第六十六話 月夜に願うは強きへの道
第四章最終話です
既視感。
この言葉をご存知だろうか。
既視感は健全な人に多発することも稀ではなく、健常人が持っている、ごく一般的な感覚だ。
そしてその意味は本来は実際は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じることである。
さらにいえば、その体験を「よく知っている」という感覚だけでなく、「確かに見た覚えがあるが、いつ、どこでのことか思い出せない」というような違和感を伴う場合が多い。
過去の体験は夢に属するものであると考えられるが、多くの場合、既視感は過去に実際に体験したという確固たる感覚があり、夢や単なる物忘れとは異なる。
と、いうようなものだ。
だが、最近では本当に体験したことのあることに似たようなことが起きた場合でも用いられる場合がある。
体験していないことに限った話ではない、ということだ。
おそらくよく耳にする事はあるだろうと思う。
実際に体感した事もままあるのではないだろうか。
だが、嬉しくないことだとその数は少なくなるのではないだろうか。
だが俺は、ある。
ていうか今まさに体験している。
もちろん先ほどの説明でいえば後者の方だ。
一度は俺達の魔術と堕神の魔術がぶつかったことによる爆発と衝撃で不安に支配され、ざわついた人々だったが、そこは森林王国ボスケスタ。
環境が環境なだけあって、皆勇ましい。
何かあったのなら外の助っ人に任せてばかりでなく自分たちで解決しようと思い立ったらしいのだ。
だが、勇んで行ってみるともう既に事は解決していた。
話を聞いてみるとどうやらまたあの旅人達が危機を救ってくれたらしい。
全部終わったんならお祭りだ!
といった経緯があったらしく、そんなこんなでまた俺たちが英雄扱いされている今に至る、というわけだ。
やめてください、まじで。
不慣れな俺たちは苦笑いで人の波をよけつつ滞在場所へと向かった。
その中で何故かアクセルは一人だけ我が物顔で応対していた。
いかにも俺様を称えろ、って感じだ。
しかも自分の手柄の時よりも得意そうである。
タンスの角で小指ぶつけろ。
無論喜んでいる人々だけではない。
クラネスはその一人だ。苦々しい顔を崩さない。
他にもこの一件でウラネスに賛同してしまい、死んでしまった者たちの親族にもクラネスが伝えに行くそうだ。
つくづくリーダーってのは大変だね。
「疲れた……なんかもう、疲れた……」
一歩も動けねえ。
そう愚痴りながら俺はベッドに身を投げ出した。
そのままふわふわの布団に身を委ね意識を手放しかけたが、何とかとどまった。
さすがにこれだけのことがあって何もなしではい次、とは行かないだろうから。
「まあ大体わかったろ、“神”のヤバさがよ」
誰もが言葉を出せず沈黙する。
それぞれが先ほどまでの戦いを思い返していた。奴の圧倒的な強さを。
「今回はたまたま蒼があんなもん持ってたから助かったが……まだ持ってんのか?」
「いや、あれ一個だけ」
「というわけだ、次はない。だからある程度のレベルアップは必須ってことだな」
アクセルは簡単に言うが、あれに対抗できるようなレベルアップをそう簡単にできるわけがない。
各々がそんな風に考えていたとき、不意にアクセルが思い出したように言葉を発した。
「そういやお前らに教えとかなきゃならねえことがあるな」
「教えとかなきゃいけないこと?」
「ああ。死にたくなければ絶対に手を出してはいけない奴らの話だ」
アクセルのその言い方に俺たち全員に緊張が走る。
あのアクセルが言うんだ、相当なんだろう。
この世には、俺たちが身を持って体験したように“神”が存在する。
そして中には人間と手を組んでいるものも存在するのだ。
“所持者”。
前にもいったように召喚石を持つ者を総称した言葉だ。
基本的に“所持者”には手を出さない方が身のためだ。
そのほとんどが“神”を使役しているし、何より強い。
だが、全員が全員絶対に手を出してはならないというわけではない。
「実際俺なら一人なら多分だがぎりぎり倒せるしな。……多分。それに、蒼みたいな未熟者もいる」
だが、中でも恐ろしい力を持った、“王”と謳われる者たちがいる。
その数七人。
炎王 “全てを紅蓮で埋め尽くす”
水王 “沈黙と忍耐の中間点”
雷王 “豪放磊落”
地王 “静かなる怒り”
