第五十七話 一瞬の誤認
やっとこさです
あ、そういえば2話前あたりで10万文字を超えました
やったー^o^
その氷の槍は、見たところそれまでと変わりなかったように思う。
「ヒョオオオォォォォ!」
ヌエの絶叫が響き渡る。
俺の魔術は電磁バリアを貫通し、ヌエの右前脚の付け根に深々と突き刺さっていた。
一応魔術はまっすぐに心臓めがけて飛んで行ったのだ。
ヌエは直前まで余裕を浮かべているように見えたが、至近距離で俺の魔術がこれまでと違うことに気づいたようだ。
偶然か、それとも野生のカンか。
どちらにせよ、その直感はヌエを救った。
だが、気づくには少々遅すぎた。
かろうじて急所は避けたようだが、右前脚はもう使い物にならないだろう。
とはいえ、気づかなかったのは当たり前なのだ。
見た目の変化は全くないと言っても過言ではない。
なぜなら、イサナは俺の魔術を強化してくれるわけではないのだから。
では、どんな変化をもたらすのか。
ここで解説を期待した諸君、残念だったな。
…実は俺もイマイチ分かっていない。
だが最も近い言い方をするならば、俺の魔力の精錬と言ったところだろうか。
魔力自体の質が上がったかのような効果があるのだ。
それによって、見た目の派手さや変化はなくともその分強力になっているのだ。
じゃあそれを使いまくれば余裕で勝てるのかというとそうでもない。
質をあげるからか、魔力の消費量が莫大に上がる。
乱発していてはすぐに魔力が枯渇してしまうのだった。
だからこそ、この一発は大きい。
俺もダメージが少ないわけではないが、これでイーブン位までは持ってこれたのではないだろうか。
それに土産もある。
ヌエが襲いかかろうと体を屈める。
その時を待っていた俺は予定通りに呪文を唱えた。
「『解放』」
その瞬間、ヌエの右前脚の付け根の辺りが爆発した。
激痛に悶えるヌエ。
俺は、例の氷槍の先端部分に爆発の魔術を仕込んでいたのだ。
それを刺さった後に発動させれば、バリアなんて関係ない。
外側がダメなら、内側からだ。
それにしても、さっきからヌエの雷撃が弱い。
全てが水で受け流せるレベルだ。
風歩がなくても死なずに済んでいる。
前の片足が不安定なのも大きいのだろうか。
だが、このままだとジリ貧だしいずれは食らってしまうだろう。
どうにかして動きを止められないだろうか。
泥沼でもいいが、それでは足以外が自由なため雷の精度には問題がない。
よし、あれがいいな。
俺はまず距離を保ったままヌエに狙いを定めた。
隆起ができるなら、その逆もできるはずだ。
やったことはないが、そこは想像力。
イマジネーションだ。
「『陥没』!」
「ヒョッ!?」
ヌエからしたら唐突に周りの地面がせり上がったかに見えただろう。
実際はヌエの周囲だけが陥没しただけなのだが。
思っていた範囲より少し狭かったが、成功だ。
勿論ヌエはその穴から這い上がるべく跳躍をする。
それを予測していた俺はその行動を阻止すべく魔術の師匠の魔術を思い出していた。
「『風圧落とし』!」
宙へ投げ出されていた躯体がなす術なく穴の底に叩きつけられた。
そして息つく暇も与えず次の一手を打つ。
「『逆滝』」
ヌエの落ちた穴の底から水が吹き出し、穴の中の空間を埋めてゆく。
勿論バリアもあるしその水によるダメージは無いだろうが、動きを制限するためなので問題ない。
時折飛んでくる雷撃を流しながら俺は徐々に水を満たしていった。
そして鵺の首筋程まで水面が上がった時。
次の段階へ移行する。
「『フリーズ』」
水を凍らせた。
凍らせるだけだから基礎魔術でいいだろう。
案の定、しっかりと凍らせることに成功した。
これでヌエは動けまい。
その間に俺は魔力を溜める。
むき出しの顔面にぶち込んでやる。
普段なら当てづらい魔術を至近距離でぶっ放すとしよう。
だがその時、ヌエが遠吠えのように一声啼いた。
