とある男の罪の償い。
ガチャリ、と久々に玄関が空く音がした。
午後。閉ざされた扉から日光が差し込んでいる。
もう戦争も終わった訳だから将校達では無いだろう。占領軍の連中かな。
私の家族は今次戦争において皆戦死した為、家には私しかいない。
有るのは春の到来を告げるような溢れんばかりの陽光とそれに照らされる家具達だけ。
階段を登り終えたようなのでもうすぐそこまで来ているのだろう。
障子が開けられる音がしたと思ったら久々に人の声を聞いた。
「失礼。山岸中将ですね。」
やって来た人物は男だった。冷たい声で挨拶すると、私が勧めた椅子にも座らずに私の側まで来た。
その視線はまるで私を非難するかのような目をしていた。
私はこの人物を改めて見てみる。
彼は、シワひとつ無い黒のシャツを着ており、それが彼の美しく艶の有る金髪と合わさってとても美しい姿をしている。
彼が何をしに此処に来たのか分からないので自分から尋ねてみることにした。
「君は此処に何の用だ。こんな老いぼれの所にいると敗残兵と間違えられて殺されるぞ。」
すると彼はこう答えた。
「私はこの国に今次戦争の事を本にしようと思って来た。しかし、来て見たら既に連合軍による敗残兵狩りが行われていてまともな住所が解ったのがあんただけだった。それだけだ。だから、なんでもいいから知ってることを話せ。」
「そうか。ならば少し話をするとしよう。まずは、この老いぼれの若かしき頃。今から3年ほど前のことから話すとしようかな。」
久々に人と話す事が出来ることを嬉しいと感じつつも少しだけ悲しくもあった。
何故なら最後になるだろうから。これを話終わったら私は自殺しようと思う。
だって私は今次戦争の最高司令官の一人としてこの戦争で死んでしまった国民や迷惑をこうむった国民に対する罪を償わなければならないから。一番苦しい方法で死ななければ国民は納得しないだろう。
スーっと息を吸い込んで私は語り始める。
「あれは3年前の6月、梅雨が開けたばかりの暑い日のことだ。」
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「以上で私の話は終わりだ。」
「そうか。老体にこんなにしゃべらして済まないな。」
と彼は言って胸ポケットから煙草を取り出そうとして、すぐにしまった。
「あんたは肺癌だったな。じゃあ煙草はやめとくか。」
そんな心配は無用だと思いこう告げた。
「別に構わんさ。どうせ体中に癌が転移してどう足掻いても助からんからな。」
彼は興味なさげにそうか、とつぶやいた。
「最後に一つだけ教えてくれ。剣の一撃作戦は誰が考案して実行に移したんだ。」
「分からないな。あの時既に私は内地に送還され療養中だったのだから。」
そう答えつつ私は自分の家のことを考える。
我ら一族。
それは私の代で途絶えてしまう。
600年も続いて来た山岸一族も遂に。
では、邪魔したな。
その言葉で私の意識は戻された。
「邪魔をした。これでさよならだが一つだけ忠告しておいてやる。同じ逃走をするのならしっかりと事実を残してからにするんだな。そうじゃ無いと死んだ奴らに対して失礼だ。あんたは背負った罪の償い方を間違えている。」
こうして彼は去って行った。
結局彼は名を名乗らなかったがそれは必要ないからだとすぐにわかる。
彼のお陰で取るべき罪の償い方を正すことができた。
未来に事実を残す。これこそが死んでいった同胞達への唯一の償いだということを私は知った。
だから、私の罪の償い方はあの戦争の文書を残すことだと思うのだ。
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その日、散歩の帰り道を裏道にした。
自分にはあまり無い気紛れからの行動だった。
この国は見事に復興を果たした。
それはこの街を見てもすぐわかる。
26年前まで廃墟だったこの街は今では夜も暗くならない位にビルが立ち並んでいる。
平和だ。とても甘美で国民を堕落させる平和。
だが、それももう終わりを告げるだろう。
信じていた公正で信義の有る国からの攻撃によって。
まあいい。それはまだ先の話だ。
ふと裏道を歩きながら考えてみる。
あの戦争の事を聞く事ができた唯一の人物、山岸善彦中将はあの後どうなったのだろうか。
彼は自分の罪の償いが出来たのだろうか。
まあいい、どうせ俺には関係の無い話だ。
そう言いつつ彼は急ぎ足で家に帰って行った。