第六十四話 顕現した力の残滓
俺たちが例の集落にたどり着いたのは、日が落ちかけ辺りが暗くなり始めた頃だった。
もう逃げているという可能性もあったが、アクセルはそれを否定した。
「最初から破壊だけが目的ならわざわざあんな中途半端なところに滞在したりしない」
彼の予想通り俺たちが前にその集落のあったところに辿り着くと、果たしてそこには前見たのと全く同じ集落が何食わぬ顔で存在していた。
どうするのか、と俺たちはアクセルへ顔で尋ねる。
「わざわざ律儀に奴らに準備させる必要もない。一気に制圧するぞ。逃げそうな奴らだけ警戒しておいてくれ」
そう言って自分はいの一番にその身を集落へと滑り込ませた。
それに習って俺たちも続くが、それはすぐに中断された。
何故ならアクセルが入り口で立ち尽くしていたからだ。
「わぷ!急に止まん……師匠?」
「奴らか……畜生!」
感情のままに振り下ろされた斧槍は地面を穿ち、浅く亀裂をいれる。
何があったのか不思議に思い、注意しつつ中を覗き込むとそこには目を疑う光景が広がっていた。
「!?なんで……」
そこに広がっていたのは、無残な光景。簡易テントはほぼ全てボロボロになって横倒しになっており、植物は地面ごとえぐり取られている。
何人もの人が力なく横たわっており、四肢を失っているものまでいる始末。中には前に見た顔もあった。
だが、少しおかしい。無傷で倒れているものもいれば、切り落とされたとは程遠い、まるで内部から爆発したように体ちぎれているものまでいる。
「酷い……ね」
後からきた紅とフィオも同じような感想を漏らした。
クラネスに至っては衝撃で声も出ない様子である。
この様子をみると全滅だろうか。事情を聞くことすら許されない。
そんなことをするのはーー
「ーー『凪の団』、か」
恐らくは情報漏洩の防止、口止めだろう。
俺たちが途方に暮れていると、一つのテントの影から物音が聞こえた。
俺たちは同時に警戒体制をとる。
恐る恐る近づいてみるとそこには。
「ウラネス……!」
虫の息のウラネスが横たわっていた。呼吸は乱れ、目は虚ろだ。
「わた……わたし……は……」
「馬鹿者が!お前は……ロレッタをも殺すことになっていたかもしれんのじゃぞ!」
「……!」
もう言葉を発することも難しいようで、ウラネスは目を驚きに染めた。
その目の端から雫が零れた。
「これが……報い……か……お前達……逃げ……ろ……」
「逃げろ?まだ近くに残党がいるのか!?」
アクセルがウラネスの言葉に食いつく。まだ近くにいるなら追いかけるつもりだろう。
「違……チ……ガウ……私カら……ニゲ……ロ……」
俺たちがその意味を図り兼ねていると、突然ウラネスの体は痙攣を始めた。
それを見た俺たちは流石に異常性を理解し、慌てて距離をとる。
念のためクラネスを避難させておいた。
危ないのもあるが、自分の弟の絶命の瞬間を見るのは辛いだろうから。
だがその直後、俺たちの想定以上のことが起こる。
ウラネスの体が次第におかしな体、異形なものへと変貌して行ったのだ。
そう、まるで内部から力が膨れ上がっているようにーー
「ま……さか……」
アクセルがその様子を見て青褪める。そしてそのままこう続けた。
「あいつも……同じだ」
「?」
「ヌエと同じで、堕神の力を取り込んでやがる……!」
その言葉に俺たちが驚愕したのは言うまでもない。
ヌエは、もともとその身に宿すエネルギー、魔力のおかげで神に干渉されつつも何とか体を保つことができた。
だが、彼らは人間だ。ただの一般人なのだ。
耐えろと言う方が無理な話だろう。
その結果が先ほどの惨状である。
利用するだけ利用して、口止めのために始末する。
そのついでに、人体実験も行った。堕神に干渉を受けただけで大体の人間は体が耐えきれず死ぬだろうし、万が一身体が器として耐え切ったならばそれはそれでラッキー。
その位の感覚でこれを行った違いない。
「許せねえ……!」
俺が怒りに顔をゆがませながらウラネスへ目をやると、すでに彼は完全に侵食されているようだった。
筋肉は凄まじいほどに隆起し、腕や足など所々明らかに関節でもないところが飛び出している。
頭からは角のような突起が皮膚を突っ張っており、今にもはちきれそうだ。
何の準備もしてない人と神が何の制約もなしに融合するとああなるのか。
そしてついに、その全てを吸い込んでしまいそうな真っ黒な瞳がギョロリと動き、俺たちを捉えた。
