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2.目覚め

 

 そこは豪華な部屋だった。純白の壁、色彩豊かなタンスや机といった家具。そして手を広げてもまだまだ余裕のある大きなベッド。


 大きなベッドの中央で一人の少年が仰向けになって天井を見つめている。髪は金色で、色素の薄い白い肌、顔は丸く鼻は潰れており、目は細くつり上がっている。体格は丸々としておりお世辞にも容姿が良いとは言えない。


 少年が細い目を閉じると、自分の内にある“ベン”の記憶が浮かび上がってきた。


 それはベンがモンドール王国の貴族の嫡男であること、この屋敷のこと、常識、価値観などの基本的な情報から、ベンの傲慢で自己中心的な性格、今まで行ってきた数々のわがままという名の悪行、そしてベンが“この世界”でどのような存在で、どのような扱いを受けてきたかを少年に知らしめた。


 少年はまた目を開けると小さく息を吐いた。


(とんでもないガキだな・・・)


 “ベン”の今までの行いに不快感を覚えた少年は眉間にシワを寄せて天井を睨んだが、ある事に気が付いた。


(あれ?じゃあ俺は誰だ?)


 少年の内には“ベン”の記憶はあっても自分自身の記憶が無かった。


 少年はベッドから起き上がると大きな姿見の前に立った。そこには“ベン”の記憶の中にあったベンの姿がある。


 少年は姿見に“ベン”が写る事は予想出来ていたのか動揺はしなかったが、謎はさらに深まった。


(姿形は“ベン”と全く同じだけど、“俺”は俺が“ベン”じゃないと感じてる・・・)


 どれだけ“ベン”の記憶を持っていても、どれだけ自分の姿が“ベン”と酷似していても少年には自分が“ベン”ではないという確信に近い何かがあった。


 しかしどれだけ頭を働かせても少年には“ベン”の記憶しかない。自分が誰かわからない不快感と、頭にこびりつく“ベン”の記憶のせいで気持ち悪くなってきた少年はまたベッドに横たわった。


 その時ふと部屋の中にある椅子が目に止まった。それは子供用の椅子より一回り大きいくらいで、特に装飾の施されていないシンプルなものだった。


 その椅子を見た時、少年の頭に“ベン”が最後に見た光景が浮かび上がった。


(“ベン”はあの女の人がいつも見る夢の中に出て来る女の子だと気付いて驚いた。それで・・・)


 少年が“ベン”の見た夢と“ベン”の目の前に現れた女について思考を巡らせた時、頭の中に奇妙なノイズが走る。そのノイズは徐々に少年の思考を侵食し、ついには何も考えられなくなるほどになる。


 しかしそのノイズは徐々に消え始める。そしてノイズが完全に消えた時、少年の頭に“ベン”とは違う者の記憶が突如流れ込んで来た。


 記憶の中には見たことのない場所、見たことのない物、見たことのない人間、そして見たことのある少女がそこには写っていた。


 しばらく呆然と流れ込んでくる記憶を眺めていた少年だったが、その記憶はあまりにも膨大な量で少年の許容範囲を超えた。


「ぐ、ぁぁああああ!!」


(頭が割れるように痛い!!)


 少年は絶叫しながらベッドの上でのたうち回り、頭を抱える。もはや流れ込む記憶に意識を割くことができない。


(誰か!)


 少年は必死にドアの方に手を伸ばすがその手を掴むものはいない。

 頭の痛みが限界を超えた時、少年の意識は闇に落ちていった。






 再び少年が目を覚ました時、少年のいるベッドの周りに複数の男女がいた。“ベン”の両親であるドイルとマリィ、そしてヒルウェスト家の使用人たちである。


 少年が辺りをキョロキョロ見渡していると、ドイルが少年に近寄ってきた。


「大丈夫かベン?まだどこか痛むか?」


 少年は首を横に振った。


(あのとき流れ込んできた断片的な記憶は“ベン”のものじゃなかった。確信はないけど多分俺のでもない)


 少年は天井に目を向ける。


(初めは俺が記憶喪失になった状態で“ベン”の身体に憑依した、って考えてたんだけど・・・。一つの身体に二つの知らない記憶があるのはおかしいよな。ま、でも)


 少年は自身の手を見た。


(俺が誰かは今は気にしなくてもいいか。今考えなきゃいけないのはこの世界でどう生きるか、だよな。俺は、“ベン”じゃない。でもこの身体は間違いなく“ベン”のものだよな・・・。なら俺は“ベン”として生きるしかないよな。記憶もあるのに別人だ、なんて言ってもややこしくなるだけだし、そもそも面倒臭い)


 なんとも軽い理由で“ベン”として生きることを受け入れた少年、ベンは再び周りを見渡した。ベンと目が合った者は皆一様に目を逸らした。それはベンの両親でさえも例外ではない。


(当たり前、か)


 ベンはどこか諦めにも似た感情を抱きながらも、一抹の寂しさを覚える。


「で、では私たちは出ていこう。長居して体調が悪化してはかなわんだろう」


「そ、そうですわねあなた。ベ、ベン?体調がまた悪くなったらすぐ言うのよ?」


 ドイルとマリィはそう言うとそそくさと部屋を後にした。そしてその後を追うように他の使用人たちもベンに頭を下げてから部屋を出ていく。

 部屋に残ったのはベンとベンの世話役にされた不幸なメイドの少女の二人だけ。


(く、空気が重い)


 ベンは部屋の隅で縮こまっているメイドを見た。メイドは視線を忙しなく動かしながらもベンと目を合わせる事はなく、頻りにドアの方に目を向けている。


(やっぱり怖がられてるよな俺。でも聞きたいこともあるし・・・。よし、声かけてみるか)


「おい」

(すいませーん)


 口から出たのはベンの意思に沿うものではない、非常に高圧的な言葉。自分の口から出た言葉にベンが驚いていると、呼びかけられたメイドが一瞬身体を震わせ、恐る恐るベンの方を向いた。


「あ、あの。な、何か御用でしょうか?」


 動揺しながらもメイドから視線を逸らさなかったベンはメイドを見て固まった。まず目に飛び込んできたのはブロンドの綺麗な長髪。そして次に丸々と太った体と顔、そばかすの多い頬、しっとりと湿ったタラコ唇、ニンニクの様に膨れている鼻、そして涙で赤くなった薄く釣り上がった一重の目。


 このメイドの容姿をありふれた言葉で言い表すのならまさに


「綺麗だ」

(ブスだ)


 時間が止まった。



ヨウシノセツメイムズカシイ(白目)


あと1話1話の長さってもう少し多い方がいいんですかね?

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