第五十九話 黒への変遷
手違いで端末が手元になかったので、昨日更新できませんでした(汗
すみませんm(_ _)m
すげえ。
すげえ……けどあいつ大丈夫なのか?
そんな不安がふと頭をよぎる。
「ありがとう、助かった……が、紅は大丈夫なのか?」
「どうなんだろうね……ていうか蒼はもう動けるの?」
「辛うじて。治癒魔術を少しとはいえ覚えていて良かった」
俺の答えにフィオは満足そうに頷く。
そして二人して顔を見合わせると、同じ方向へ顔を向けた。
そこには、未だに臨戦体制の紅がいる。
そして、その対面には同じような体制のヌエ。
次の瞬間、お互いを睨み合っていた両者が唐突に同時に動いた。
紅が横薙ぎに剣を振れば、ヌエは強靭な前足に生えた爪でそれを受け止め。
ヌエが尾を打ちつけんとすれば、紅は剣でそれを受け流し。
ときたまヌエに切り傷ができれば、それと同じ位の頻度で紅に電流が流れた。
その間、俺たちはただぼーっと見ていたわけではない。
俺の極限まで練り上げた魔術を放つタイミングを見計らっていたのだ。
「『氷槍』。更に……『回転』」
空中に停滞していた氷の槍は、俺の声にあわせて高速回転を始める。
「今だ!紅、かがめ!」
叫ぶと同時に俺は魔術を放つ。
そしてそれに合わせてフィオが魔術を追加する。
「『風刃』!」
俺の魔術の後を追うように放たれたその風の刃は、回転に巻き込まれるようにして徐々に形を変えてゆく。
そして最終的には風の刃が氷の槍周囲に渦巻くような状態となったのだ。
「「『竜巻氷槍』!」」
俺とフィオの合体魔術は、タイミングを合わせてかがんだ紅の頭上を通り越し、ヌエの体躯に突き刺さった。
浅くはあるが、周りに裂傷を伴うのである程度のダメージは与えられたはずだ。
紅は相変わらず剣を構えたまま動かない。
だが、今にも動き出しそうに見えた紅が動くことはなかった。
むしろ焦っているように見える。
俺たちがその視線の先を追ってみると……そこには。
苦悶の表情を浮かべるヌエがいた。
最初はダメージが大きかったのかと思ったが、何かが違う。
どうも様子が変だ。
と、思うと今度は苦しみのあまりか、ついにのたうちまわり始めた。
どう考えても異常だ。
紅が剣に毒を塗っていた、なんていうのならまだ分かる。
だが、紅の様子を見る限りそれはないだろう。
俺たちがあまりの異常さに動けずにいると、不意にヌエが動きを止めた。
俺たちが不審に思った次の瞬間、紅に凄まじく重い一撃が叩きつけられていた。
だが驚くべきことに、紅は辛うじて剣で受け止めることに成功していた。
しかしその直後、紅が突然力を失ったように崩れ落ちた。
取りこぼされた剣には光がない。
今の一撃で体の限界がきたようだ。
「紅、大丈ーー」
俺たちは紅に駆け寄ろうとしたが、それは叶わなかった。
俺とフィオと紅の中心、それまでは何もなかったところに途轍もない存在感を感じたかと思うと、そこにはヌエの形をした何かがいたのだった。
そして反応しようとした時には時すでに遅く、激しい雷撃と衝撃に襲われていたのだ。
俺が薄れゆく意識の中で見たのは、近づいてくる赤く光る血走った二つの目と、それを遮るように現れた黒い影。
それを最後に、俺の意識はゆっくりと闇へと落ちて行った。
ーーーーー
俺は勢いよく振り下ろされた豪腕を斧槍で受け止めていた。
こいつらは良くやった方だ。
確かにそろそろ限界が近づいてきていたとはいえ、普通のヌエならもう少しいい勝負ができたのではないだろうか。
「……さて」
俺はヌエへと向き直る。
否、ヌエであった物へと向き直る。
「お前は一体……何者だ?」