だが、何も飛んでこない。
だが視界が少し暗くなったので不思議に思って上を見ると、俺の真上にだけ雷雲が発生していた。
「なっ…」
気づいた時にはもう回避できる時間はなかった。
俺の視界を黄色い閃光が埋め尽くす。
「全く…世話が焼けるのう」
俺と雷の間に立ちはだかったのはイサナであった。
浮いているのに立ちはだかったというのも変な話ではあるが。
そして手から白い靄のような光のようなものを発したかと思うと、
次に見た時には雷は消え失せていた。
その華奢な体で、一撃で屈強な人間ですら瀕死に追いやりそうな威力の雷を防いでみせたのだった。
「さんきゅ」
「もう今日は妾の力は使えんぞ」
そう、イサナにも力の限界量があるのだ。
だから残念ながら乱発はできない。
今のはイサナがいなければ死んでいた。
そしてイサナの力が使えなくなった今、次はない。
この一撃が多少はきいてくれるといいんだが。
「『雷撃』!」
「蒼、待つのじゃ!」
イサナが俺を静止したがもう遅い。
俺の魔術はヌエの顔面に炸裂し、そしてかき消えた。
「駄目か…」
「違う、雷属性は雷獣である奴に吸収されるのじゃ!今奴にはさっきの魔術分のエネルギーが…」
俺がイサナの発言に驚いている間に、事は起きていた。
俺の目の前で物凄い轟音を轟かせながら放電が巻き起こる。
そしてその放電は体を覆い動きを縛っていた氷を粉砕した。
「まずい!」
だが俺が再びヌエを拘束しようとして魔術を放っても、そこに奴の姿はなかった。
それだけではなく次の瞬間俺の体は鋭い衝撃と共に吹き飛ばされ、木に打ち付けられていたのだ。
「がっは…」
激痛が腹を襲い、俺は耐えきれず喀血する。
今ので肋骨数本と内臓が多少イッた。
どうやら蛇の尾で力任せに叩きつけられたらしい。
奴の雷撃がずっと弱かったのは油断を誘うためと力を溜めるためだったのか。
しかも俺がとどめとばかりに雷魔術をぶつけた事で備蓄が溜まるとこまで溜まった、と。
やられた。
ヌエは俺を仕留めるためゆっくりと、そして確実に俺の方へと歩いてきていた。
ーーーーー
「ーーーは?」
「いや、そのような話聞いた事もありませぬ!本当ですぞ!」
俺は真っ直ぐに対面の人物の目を見る。
だが、見る限り嘘をついている様子はない。
あの時もにらんどきゃ良かったかな。
「そんな事を知っておればボスケスタの長として民を逃がさないわけがございませぬ!」
「まあ、確かに」
「それにかの有名な“一ッ目の鬼”ともあろうお方に嘘を突き通すほど愚かでもないつもりですじゃ!」
古めかしい喋り方はともかく、確かにこいつの言い分にはもっともな部分が多い。
信用できるだろう。
となると答えは一つ。
疑うべきはもともと胡散臭かったウラネスとかいう男だ。
俺も信用していたわけではなかったが、こうもはっきり嘘を吐かれると腹立たしいな。
こうなるとそもそも全てが嘘だという可能性もゼロではないが、恐らく真実も混ぜているだろう。
しかもこんな直ぐにバレる嘘を吐くということは、俺たちが戻ってくることを計算にいれていない。
つまり、危険指定魔獣は本当に居て俺たちもろとも一網打尽、というシナリオが妥当なところだろう。
俺はその旨を伝える。
「では、民を避難させますじゃ。しかし、恐らくその集落の者達…国外追放された者達じゃと存じます」
「なるほど…だが…喧嘩を売る相手を間違えたな、クソ野郎共!」
だが、そうして俺たちが腰をあげかけたその時、森の方で大きな爆発が起きた。
「あれは…!」
俺は気づくと同時に建物を飛び出し駆け出した。
目指すは爆発のあった地点。
恐らく蒼かフィオがいる。
それも非常事態だろう。
俺が走っていると小さな少女が狼狽えている。
その子は俺に気づくと、泣きそうな声で言った。
「中で…お兄ちゃんが…」
蒼か。
俺は何も言わずに頭を軽く手で撫でるとそのまま森へと駆け込んだのだった。




