彼は草むらに釣り糸を垂らす?
本編で出てきた釣り人の話です。
彼が今後話に絡んでくるかは分かりませんが、なんとなく思いついたので書いてみました。
一人の男が釣竿を肩にかけて草原を歩く。
名前をエ・ビッスというそのプレイヤーは、元ネタのカミサマと同じような体系をしている。
このゲームでは、体系を余り弄れないので現実でも同じような体系なのだろう。
彼のメインスキルはもちろん≪釣り≫だ。
サブスキルには、≪隠密≫≪気配察知≫≪脚力強化≫≪体力強化≫と言った具合でまさに釣りをするためだけにこのゲームをやっているようなものだった。
様々なゲームで釣りをしてきた彼であったが、現実では全くやったことは無く実際に体を動かす感覚のこのゲームではかなり苦戦していた。
西のエリアの川辺に行き≪隠密≫を使って気配を殺して≪気配察知≫で魚の位置を探って仕掛けをソコに目掛けてスイングしたが、上手く飛ばない。
上手くいかなければ練習あるのみだ。
地面に目印をつけてひたすら繰り返すこと一週間、10回中8回は狙った場所へと仕掛けが行くようになり、ようやく本番を迎えた。
そして、魚がかかって来てからも一苦労だ。
簡単なゲームなら、ヒットしたら後は決定ボタンで勝手に吊り上げるし、もう少しリアルなものなら糸の耐久度の様なものから魚との距離なんかが表示されて釣り上げるまで持って行くのに、このゲームではそんな補助は無いに等しい。
一応スキルの補助でなんとなくどうすればいいのかは分かるが、あくまで補助なのだ実際に体を動かすことになるとそんなに簡単には出来ない。
それを乗り越えて自由に釣りが出来るようになったのは、ゲームを始めて1ヶ月が経っていた。
スキルレベルは、平均30を超えて≪釣り≫と≪隠密≫に関しては使う頻度が高い為か40を超えた。
この辺りで釣れる魚を全種コンプリートするために≪隠密≫により全てのモンスターを避けて各エリアを回って水辺を探した。
そうして二か月目にしてようやくスターティア周辺エリアのコンプリートに成功した。
そしてコンプリート報酬として得たのが「釣り対象コンプリート:スターティア(水)」と言う称号だった。
称号に特別な効果は無かったが、(水)と言う部分に疑問を持った。
それは、水辺以外にも対象となる獲物が居ると言うことを示しているモノだった。
~ここからエ・ビッス視点になります~
さっそく釣竿を持って最初のエリアの草原の草むらにおもむろに糸を垂らす。
1時間待ってみたが、何も掛からなかった。
ただ変なものを見るかのようなプレイヤーからの視線が痛かった。
仕掛けや餌が合っていないのだろうか?
其れとも根本的に間違っていたのだろうか?
思いつく限りのパターンで草むらを攻め続けること更に1時間、遂にアタリが来た。
慌てずにあわせて竿を立てると凄い引きを感じる。
糸がドンドンと持って行かれて竿を引くがその瞬間、ボキンと音を立てて竿が折れてしまった。
この竿で、森林エリアの主とも言える3m越えのナマズも釣り上げたと言うのに、それ以上の引きだったが相手は只の大ネズミだった。
水中を泳ぐ魚と地面を走る獣とではここまで引きの強さに差が出るとは思ってもみない事だった。
愛用の竿は半ばから折れてしまい新しく作ってもらうしかなさそうだった。
この際、水中用とは分けて陸用の竿と言うモノを新たに作成してもらう必要がありそうだ。
そうなると素材は、木製よりも金属製の方が良いだろうか?
金属の硬さで糸の強度が直ぐ無くなって切れてしまう事も考えられる。
其れならば、更に丈夫な糸か金属製のワイヤーの様なものを使ってみることも手だな。
思考は巡り様々な案が出てきたが、竿作りは知り合いのプレイヤーに頼んでいるので早速彼の所に行ってみることにしよう。
「ビスカルは居るか?」
「どうした、そんなに慌てて?」
「先ずはこれを見てくれ」
「…!どんな大物を相手にしたんだ!これは、今作れる最高の竿だぞ!」
「…大ネズミだ」
「大ネズミ…だと?」
「ああ」
「何が有ったか詳しく話せ」
そうして今日の出来事を称号を得たところから詳しく話したところ難しい顔をして黙っていたビスカルは
「なるほど…っで、水以外も制覇するためには新しい竿が必要ってわけか」
「ああ、色々案は考えてきたから実現できそうなものを作って見てくれねぇか?」
「面白い、陸の奴らに一泡吹かせてやるぜ」
そうして数日、試行錯誤の末出来上がった金属製の「対陸上生物用試作23号」と言う仰々しい名前の釣竿を持って草むらに糸を垂らす。
仕掛けと餌は同じにしてある為、そう時間がかかることなく大ネズミがHitした。
慌てず絶好のタイミングで竿を立てる。
竿の硬度がありすぎてまったくしならず、糸の強度が足りずにすぐに切れて逃げて行く大ネズミを見送りビスカルの元に戻る。
「やっぱり、ダメか」
「ああ、もっと柔軟性を持った竿でないと糸が耐えられん」
「それなら、最終手段でこの糸をセットしてみるか」
そう言って取り出したのはスパイダーシルクだ。
少し前から出回っていたが、最近高騰してきて簡単に手が出せない素材だ。
「良いのか?」
「ああ、これなら大きな獲物がかかっても大丈夫だろう」
そう言って手早く「対地上生物試作23号」に糸を取り付けると。
「よし、行って来い」
背中を叩く様に送り出されて、草むらに糸を垂らす。
しばらくすると大ネズミが掛かる。
竿を立てて合わせると糸の強度もバッチリだ。
後は、いかに釣り上げるか自分の技術に掛かっている。
最弱と言っていいモンスターのクセに四足で地面を捕らえて走られると、その引きは2m級の魚の引きを簡単に超えてくる。
糸が切れないギリギリを見極めつつ大ネズミを時に走らせ時に引き寄せ体力を削る作業を繰り返す。
永遠に続くかと思われたその作業は唐突に終わりを告げる。
逃れようともがいていた大ネズミが草むらに向けて飛び込もうとしたのだ。
全ての足が地面から離れて抵抗が少なくなる。
こうなってしまえば、水中の魚を釣るのと大差ない。
一気に引き上げて宙吊りにして手元に引き寄せることで遂に大ネズミを釣り上げることに成功した。
気が付くと10分ほど格闘していたようだ。
少し離れたところで、青い武闘着を着たプレイヤーが拍手してくれていたので手を振ってこたえた。
彼も手を振って応えてくれてセカンディアへの道に戻っていった。
これを始めてから初めて好意的な感情を向けられたことに嬉しくなった。
さて、今度は地上のモンスター全てを釣り上げてやるぜ。