その質問への応答はない。
まあ魔獣から返事があっても怖いが。
本来のヌエにあんな状態はない。
筋肉が異常に隆起し、迸る雷は赤黒い。
目は血走っており、狂気じみた雰囲気が感じられる。
この感覚には覚えがある。
ある程度のレベルに一人はいる強者が発する雰囲気。
“所持者”。
召喚石を持つ者をそう総称する場合がある。
つまり、“神”の発する雰囲気に似ているのだ。
こんなところに唐突にヌエが現れたこともそうだが、この件は思ったよりも深い闇がありそうだ。
胡散臭いことが多すぎる。
何者かに神の力を無理矢理ねじ込まれたか。
そしてその無理矢理神の力を、という時点で俺はふと既視感に襲われる。
どこかで聞いたような気がする、それもつい最近。
その時俺の視線はふと紅と蒼を捉える。
「まさか……」
そこで俺は思考を中断する。
ヌエがあり得ない速度で襲いかかってきたからだ。
まあいい。
それは戦いの後ゆっくりと考えればいいことだ。
それよりも、今は性根をいれて戦う必要がありそうだ。
「『付加』……“炎”」
俺の持つ武器、斧槍が炎を纏う。
バズーカも見たところ変化は見られないが、射出される弾には炎の属性が付加されているはずだ。
純粋な火力アップには炎がいい……気がする。
まあ、もともと爆発系の武器であるバズーカには炎を付加することで素の攻撃力、もとい爆発の威力が増大するのは確かなんだが。
「『活性』」
俺は全身にくまなく強化魔術をかけてゆく。
すると、身体に力が漲る。
これだけで身体能力は二、三倍へと跳ね上がるのだ。
やりすぎかもしれないが、用心に越したことはないからな。
「まずそのバリア……破らせてもらう!」
俺は叫びながら真っ直ぐにヌエに突っ込む。
そして、恐らくは同じように強化されているであろうヌエが纏っている電磁バリアへ勢いよく武器を叩きつけた。
小細工はなし。
だからこそ如実に実力が測れるというものだ。
俺の刃はバターを熱したナイフで切るようにとは言わないが、多少の抵抗をものともせずすんなりとヌエを斬りつけた。
だが、俺は舌打ちを漏らす。
多少の抵抗があるという時点で問題だったからだ。
普段なら活性をかけている時点でバリアなどないかのごとく刃を通すことができる。
更に付加までかけているのだ。
多少の抵抗を感じる時点で奴の能力は大幅に跳ね上がっているとみて間違いない。
その上、今の攻撃ヌエは避けられなかったのではない。
意図的に避けなかったのだ。
俺の攻撃を受け、そして黒い雷を纏って体当たりを繰り出してきた。
あまりの威力に俺は咄嗟にガードしたものの数メートル吹き飛んでしまう。
雷も凶悪なほどに強化されている。
あれなら多少の属性による不利はひっくり返してしまうだろう。
「ぐっ……」
こいつは、異常だ。
俺の攻撃体制を見るや否や全力での攻撃だと見破り、その攻撃の直後に態勢が崩れることまで見越してあえて受けたのだ。
普通の魔獣ではあり得ない。
俺はこいつの異常性を改めてその身に刻んだ。
そしてもう一つ分かったことがある。
俺は一つ勘違いをしていた。
その利口さも、攻撃力も、神の力が干渉しているなら頷けるし、神の干渉を認めてそのつもりで戦っていた。
だが、実際に刃を交えて一つだけ違和感が拭えない部分があった。
こいつに混入されているのはただの神ではない。
以前一度だけ相対したことがある。
純粋な神からは感じることのない不和というか、不気味さ。
その気配や隠しきれずに覗かせている凶悪性が物語っていた。
ヌエから感じられる気配、それはーー
堕ちた神または死んだ神、堕神と同じものであった。




