第七十一話 開戦
遅くなりました、、
部下が大わらわの状態であることを気にも止めず、男は不敵に笑いを漏らす。
ずいぶん大柄な男だ。髪はあまり手入れが行き届いておらず肩下ほどまで伸ばしっぱなしでボサボサ。強面だがそれほど歳は感じさせない顔だ。
素肌の上にシャツなどを着ず直接ジャケットを羽織っており、胸元にはジャラジャラとアクセサリーが揺れている。だがそこに召喚石らしきものは見当たらない。
ジャケットの間から見える肉体は驚くほどきたえられていた。
ただ能力にかまけた男ではないということだ。
下は真っ黒のスボンに、立派な革靴。
身につけているもの全てが高級品だ。おそらく全て巻き上げた金で買ったものだ。
汚い威厳だな。
「ここまで堂々と攻めてきたってことは明確な目的があるんだろう。ここで帰ってくれって言っても……?」
「当然答えはノーだ」
「だろうな」
ううむ、と唸ってその大柄な男は足を下ろして姿勢を正す。
そして何か思いついたような顔をすると服の内ポケットをまさぐって小さな入れ物を取り出し、更にそこから紙切れを取り出すと俺たちの方へ放った。
その紙切れを受け止めてよく見ると名前、連絡先などが書いてある。そう、名刺だ。
先ほどの入れ物は名刺入れだったようだ。
「こういう者だが、何かお求めですかい?」
「強いて言うなら……この組織の命といったところか」
「……そいつぁできねぇな。だが、他に欲しいものがあるならいつでもそこに書いてあるとこに連絡してくれや」
「それこそできねぇよ。明日になれば連絡先がなくなっちまうからな!!」
お互いの腹の探り合い。
だが俺はいい加減うんざりしてきたので終止符を打った。
俺の手の中では紙切れがくしゃりと音を立てて潰れている。
「……俺の相手は銀髪のあんたか?」
「いや。俺は今回はただの保護者として来てるんだ」
ようやく奴もやる気になったのか、アクセルを見て問うた。
だが、当然アクセルはいざという時まで戦わない。
それを聞くと奴は爆笑を始めた。
「クックッ……ハッハッハ!……てことは、何だ?そこの三人で戦うのか?」
「おいおい冗談だろ?お前の相手は俺一人だよ」
そのときそれまで余裕だったやつの表情が初めて強張った。
読み取れる感情は、怒りだ。
「……お前ら、周りは頼んだぞ」
「オーケー」
俺は腰から杖を抜くと同時にやつの方を見る。
だが、座っていたはずの男の姿は既に椅子の上から消えていた。
「あんまり大人をナメるんじゃねえぞ、ガキ」
耳元でそう囁き、そのまま流れるような動作で腹へ膝蹴りが叩き込まれる。
それと同時に、パキィンという音が鳴り響いて氷の塊が砕け散った。
やつの顔が驚きに染まる。
確かに的確に鳩尾を突き上げる痛烈な一撃は、普通に食らえばなかなかのダメージは免れなかっただろう。
だが、その蹴りが俺へダメージを与えることはなかった。
何故なら、その蹴りを食らったのは俺ではなかったからだ。
そこには確かに俺の見えていただろう。
だが、それは俺ではなかった。
氷の像。
攻撃を受ける前に俺の姿を模した氷の像を出現させていたのだ。
そしてそんな一撃を放てば当然直後に隙も生まれる。
俺はそれを見逃さず、カウンターのごとく魔術をぶちかました。
「『風牙』!」
以前の俺ではまだ習得できていなかった魔術。
例えるなら、『風圧落とし』の横殴り版とでも言うべきだろうか。
その上一点に集中して突く分威力は高い。
爆発的な風が奴を襲い、接近していた身体はすごい勢いで建物の壁へと吹き飛んで行った。
「ナメるんじゃねえぞ?こっちのセリフだ、悪質会社の社長のディゴルさんよ」
