第十九話 死との対面
出来るだけペースは維持したいですね
俺は目の前の黒焦げの右腕を携えた男に呼びかける。
「状況は分かるだろう?大人しくーーー」
俺が言い終わるか言い終わらないうちにその男は短刀を片手に飛びかかってきた。
俺は杖で受け止め、生かしたまま捕まえるため雷魔法を杖に少し流す。
崩れ落ちる男。勝敗は決した。…かに思われた。
「ロイ、縛っておいてくれ」
「わかった」
そう言って男にロイが近づいた瞬間、男は素早い動きでロイを人質にとった。
「クク…こいつを死なせたくなかったら俺が外へ出るまで手は出すなよ…?」
…不覚をとった。
迂闊に手が出せなくなったな。
ロイが僕のことはいいからトドメをさせ!とか叫んでるけど問題外だ。
俺が思案しているとロイが行動を起こした。
身をよじり拘束から脱出すると、火魔法を放つ。
完全に不意をついたその攻撃は男を直撃したが、しぶとすぎるその男はそのままナイフを投げる。
そのナイフはロイの左腕に深々と突き刺さった。
「この野郎!」
俺は飛びかかって上から杖を突きつける。
流石に観念したようで、男は両手をだらしなく下げている。
にもかかわらず、男はニヤニヤと口元に笑みを浮かべている。
「何がおかしい?」
「こんな子供風情に計画を阻止されたこともおかしいが…クク…そいつを見てみな」
警戒しつつ男が顎でしゃくった方を見るとロイが倒れていた。
短剣がささっただけであれほどまでに苦しそうにするか?
ルナとケンタに男のことを任せ、ロイの元へ駆け寄る。
傷口を確認してみると、手首当たりの傷口から指先、肘にかけて紫色に変色していた。
「まさか…毒か!」
「そうさ…その毒は巡りは遅いが傷口から徐々にその身を蝕んでゆき…やがて全身を壊死させる」
「解毒薬はないのか?」
「応急用にいつも1瓶だけ持ち歩いているが?」
男はそう言って無事な方の手に持った小瓶を軽く振る。
「渡せ」
「逃がしてくれるか?」
奴が条件を出してきた。交換条件というやつだ。
迷っていると、ロイが苦しそうに逃がすなと言っている。
だが、逃がさなければロイの命が危ない。
俺が決断しかけたその時ーー
パリィン!
ガラスの割れる音が静まり返った部屋に鳴り響く。見ると床に小瓶の破片が散らばっていた。
「なんて…な。作戦が失敗した時点で助からねえよ。一人でも多く道連れだ。」
その言葉を聞いて俺が奴に飛びかかろうとしたその時。奴の口元に笑みが浮かぶ。
その直後、大量の煙が視界を奪った。
そう、煙幕である。
「そんな簡単に死んでたまるか。文字通り煙に巻くってな」
ここで逃がすわけにはいかない。そう思った俺は音を頼りに外へ出る。
すると奴が皇居から脱出し逃げようとするのが視認できた。だが今から追いかけてはおそらく間に合わない。
そこで俺は魔法で狙い撃つことにした。
しかし。
ここで俺はびびってしまった。
気づいてしまった。
殺すということに。
殺すーーー人を。
その事実が俺を一瞬躊躇わせた。
「馬鹿!何やってんだ!逃がすつもりか!?」
そう怒鳴るケンタの方を向くと視界の隅に横たわるロイの姿が目に入った。
そして俺は吹っ切れた。
「『氷槍』」
水魔法の応用である氷魔法だ。俺の掌の上に大きい氷柱のような塊が出現する。それはやがて男に吸い込まれるように飛んでゆき、奴の身体を貫いた。
「がはっ…だが…間に…合う!」
俺はケンタとルナと共に奴に俺の氷槍が命中した地点へ行った。
しかし、そこには血溜まりがあるだけで肝心の奴の死体がなかった。
「一体どこに…」
「いない奴のことを考えても仕方ないわよ。それより今はロイの手当が先よ」
「…そうだな」
こうして俺たちはロイの元へ、皇居へと戻るのだった。