更に次の奴の行動は俺たちを更に驚かせた。
「オマエタチ……ナンダ」
「自我が……あるのか!?」
そもそも力の残滓だけとはいえ、人間の体が耐えることが奇跡なのだ。
その上残滓から自我が芽生えるほどの力へ増幅されることもあり得ないほどの確率である。
ウラネスに軽く一般人を凌駕する程の怨念、すなわち憎しみや恨みなどが宿っていたからこそ、形だけは保つことができたのだろう。
そしてまた残滓から自我が芽生えたことも堕神だからこその結果だと考えられる。
目の前の出来事は偶然に偶然が重なった、途方もない奇跡なのだ。
「オマエタチ……オレ……ケンゲンサセタ?」
「……いや、違うが」
どうやら喋れるとはいっても片言しかかなわないらしい。
いや、それでも十分奇跡なのだが。
「ソウカ……ナラバ……アイツノヨウニ……ハカイスル……ノミ」
「!」
こうして、戦闘が始まった。
堕神はその圧倒的な力で俺たちを蹂躙する。……筈だったのだが。
奴が動き出すモーションに入ったと思われたその時、そのまま膝をついたのだ。
「グ……カラダ……ウゴカン……セマイ……クルシ……イ……!」
どうやら人間の身体に無理矢理いれられているので、それが枷となって能力に制限がかかっているようだ。
動こうとするたびに痛みが走っているのが見て取れる。
更には、やはり身体が完全には耐え切ってなかったのか、身体が欠損し始めていた。ほら、今も小指が落ちたぞ。
それを見たアクセルが俺たちに告げる。
「身体が対応し切れてない。あの様子だといずれは崩れるだろう。それまで俺たちが時間を稼げば勝ちだ」
だが、制限がかかっているとはいえ、神は神。強烈な魔術や体術を行使してきた。
「ヌゥ……『ヘルフレイム』……!」
「『土壁』!!」
「馬鹿!逃げろ!」
アクセルが咄嗟に叫んだことで間一髪その場を離れることができたが、直前まで俺たちが立っていた場所は文字通り消失していた。
俺の作り出した土の壁を容易く打ち砕き、更にその地を焼き尽くしたのだ。
あれを生身で無事では済まないだろう。
「まだお前レベルの魔術じゃ抵抗できねえ!回避に全力を注げ!」
俺たちはその言葉従い、それぞれ方々に散った。
そして俺は少しでも時間を稼ぐため、足止めを行う。
「『土枷』!」
突然奴の足元の土が足を囲むように変化し、足を覆う。それを見るとすかさず俺は地面を固めた。
「これで少しはーー」
「イマイマ……シイ……『グランドセコカ』!」
だが、奴が地面に手を添えると固まっていた地面はたちまち柔らかな砂へと変化し、そのまま軽々と脱出してしまう。
それにとどまらず、奴の周り半径五メートル程が水分を失いひび割れたのだ。
「オイオイ……」
「フム……ナマッテ……オルナ」
耳を疑いながらも警戒して距離をとる俺たち。
すると自身感覚を確かめるようにしながら立ち上がった奴は、先ほど邪魔をした俺に狙いを定めたようだ。
どす黒いオーラをまとって突進してきた。
俺はそれを『風歩』を全開にして辛うじてかわす。
奴の拳は空をかいたが、空気を切り裂くような鋭い音が俺に耳に届いた。シャレにならん。
俺は急いで距離をとったが、振り向いた俺の目前にすでに奴はいた。
奴が拳を振り上げ、容赦無く俺へと振り下ろす。
かわせないーーそう思い目をつむった俺を衝撃が襲うことはなかった。
恐る恐る目を開けると、そこには右腕が落ちた奴がいた。
力を込めすぎた所為で腕が付け根から破壊されたようだ。
「『爆発』!」
俺はその隙を見逃さず、爆風にてダメージを与えつつ(自分にもだが)距離をとる。
「『絶対零度』!」
尚追ってこようとする堕神だったが、それを止めたのはフィオであった。
いつかの固有魔法を発動し、奴を氷漬けにしたのである。
「ナイス!」
「いや……駄目だ!」
完全に凍らされたかのように見えた奴だったが、全身から黒い炎を吹き出してその拘束から抜け出した。
「ムダナコトヲ……ダガ……コノママデハ……」
奴もそろそろ自分の活動限界に気づいたようで、心なしか焦った表情を見せていた。
「シカタナイ」
奴は一言つぶやくと、土煙を巻き上げながら遥か上空へと飛びすさった。
「ハカイ……スル……!」
そうして上へ突き出されたその手には、信じられない程莫大なエネルギーが集まっていた。
なんとか年内に更新することができました……!!
皆様、良いお年を!
そして、来年もよろしくお願いいたします!!