ディゴルはゆっくりと立ち上がる。
「確かに、少々侮っていたらしいな。お前を“敵”と認めようじゃねーか」
最初のような、それでいて不気味さを増した笑顔でこちらを見据えるディゴル。
このとき俺は少し驚いていた。
今の技はかなりの衝撃があったはずだ。
それを腹に打ち付けたにもかかわらず、やつはまるでダメージなどないかのようにピンピンしている。
「こっからが本番だ」
まあせいぜい楽しませてくれや。
へらへらしながらそう言ってディゴルは髪を後ろ手で結んだ。
奴にとって気合を入れる行為のようだ。
「そうこなくちゃな。……『風歩』」
後退した瞬間、先程まで俺がいた場所の床にヒビが入る。
どうやらディゴルの得意な戦闘は拳闘による肉弾戦らしい。
とはいえ、その威力には冷や汗ものだ。一撃で致命傷になりうる。
「『爆発』」
足元に爆発を起こし俺の身体は宙を舞う。
現在俺は二種類の加速方法で移動しながら戦っている。
一つ目は勿論、『風歩』による単純な高速移動だ。
こちらは応用がきくのでいろんな場面に対応でき、小回りが必要なときや普通のときはこちらで戦っている。
二つ目は『爆発』による突発的な急加速だ。
急な攻撃を回避したり一気に距離を詰めるなど、ここ一番の加速が必要なときはこっちだ。
初めは自分がダメージを食らいすぎるためにいざという時以外使わないようにしていたが、今となっては慣れたもので咄嗟に放った時以外はほぼダメージを受けないほど使いこなせるようになった。
「『氷槍・散弾』」
「チッ」
ディゴルは苛立ち舌打ちをしつつも冷静に俺の魔術に対応する。
中空でやつの頭上から放った俺の魔術。
それを見たディゴルは仰向けになるように倒れ込みながら床に片手をつき、物凄い勢いの蹴りで氷の礫を粉砕する。
「これでまだ素なんだよなぁ…」
俺は思わず愚痴をこぼす。
だが、今のところディゴルが召還石を見せる様子はない。まさか本当に持っていないのだろうか。
……いや、それはない。
俺は疑念を振り払うように着地と同時に魔術を放つ。
まずは定石通りに。動きを止めることからだ。
だが、今は室内だ。直接地面に干渉するような土魔術は使えない。
直接捕縛は無理か。ならば……
「『火炎弾』!」
乱射された炎の弾はディゴルに弾かれかき消されその周囲の床を溶かしてゆくが、ダメージを与えるには至っていない。
しばらく打ち続けていたが、俺は頃合を見て攻撃の手を変える。
いや、変えようとした。
「氷ーー……」
「甘い」
「がっ……は……」
だが、そうは問屋が下ろさない。
俺が行動を移そうとした一瞬の隙をつき、ディゴルの拳が腹にめり込んだ。
腹に強い衝撃が走り、息が止まりそうになる。重い一撃だ。
慌てるな。
そう自分に言い聞かせながら俺は空中で体勢を整える。風歩の応用だ。
一撃もらったのは俺のミスだが、うろたえている場合ではない。
「『氷砲』」
「性懲りもなく……!?」
ディゴルの驚いた声が聞こえる。
やつは向かってきた氷塊を先程のように砕こうとしたのだろうが、それは無駄だ。
「……『炎砲』」
俺の追撃で氷が水へと姿を変えたのだから。
だが蹴りによって勢いは相殺されたため、やつはびしょ濡れになっただけだ。
「オイオイ、気付けか?涼しいじゃねえか」
「『フリーズ』」
この時、俺の手は水たまりに触れていた。
触れていた水が温度を失い固まってゆく。
そしてその水の行く末は。
「……気付けにしては、寒すぎたな」
先程溶けた水たまりを伝い、ひいてはディゴルへと俺の氷魔法を導いていたのだった。




