30
瑠璃子が解放されたのは双子が満足したころだった。
とろとろに蕩けきっていて、自分が今どこにいるのかもわからないほどである。
惚けていると、ぺちぺちと頬を叩かれた。
「おーい、瑠璃子大丈夫か?」
「もう! ナギ姉がやりすぎるのがいけないんだからっ」
「よっく言うよなぁ、カナだってそうじゃんかよー」
「ウチはナギ姉ほどねちっこくないもん」
「はぁ!? オレのどこがねちっこいんつーんだよ!?」
「ルリちゃんに聞いてみればわかるよ」
何とも無責任な会話であった。
そのためだけにこの夢心地から覚まされる身にもなって欲しいものである。
されたかったとは口が裂けても言えないが……。
「女の子どおしでこんなこと……」
振り絞るように一言だけいい、渚の腕にうずくまる瑠璃子だった。
渚と香奈はお互いの顔を見合わせてため息をついた。
「ナギ姉はまだしも、ウチはたしかに悪ノリしちゃったね……」
バツが悪そうに頭をかく香奈である。
瑠璃子が満足そうに寝ようと目を閉じたときだ。
「ナギさんは、まだしも?」
ふと、香奈の言った言葉の不自然さに気づいた瑠璃子である。
気だるい体を起こして、渚に問いかけた。
「どういう、意味ですか?」
「ナギ姉、まだ言ってなかったんだ?」
「ああ、言う機会がなくてな」
香奈が渚に目で合図を送る。
その意味を正確に理解して、頷いた。
香奈が口を開いた。
「ナギ姉は、病気持ちなんだよ」
「……えっ!?」
思わず耳を疑った瑠璃子だった。
どんな病気なのか見当もつかないが、あの渚が持病を抱えているなんて……。
「そんな大したもんじゃねぇんだよ。まぁ一応精神の病ってことらしい」
「せい、しん? そ、それはうつ病のたぐいとかですか、ナギさんが……?」
「あー違う違う。んなたいそーなもんじゃねぇよ。性同一性障害ってやつらしいんだよ、詳しくは知らねぇけど」
「えっと、なんですかぁそれ……」
「オレも学術的なもんはしらねーけど、症状ならはっきりわかる。オレはな、男なんだよ」
「はぁ?」
わけがわからなかった瑠璃子だ。
素っ頓狂な声を上げるが、渚はさも当然とばかり頷く。
「まぁお前がわからなくても無理はないからな。簡単に言うけど、つーかお前からみて俺はどんなふうにみえる?」
唐突にそんなことを聞かれても咄嗟に答えかねた。
意味がわからないからだ。そんな事を言って一体なにがあるというのだろう。
まじまじと渚の顔を見る瑠璃子だった。
いつもの口癖で答える。
「えっと、すごくかわいい、女の子?」
「チッものすごく嫌な形容詞付けやがったな……。まぁいい、一応こんなんでも女の端くれに数えるそうだ。体はな」
「さっきからもったいぶって! つまりどういう意味なんですか?」
「体は女でも、心は男なんだよ。オレは自分の事を男だと思ってる。何を間違って女の体に生まれてきたのかと後悔してるくらいだ」
「…………」
「だから、な。その……」
めずらしく渚が言いよどむ。
先ほどかららしくないと言えばそのとおりなのだが、瑠璃子でもわかるほど戸惑っている様子だ。
たっぷり時間を使って渚が続きの言葉を言った。
「つまりだな、オレは自分を男だと思ってる」
「それは、さっき聞きましたけど?」
「だからだな、その、お前のことが、どうやら好きみたいなんだ、異性として」
瑠璃子は今日何度目になるのか数え切れないくらいの衝撃をうけていた。
空いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。
今自分の耳は何を聞いた?
「返事はいつでもいいからな」
「そ、それはつまり告白ってやつですか?」
「ああ、オレはそのつもりだぜ」
「…………えっと……?」
「もう今日は遅い寝ようぜ」
それだけ言って、渚が反対を向いてしまった。
香奈も同じである。
呆然としていた瑠璃子だったが、枕に自分の頭をおいた。
すっかり目が覚めてしまっている。
(ナギさんが、男の子……?)
そう思えば、思い当たる節が数々ある。
とはいえ、まさかそんな病気があるなんて思いもよらなかった。
(これから私、どうすればいいんだろう……)
すっかり解らなくなった瑠璃子だった。
次の日、目を覚ますと渚と瑠璃子はすでにいなかった。
まるで昨日のことが夢のような気がしたが、テーブルの上に書き残しがあった。
『台所に朝ごはん用意したから、ちゃんと食べてね!』
香奈の字らしくかわいらしく書かれていた。
「あ、やばい……夏美さんのとこ行かないといけないんだ……」
複雑な心境ではあったが、ありがたくいただくことにした。
* * *
「そっちの状況はどうなってる!?」
「芳しくないね……なんとか前線保たせてるけど、それでも時間の問題」
歯ぎしりした渚である。
わかっていたこととは言え厳しい戦いになりそうだった。
「どーする? こっち45に対して、向こうは70はいるよー」
頭の中で状況を組み立てていく。
ぶつぶつとつぶやき始めた渚を見やって、香奈が一時期に指揮を飛ばす。
kamo:前衛、前に出すぎないように!
kamo:数が少ないので、一機を大事にいきます!