風王 “留まらぬもの”
時王 “傍観者”
龍王 “絶対強者”
「こいつらには流石の俺も敵わねーな。絶対に戦りあうな」
ゴクリと音を立て、俺たちは生唾を飲み込んだ。
肝に命じておこう。
「だがまあ、炎王とは戦うことはないだろうし、水王は今欠番らしいからな。まああくまでも今はだが。あ、でも時王は滅多に姿を現さねー。後は知らねえから……今警戒するとすれば雷王、地王、風王、そして龍王か」
「どうやったらそいつらだって分かるんだ?」
「……名乗ってもらうとか」
一斉に肩を落とす俺たち。
要するに、召喚石を持ってる奴らに出くわしたら逃げろってことだろう。
召喚石、見たら逃げるべし。
覚えておこう。
そんなことを考えていると、アクセルから思いも寄らない言葉が飛び出した。
「そういえば、時に蒼。お前なんで主要で水属性使ってんだ?」
「え、そりゃあ得意属性だから……」
「は?いやお前の得意属性雷だろ」
「……はい!?」
俺はフィオと確かに得意属性を調べ、そして水と超だという結果が出たはずだ。間違いない。
だがアクセルも嘘や冗談でいっているようには見えない。
「えっと、なんでそう思うんだ?」
「そりゃあお前、見たらわかるだろ」
「わかんないよ!?」
そこに抗議の声をあげたのは勿論フィオである。
なんせ自分がわざわざ調べたんだからな。
「わざわざ識属玉で調べたもん。青と紫だった」
「いやお前、それは何事も目安だろうよ。蒼のちゃんとした雷魔法見たのか?」
「そりゃ勿論ーーあ!」
ここでフィオは何かに気づいたように声を上げた。
「蒼の雷魔法は青い。それは如実に魔力にも現れ、雷魔法を示したつもりでも青いもやが現れたんだろう。たまにあることだ」
そんな事があったのか。
だがそれならそうとフィオが俺に教えてくれればーー
「てへぺろ」
あ、こいつ忘れてやがった。
結構大事なことなのにやらかしてくれたなコノヤロウ。
まあ、だがこれはチャンスでもある。
伸びしろが期待できるって事だからな。
とはいえ、短期間で俺自身が『強く』なることはできない。
この世の中、そんな御都合主義は通らない。
強い奴はもとより強いし、後から強くなるにも必ず何かしらの要因がある。
だから俺が短期間に劇的に強くなれるとすればそれは。
俺の得意な属性は超に雷。
これはなかなか面白い組み合わせだ。
色んな使い方が想像できて、創造できる。
「見えてきたかな?俺のーー」
固有魔法が。
俺は一人そう考えて、ニンマリと口元を緩ませる。
試行錯誤は必須だろうが、必ずものにして見せるさ。
俺は密かに未来へ思いを馳せていた。
そして時同じくして紅も、自分の強くなる方法にたどり着いていた。
剣を主体とする彼に取れる術はただ一つ。
強い師匠に教わる。堅実に強くなる。
魔術師と違い、自力が顕著に戦闘力して現れる剣士にはこうするしか道はない。
幸い圧倒的強者である男が側にいる。
学べることは多そうだ。
そう考え、彼もまた笑う。
そしてフィオもフィオで強さへの道を考えていた。
そしてこれらは全てアクセルの思惑通りである。
弟子たちのこれからに期待を込めて、アクセルは手に持つ酒を一気に煽った。
こうしてボスケスタは住民の声でざわつくのをやめ、徐々にそのなりを潜めてゆく。
一行は数日ボスケスタに滞在し、準備を入念に整えて発つことにした。
そして、出発の日。
「さて、そろそろ……ん?」
「お兄ちゃん」
「ロレッタか。どうした?」
「お願いがあるの。わたしのお兄ちゃん、ロレンツォお兄ちゃんにもし会ったら、伝えて欲しいの」
「……何て?」
ロレッタの幼くも覚悟を決めたその表情に、俺は真面目に答える。
するとその少女は、涙を堪え絞り出すように告げたのだ。
「お兄ちゃんはずっと、強かったよって。あの時も今もずっと強い強いお兄ちゃんだよって」
「……任せろ」
その言葉、しかと聞き届けた。
もし出会えたなら、その馬鹿な兄の目を覚ましてやろう。
俺は心に硬く誓った。
そして住民たちの名残惜しそうな声に見送られながらこの街発ったのであった。
彼らの旅はまだ始まったばかり。
彼らのこれから複雑に絡み合ってゆく運命を知る者はいない。
ただ一人を除いて。
だがその一人も彼らの運命が曖昧になってきておりそれを確信することはできないでいた。
どうなることやら。
そんな呟きは誰の耳にも届くことなく空から消えて行ったのであった。




