第五十六話 名に違わぬ実力
遅くなりましたm(_ _)m
「まじ…かよ…」
本でしか見たこのない姿を目の当たりにして、俺の身体は硬直する。
その時ふとすぐそばにへたり込んでいる女の子が目に映った。
そのおかげで少しだけ体に力が戻った。
この子だけはどうにかして助けなければ。
そう思った俺は腰の抜けている少女を半ば無理矢理立たせ、街の方へ避難させようとした。
だが、このまま逃げれば街にきてしまうことは明白。
誰かが足止めしなくてはならない。
誰がやるのか?
無論、俺しかいない。
俺は彼女を逃がしながら逆方向へ移動する。
だが、ヌエの視線は少女を捉えて離さない。
俺なんか目に入らないと言った具合に一点に釘付けだ。
俺は気を引くため軽く魔術を放った。
「こっち向きやがれ!『氷槍』!」
「ヒョォッ!」
だが、これまで数多の魔獣を貫いたその槍がヌエを貫くことは無かった。
ヌエは一瞬胡散臭そうにこちらに目を向けたかと思うと、こともなげに雷を飛ばし俺の魔術を粉砕したのだ。
先程の魔獣にしても何故頑なにあの子を狙うのか。
分からないがこのままではまずい。
そう思い俺が女の子のところに行こうとしたその時、彼女が木の根につまづいて転んだ。
その手からぬいぐるみが取り落とされる。
そしてこの時、ヌエの視線のおかげで俺はある大きな勘違いに気づいたのだ。
少女を狙っているのではない。
ぬいぐるみを狙っていたのだと。
「イサナ!」
「分かっておる!」
俺が呼びかけると同時にイサナが飛び出した。
木々の隙間をぬって少女の元へたどり着くと、ぬいぐるみを掴んで俺へ投げる。
俺はぬいぐるみをキャッチすると、ヌエの方へ視線を向ける。
すると、先程までは少女の方しか向いていなかった顔はしっかりと俺を見据えていた。
「今のうちに!」
「は…はい!」
少女が見えなくなるのを確認すると俺は今にも襲いかかってきそうなヌエの狙っているぬいぐるみを消すことにした。
目的を失えばおとなしく帰ってくれるのではないかと考えたのだ。
「『爆発』」
俺が魔術を唱えると、ぬいぐるみは跡形もなく爆散した。
だが跡形はなくなっても、仕込んであるものはなくならなかった。
むしろ、辺りにばらまく結果となったのだ。
魔獣にしかきかない、香りを。
その匂いは普通なら人間に判別することはできないが、ぬいぐるみから漏れ出させるために相当濃いものが仕込まれていたらしい。
俺が爆散させたとたん、俺の鼻に若干ツンとするような匂いが届いた。
ここで俺は自分の失敗に気づいたのだった。
仕込まれていたものが香りだったと、気づいたのだった。
その香りは魔獣を引き寄せ興奮させるもので、猫に対するマタタビのようなものだ。
それを辺り一面にばらまくとどうなるか。
結果としてただでさえ危険なヌエが見境なく襲いかかる程凶暴になってしまったのだった。
なぜ少女が持っていたぬいぐるみにそんなものが仕込まれていたのか。
そんな時どうして都合よく危険指定魔獣が現れたのか。
気になることはたくさんあるが、今はとりあえず保留だ。
ヌエが今にも暴れかねない様相を呈してきたからだ。
だがそのままやられる程俺も諦めがいいわけではない。
こうして俺たちはお互い戦闘体制で向かい合ったのだった。
まず俺はヌエが行動を起こす前に一つの行動をとった。
それは出来るだけ派手で大きな魔術を空へ打ち上げることだ。
もしかすると誰かが助けにきてくれるかもしれない。
そんなわずかな目的のための目論見であったが、できることはやっておきたかったのだ。
「『大爆発』!」
上空で大きな爆発が起きる。
その音に驚いたのか、ヌエはいきなり雷撃を飛ばしてきた。
それをでくのように食らうわけにもいかないので、俺は考えていた防御法を実行してみることにした。
「うまくいくか?『水砲』…からの変形!」
