紅葉の天婦羅
「紅葉、綺麗だね」
彼は舞い落ちた一葉を手のひらに乗せてそう言った。ふんわりと、ほにゃりと、そんななんとも形容し難い笑顔が好きだった。
「うん、きてよかった」
彼に私も釣られて頬がゆるんだ。胸のあたりがあったかい。でも、心臓の鼓動は落ちついていて。
「あ、そうだ。ねぇ、知ってる? 紅葉って食べられるんだよ。関西ではね、紅葉を使ったお菓子みたいなのがあるんだ」
でも、こう、ちょっと、ずれてるような気もする。水族館に行って、鰯の群れを美味しそうだとか、鯨を見てあれで何日分の食糧になるんだろうとか。そんな、おかしさ。
でも、紅葉を食べるなんてちょっと興味惹かれてしまった。
「え、紅葉って固そうだよね? それをどうやって食べるの?」
「食用の紅葉の樹があってね。その葉っぱを丁寧に洗って、一年間以上塩漬けにするんだ」
食用の紅葉があるなんて。そもそも、紅葉を食べようとしたことに驚きだった。食にかける情熱はすごいものだ。
「それでさ、塩抜きをして形を整えた葉っぱを、お砂糖と胡麻で味付けして、衣をつけたら、菜種油で天婦羅にするんだ」
「一年も塩漬けにするなんてとても手間かけるんだね」
そこまでして、紅葉が食べたいのか。なんというか、河豚の毒を避けるかのようだ。河豚を食べたことはないけれど、あの、毒がどこにあるか判断できるようになるまでどれくらいの時間をかけたのだろう。どれだけの人が挑戦したのだろう。
紅葉を食べる執念にそれと近いものを感じた。
「まぁ、これはあくまでも美味しく食べるために行うことなんだけどね。元々は、食用紅葉や砂糖を使わず、普通の紅葉をそのまま天婦羅にしたみたいだから」
僕も食べたことがないんだけど、と彼は恥ずかしそうに言った。薄い朱に染まった頬は紅葉のようだった。繊細で見ていて美しいと思う、そんな紅葉。
「それってさ、どこに行けば食べられるの? 折角だからさ、旅行に行こうよ」
彼と一緒に食べる紅葉の天婦羅はさぞかし美味しいことだろう。
「大阪だよ。ちょっと遠いけど。うん、食べ歩きの秋だね。行こっか」
これからの話しに花を咲かせていると、いつの間にかに公園の出口まで着いてしまった。
黄色と赤の絨毯はそこで途切れていて、異界との境界線みたい。
きっと楽しい旅行になるだろうな。そんなことを思いながら帰り道を歩き始めた。