「ナギ姉! 引きゲーはじめるよ」
「……わかったが、多分きかねぇだろうな」
「しんどいね……」
実際、渚の言ったことが当たる。
新風連が誘うように後退していくのをみやって、先程までの積極性がなくなるAFG連だった。
Lyra:中途半端に攻めるのであれば引きましょう!
kamo:相手も引いていく・・・?
ヴォルフ:どうする、真ん中がぽっかりと空いたぞ
「ナギ姉、流れがよくないよ……?」
「わかってる!」
(ギルドスキルを使うか? いや、中間の間を埋めることはできるけど、その後が続かない……。そもそも相手にもギルドスキルがあるんだから対抗される、なら……?)
「香奈、どう思う……?」
「んー厳しいねぇ、せめてルリちゃんがいれば、また一手変わるんだけど」
「それは無理だな……今頃は……」
「夏美さんのところでモデルのバイト、ね……」
negi:持てる力を振り絞るしかねぇな!
negi:まずは間を埋める!
negi:前線へオレも出るから無理やりにでも押し上げるぞ
ヴォルフ:了解!
気合を入れ直した新風連は一気に押し上げる。
が、練度であればAFG連も負けていない。防衛のはずなのに、果敢に攻めてくる勢いだ。
negi:人数差でびびるんじゃねぇ!!
negi:押し返す!
前回の戦闘で見せた、negiの耐久力を全面に押し出しての戦闘配置につかせる。
(これで流れを変える!)
ゴリ押とも言える戦術を取らなければならないほど、新風連は厳しかった。
(……なんだ、この違和感は……?)
前線に出た渚は訝しげに首をかしげた。
横にいる香奈も同じ心境だったのだろう。
こちらも首をかしげている。
(圧力が、無い?)
AFG連も新風連のことをしっかりと研究していた。
Lyra:negiは囮です!
Lyra:周りから排除していきます
negiを一切無視しての、個別撃破をしてきたのだった。
「ちいいいいいいっ!! カナ!?」
「無理! これだけ警戒されてたら、何もできないっ!」
「くそおおおおおお!!」
状況は著しく悪くなってしまった。
こちらの取る戦術一つ一つが研究され尽くされているのだ。
人数も練度も圧倒的に相手の方が上なのにも拘わらず、戦術までもがバレていてはもはやこれまでである。
これが二ヶ月間現状維持だけを勤めてきた新風連と、常に上を目指し続けてきたAFG連との差だった。
打つ手はない。
(あとは苦し紛れのギルドスキルだけだが……)
Lyra:あとは相手のギルドスキルを警戒してください
Lyra:使わせません
Lyra:このまま完封して私たちの最強を第一鯖全土に知らしめましょう!
「ナギ姉……これ……」
「ああ、オレらのかんぱ――」
「違う! フレンドリストを見て!」
思わず言われたとおりに目を走らせ、驚愕に目を見開いた。
「な、んで?」
そこに写っていた名前はLuLiだった。
新風連初代のマスターユニットであり、渚と香奈の無二の親友である。
この場には来ないはずの彼女が、
AOをやめると言っていたはずの彼女が、
今日が初めてのバイトに行っているはずの彼女が、
今この場でAOに接続していたのだ。
キーボードのタッチ音も激しく、チャットを打っていく渚だった。
(negi:ルリ! いるのか!?)
(LuLi:はーい、ナギさんおまたせしましたぁ!)
聞きたいことが山ほどあった。
だが、それはこの際どうでもよかった。
完全に手詰まりだったこの状況に最後の最後に一つだけ武器が手に入ったのだった。
残り時間10分。
negi:ギルドスキルを使う!
negi:全員、あからさまでもいい!
negi:なんでもいいからスペースを作れ!
さっち:了解!
ヴォルフ:わかった!
さっちとヴォルフが掛け声勇ましく、それぞれが指揮をとっていく。
さすがにAFG連もこの動きを警戒していただけあって、マークが激しかった。
とはいえ、それでも深追いはしきれない。
一瞬戸惑ったのだった。
その一瞬で、しっかりとギルドスキルを通した、クリスは有能だった。
negi:でかした!全員突っ込め!!
