第三十一話 校長
校長初出
「なんでだよ….なんでいねえんだよ…」
呟く。
「そんなわけないだろって笑ってくれよ…」
こぼす。
ケンタ…!
だけど、俺にはやらなくちゃならないことがある。
ケンタは今回の件が終わってから、問い詰めればいい。
今は、やるべきことをやるのだ。
俺は校長室の前に来ていた。
これからのことを、話すために。
深呼吸をして、ノックをする。
1回、2回、3回。
返事はない。
もう一度、と拳を握ると部屋の奥から声が聞こえた。
「誰だ?」
「ランク5の、ソウ・スメラギです」
「ああ、ワタヌキの…入れ」
どうやら副長から話を聞いているようだ。
今ふと思ったが、ワタヌキ副長も和名だな。
今度聞いてみよう。
「失礼します」
「うむ!よく来たな!ワシが校長のガドルシアだ!まあ座れ!」
なかなかテンションの高いおじさんだった。髪が赤く、逆立っており、顎には無精髭。色黒で、声は大きめだ。
「いやあ、君で良かったわい。つまみを食っておったら秘書くんに怒られたもんでな。また何か怒られるかと」
こんな人があんな結界を張ったのか、と疑いたくなる適当さだ。
それより。
「あなたの生徒や、兵士達が、今必死になって戦っています。あるいは命を落としている」
「…」
「トップのあなたがそんなんでいいんですか?他にやることはないんですか?」
ケンタの件の苛立ちもあり、俺は詰問口調になってしまった。
だけど、強い人が傍観者でどうするんだ。
「そういえば君は…自らスパイを追い返してくれたようだね、正式に礼をいう。ありがとう。…そして…今他にするべきことがあるのではないか、だったかな?」
ガドルシア校長は俺にお礼を言ったあと、やんわりと続けた。
「確かに、ワシが出れば被害は減り、敵を圧倒できるだろう。だが、ワシだって人間だ。斬られたら死ぬし、撃たれたら死ぬ。そしてワシが今死んだらどうなる?軍のトップが死ぬということが何を意味するか、君に分かるか?」
俺は何も言えなかった。
この人は、正しい。俺なんかよりちゃんと戦争をわかっている。
もしかしたら難しい顔をしている俺の緊張を和らげてくれようとしたのかもしれない。
「そして同じ時間を過ごすなら、焦るより楽にしていた方がいいというのがワシの考え方だ。…分かってくれたかな?」
「…はい。生意気を言ってすみませんでした。ご無礼をお許し下さい」
ガドルシア校長は優しく笑って許してくれた。なんだろう、この人といると安心する。トップの器だろうか。
「まあ、ワシの言葉ではないんだがな。部下達の言葉の受け売りだよ」
ここで俺は自身の発言を恥じた。俺は何も分かっちゃいなかった。この人は、助けに行こうとしたのだ。でもそれは、聡い部下達の言葉で留められた。力を持っているのに、助けたいのに、助けられない。そんな歯痒さをこの人は自らの内で抑えているのだ。
何てすごい人なんだろうか。
俺はこの人を尊敬しよう。
そう思った。
「だが、確かにできることは有るな」
唐突にそう言って、校長は遠隔放送用の拡声器を口に当てた。そして、叫んだ。
『全員、生き延びることを最優先に考えろ!後ろには、ワシがいる!!』
その直後、あちこちから雄叫びが上がった。
この人の言葉には、力がある。
そう実感させられた。
こんな人になりたいと心から思った。
「で、何か用事があったのではないかな?」
ここで俺は最初の目的を思い出し、本題に入る。
「この無益な戦争を、終わらせます」
「!ほう…どうやって?」
「王を討ちます」
「できるかね?」
「一人じゃないので。できなくても、やります」
俺がそう返答すると、校長は満足げな顔をして頷いた。
「では、被害を少なくするようこちらでうまくやっておくから、君は好きに動きなさい」
「ありがとうございます」
俺は伝えるべきことを伝えきったので、一礼をして部屋を後にする。
そしてその扉が閉じたその直後。
部屋の影から一人の人物が姿を現す。
「いい眼だ…そうは思わんか、アクセルよ」
「何だ、気に入ったのか?ガドルシア」
「うむ。よし、校長として命じる。お前あの子がピンチになったら手助けしてこい」
「ハァ!?めんどくせ…」
校長より少し若い男が目を剥いて怒鳴る。それでもやはり、気だるげにしながらもいうことを聞くところに、二人の仲の良さが伺える。
「終わったら、おごりな」
そう言い残して、その男は窓からその身を翻す。
その襟元には、三ツ星のマークが煌めいていた。