まず俺は大きな水の球を作り出した。
それをそのまま放つのが水砲なのだが、その状態で維持しタイミングよくシャボンを伸ばすように変形させたのだ。
すると雷は水面を伝い、俺は雷を受け流した形となった。
成功だ。
とりあえず防御はうまくいった。
次は攻撃だが、先程の氷槍は容易く防がれてしまった。
完璧に当てられさえすれば多少のダメージは与えられると思うのだが。
そんなことを思案しているうちもヌエは雷を乱射してくる。
俺はそれを作業のように受け流しつつ、攻撃の機会を伺っていた。
だがここで俺に攻撃が当たらないのに痺れをきらしたのか、ヌエは殊更大きく吠えながら雷撃を飛ばしてきた。
俺はそれを全く同じように受け流そうとした…のだが。
「タイミングよく…!?」
俺は咄嗟に回避行動をとったために無事だったが、先程まで立っていた位置を見てみるとそこは黒焦げになっていた。
そのギリギリさにゾッとする。
どうやら雷の火力が高すぎて俺の水が一瞬にして弾け飛んだらしい。
グズグズしてはいられない。
「『隆起』!」
出来るだけ疾く。
出来るだけ鋭く。
俺はヌエの真下の地面を突き上げた。
四足歩行の魔獣には下からの攻撃は有効な手立てだ。
俺の思惑通りヌエは唐突に腹を突き上げられつんのめる。
たたみかける。
「もう一回…『隆起』!」
俺は二、三発立て続けに攻撃する。
鈍い音が響いた。
だが、初撃以降ヌエが苦しんでいる、あるいはダメージを受けている様子はなかった。
何故か。
答えは奴の体表を走る幕放電にあった。
あの雷が電磁バリアとなっているのだ。
初めから使わなかったところをみると奥の手なのだろう。
隆起で貫けないとなると…
「『隆起』!」
俺は懲りずに同じ魔術を放つ。
だが、違うのはここからだ。
ヌエの眼前の地面を隆起させ、視界を奪う。
「『大爆発』!」
そしてそこの地面に爆発系の魔術をぶち込む。
すると爆発だけでなく視界を覆っていた地面が瓦礫となって襲いかかるのだ。
だが、土煙が晴れるとそこには何ともないといった様子のヌエが何食わぬ顔で佇んでいた。
「だと思ったぜっ!貫け、『氷槍』!」
俺の中で一番と言っていいほど貫通力を持った魔術を横腹に叩き込む。
今回は加減なしだ。
完全に意表をついたその攻撃にヌエは対応できない。
対応は、できない。
だが、しっかりと電磁バリアは働いていた。
激しくぶつかり合った氷と雷はお互いを相殺しあった。
つまり、ダメージがヌエに届かなかったのだ。
その上更に苦しいことに数秒もしないうちに電磁バリアは復活してしまった。
「やっぱりか…今の俺には時間稼ぎで手一杯みたいだな。だが…」
最後に一矢報いてやる。
心に決めて俺は杖を握り直した。
「『氷槍』…『散弾』」
複合魔術。
最近フィオに少しだけ習った超属性との複合だ。
まだ簡単なものしかできないが、根幹は理解できた。
氷の槍がいつもより小さなサイズで数発飛んでゆく。
ヌエに当たったものはすべて虚しく弾かれたが、地面にも突き刺さることで動きを牽制することはできた。
ヌエは最早攻撃を回避しようともしない。
その余裕が命取りだ。
一発さえ当てれば今後かなり有利になる。
だが、余計なことを考えていたせいか奴の雷撃を食らってしまった。
「っぐああああああ!」
身体に凄まじい衝撃が走る。
ヌエが勝鬨をあげている。
まだ辛うじて動けるが、次食らえばアウトだろう。
「来い、イサナ!」
「承知した!」
杖を構えた俺の腕にイサナが自分の手を重ねる。
「さて、今度はその余裕、持つかな?『氷槍』」
勢いよく飛び出したその魔術は、一直線にヌエの心臓めがけて飛んで行ったのだった。
申し訳ありませんが、この先しばらく更新ペースが落ちます。
読んでいただいている方には申し訳ないのですが、ご容赦ください。
今後ともよろしくお願いいたしますm(_ _)m