渚の掛け声と共に、新風連全軍が敵陣へと特攻をかける。
ぐだぐだの集団戦であれば、人数が多い方が勝つ。
と、いうのが鉄則ではあるが、それをいつもぶち壊してきたコンビが存在した。
「じゃじゃじゃじゃーん!」
「その効果音って女子的にどうなんだよ! 今は頼りになっけどさ!」
これまで完封されていたカモネギが爆発した。
敵陣の中で仁王のように暴れまわるnegiと暗殺して回るkamoをこの状況で止めることなど出来はしなかった。
Lyra:こちらもギルドスキルを使います!
Lyra:落ち着いて、まずはkamoのほうを倒してください!
ヴォルフ:敵がギルドスキルを使うぞ!
negi:いいんだ使わせろ!
ヴォルフ:なぜだ、ここで使わせたら・・・!
さっち:ネギさん?
negi:全員、城の外へでろ!!
ヴォルフ:言ってる意味がわからないぞ!?諦めるのか!?
negi:いいから、オレを信じてくれ。絶対に勝たせる
「香奈は陽動だけかけてくれ、敵のギルドスキルを一秒でも送らせてくれ」
「ほい、きた」
それだけ言って渚も砦の外へと出る。
そしてそこに待っていたLuLiに近づいていき、
ギルド加入要請を受けますか?
Yes
ギルドスキルは一つのギルドで一回のみである。
使ってしまったなら、ギルドを抜けて新しいギルドで戦場へ行けばいいだけのことなのだ。
そんなことが短時間でやり遂げれるのであれば、だが。
(時間がない……あと、5分っ!)
瑠璃が城の中へ入っていく。
それとは入れ違いにメンバーが続々と出てくる。
片っ端からギルド加入要請を飛ばしていく。
ヴォルフ:おい、いまのはまさか・・・?
negi:いいから早くギルドの入れ替えをしろ!
全員が慌てて入れ替えていくのを眺め、香奈にも目配せをする。
negi:ルリ!こっちはいつでもいいからな!
LuLi:ギルドスキル詠唱します!!!
さっち:ルリさん!
negi:挨拶はあとだ!行くぞおおおおおおお!!!!!!!
こうして、AFG連のギルドスキルと新風連の二度目のギルドスキルは重なった。
Lyra:なんで・・・?
これには面食らったAFG連だ。
百戦錬磨のLyraであってもこの状況を理解できなかったのだろう、一瞬指示が遅れた。
Lyra:まずい、前線急いで間を空けてください
Lyra:食い取られる・・・!
negi:もう遅い!
negi:全軍突撃いいいいいいいいい!!
先ほどと同じ展開になったのだった。
いや、なお悪い。
鉄則の指揮陣もこうなっては何もできない。
純粋にワンサイドゲームと化した。
だが、AFG連も最後の最後、悪あがきにも近い抵抗を見せる。
罠防衛を敷、最後のフラグ折りをさせないか前だった。
残り時間は1分を切る。
さすがの新風連も焦りが見えた。
ここで罠を除去している時間はない。
とはいえ、踏みあらすには自分たちも疲弊しているし、その時間のせいでフラグが折れない可能性が高いからだ。
「香奈?」
「アイアイサー!」
この状況を読んで先回りさせていた香奈が、敵の罠師だけを狙ってバーストコンボを叩き込んだのだった。
罠師が死んだことにより、罠が全部解除される。
これによって、逆転勝利を収めた新風連は勝利の雄叫びをあげたのだった。
* * *
(Lyra:いやー負けました・・・まさかたった一分でギルドを入れ替えてくるなんて)
ゲーム内、中立国での会合だった。
(negi:そこまで追い込んだのはお前だよ。正直反則技だな)
(Lyra:そんなことないですよ!私たちの完敗です
(negi:はいはい。まぁこの戦術も二度と使えないけどな)
(negi:つーか、オレたち以外できねぇだろうな)
(Lyra:確かに・・・wうちらでは人数が多すぎるし、一分で入れ替えなんてとても)
(negi:どちらにせよ、オレももう二度とできないが)
(Lyra:そうなんですか・・・?)
(negi:ああ、うちのやつらにはもう伝達済みだがな、オレらは今日をもって解散する)
(Lyra:やっぱり、そうですか)
(negi:ま、本当はDTのやつらぶっ潰したら終わっても良かったんだがな、どうせなら頂点をってな)
(Lyra:そして、まんまと頂点を取られたわけですね)
(Lyra:くやしいですねぇ・・・勝ち逃げはずるいですよ!)
(negi:まぁそう言うなって、これ以上オレもモチベーションを保ってられん)
(Lyra:わかりました・・・。でも新風連は新しくなるんですか?)
(negi:いや、あいつらもバラバラになるってよ難民でるかもしれねぇけど簡便な)
(Lyra:ふふふ、それについては大丈夫ですよ。うちらも解散するんで)
(negi:ほー、まじか?)
