
「あ、アレ?曹長」
「あ?なんだ」
「そいつ、なんで魔装武器を持っているんですか?」
「は?そりゃ世界保安団魔物退治部隊の候補生だからだろ!」
「候補生ですよ!学生です!それを所持出来るのは、世界保安団魔物退治部隊の人間です!」
「……!お前、違法所持者かぁあああああ!!!」
一発、二発、三発。キースの顔に、拳が飛んできた。目は腫れ、鼻からは血が垂れ始めた。
「何処で、コレを入手した!!お前みたいな餓鬼が触っていい代物ではない!なんて、罰当たりな!やはり、裁きが」
ダイレンが、ばっと振り返る。キースも気づいていた。魔物が、血を噴き出して倒れたまさにその瞬間を見たのだ。
「な、なにをしているお前ら!侵入者だ!捕えろ!」
「お。中々うまい」
例の侵入者は、テーブルのクッキーをさぞ自分の物かのように貪っている。闇夜のような黒髪に、よく焼けた肌。そして、生気が感じられないガラス玉をはめ込んだだけのような瞳。そして、何より――。
「村長さんのところに居た、東洋人さん……?」
「そうそう。ダイレン曹長さんだっけ?今すぐ、レンソイン ウェイノンの子孫名乗るのをやめて、この子を解放しな。それから、村の税金の見直しに私刑はやめること」
「な、なな、なななな、何を言っている!俺が来てから、この村は事件が起きていない!」
「知ってるよ。事件を起こす前に、そこに倒れてる魔物らを使って、言うこと聞かせてたんだろ」
「言いがかりだ!」
「なにより、レンソイン ウェイノンのロッドは蛇が二匹司っているんじゃない。一匹の蛇なのに、頭が二つありーー頭の上に元祖魔核があるんだよ」
「だ、誰だ!チクったのは!!ああ!!!?えええ!!!?」
ダイレンは東洋人の襟を掴み、彼を持ち上げた。しかし、東洋人は臆することなく頭突きをかます。
「大体、なんなんだ!お前はァ!俺にこんなことをして許されてると思っているのかぁ!死んで詫びろ!」
「おーおー。怒らない。初めまして。世界保安団魔物退治部隊鈴星いつき小隊長です。ちなみに言うと、レンソイン ウェイノンの子孫、ロナトリアン デュギハウトの家来で……リーランド統括者の一番狗ね。ワン」
そう言って、くるりと一回転した。恐ろしい程に、笑顔が輝いていた。