思わずリアルでニヤついてしまった渚だった。
香奈が不信な顔で覗いてくるが、気にしない。
(Lyra:一強は嫌われますからね・・・)
(negi:そうだな、それが懸命だと思う)
(Lyra:私、他国へ移ろうと思うんです、そうすれば国家間戦争ももう少し盛り上がるかなって)
(negi:あー、たしかになぁオレらがこの国にいたから、そうとう盛り上がちゃったしな)
(Lyra:はい。自慢じゃないですが私が別の国で指揮をとれば・・・ってちょっとうぬぼれてます)
(negi:そのうぬぼれは間違ってないと思うぞ。お前ほど有能な指揮官は見たことがない)
(Lyra:ネギさんにそう言ってもらえると嬉しいです)
(negi:お前とだったらオフ会して、AOの談義するのも面白うそうだったけどな)
(Lyra:もう一度あってますよww
(negi:は?)
DT連のオフ会に紛れていたのかと首をかしげる。
だが、あの時はしっかり身元も確認していたし、リラが入り込む余地はなかったはずである。
(Lyra:関東大会であったじゃないですかぁ!渚さん!)
「ああああああああああああああっ!?」
「な、ナギ姉!? どうしたのっ?」
「リラが、関東大会で手こずったあの子だって言うんだよ……」
「ええっ!? そうだったんだ!」
「はぁ、そう簡単にすごいやつが転がってるとは思わなかったけどまさかなぁ……」
渚はうんうんと一人納得しながらチャットを打ち直した。
(Lyra:あの時本当に嬉しかったんですよ!)
(negi:まさか、お前があの時の子だとはなぁ・・・いつかまた会おう)
(Lyra:んー・・・でももう剣道やめると思うんで大会ではもう無理でしょうね)
(negi:なんでだよ!?)
(Lyra:私、将棋の女流プロを目指そうとおもいます)
(negi:wwwwwww)
(Lyra:ちょっと、なんで笑うんですか!?本気なんですよ!!)
(negi:いや、たしかにお前は将棋向きなのかもしれないな、と思っただけだよ)
(Lyra:ホントですか・・・?)
(negi:ああ、本当だ。それでもだいつか会おう)
(Lyra:いいんですか!?)
(negi:お前なら大歓迎だ。将棋さしてもいいぜ)
(Lyra:将棋ならまけませんよ~?w)
(negi:オレは将棋も強いぜ。まぁまたこんどな)
(Lyra:本当にやめちゃうんですか?せっかく鯖間戦争もやるって噂なのに)
(negi:そいつぁお前に任せるよ。オレは今日の戦いで完全燃焼だからな)
(Lyra:そうですか・・・残念です。今度は一緒に戦えると思ったのに・・・)
(negi:それもまた今度、な。
と、そこでわざと間を開けた渚だ。
(negi:しってるか?エリアオンライン2が開発中って噂だぜ)
(Lyra:本当ですか!?)
(negi:ああ、しかも世界初のVRMMOって話らしい。もうほぼ実用段階だとか)
(Lyra:たしかに・・・いつかは出ると思っていましたが・・・)
(negi:もし、オレがゲームをやるのであれば、そっちになるな)
(Lyra:そうですか・・・わかりました。私も調べてみますね)
(negi:ああ、それじゃあ、ここらへんで落ちるぜ)
(Lyra:渚さん、またいつか、絶対に遊びましょうね!)
これを最後に渚はAOから姿を消したのだった。
「満足した?」
「あー。もう思い残すこともねぇな。さんきゅーなカナ」
「はいはい、長い暇つぶしになりましたよーっと」
そう言って渚のベッドに横になる香奈だった。
その様子に苦笑した渚である。
「悪かったよ。まさかこんなに手こずるとは思ってなかったんだからさ」
「ホント、たかがゲームって思ってたけど、貴重な存在だったねリラさん」
「ああ、またいつかあって遊ぼうって言っておいた」
「そうだねー。でもさぁ……」
「ん?」
がばっと香奈が起きだして渚を見た。
真剣な眼差しである。
「進路決めないとね……」
思わず顔を逸らした渚だった。
おわり。
ついに終わりです!
半年近くも更新しませんでしたし、
まさか一年以上も続くとは思っていませんでした。
正直ゲーム描写はやるんであればしっかり書くべきだったなと後悔しています。
いつか、もっとうまくなったとき、このお話は書き直します。
その時はご贔屓していただけると大変ありがたいです。
そして今後の予定ですが、作中でも匂わせたとおり、VRMMO物を書こうと思います。
短編をいくつか書いた後、とりかかりますwww
楽しみにしておいていただけると嬉しいです。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。




