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無名の剣士  作者: むー
第一章
28/31

27

 都大会。

 地区予選とは明らかに空気が違っていた。

 一段階レベルが上がったのだから当然といえば当然ではあるが、それだけではないようだ。

 地区予選で渚がやった「ガッツポーズ」が主な原因だった。

 剣道関係者全員に喧嘩を売ったのだ。対戦相手の少女たちは闘志満々の敵意剥き出しである。

 そんな中、渚に声を掛けてくる人物がいた。


「ナギさん……。どうして?」


 瑠璃子である。

 その表情は酷く沈んで、落ち込んでいるのがありありとわかるものだった。

 渚はそんな瑠璃子を見やって、いつもの調子で話しかける。いつもの調子というのは、


「おー、瑠璃子か。こんなところで何やってんだよ?」


 こんな調子である。

 瑠璃子が何しに来ているなんて簡単にわかるはずなのだが、何食わぬ顔で訊くのだ。

 うつむいていた瑠璃子は顔を上げ、睨みつける勢いそのままに渚に食ってかかった。


「な、何って……、ナギさんこそ何をしてるんですか!」

「オレか? 見てわかんねーかなぁ、一応剣道の試合でてるんだけど……」


 問題がそこではない。


「そんなこと……見ればわかりますよ! 何でナギさんが試合に出てるんですか!?」


 瑠璃子が訊いた瞬間、渚の目が怪しく光る。


「お前がそれを訊いてどうするんだ?」


 静かに発せられた言葉にもかかわらず重い迫力を感じられた。


「別にオレが何やろうと、一々お前にお伺いを立てないといけないのか?」

「そ、そんなわけじゃないですけど……でも、おかしいですよ! 今まであれだけ大会には出ないって言ってたのに、どうして急に」

 

 そこまで言った瑠璃子は、少し間を置いて続きを言った。


「……私のためですか? 私が怪我をしたから、その代わりで?」

「…………」 

「誰がそんなことを頼みました……? なんでナギさんがそんなことを……」


 瑠璃子の表情を見ると、多少の期待感もあるようだ。

 ただそれとは別に本気で怒ってるようでもある。

 

 自身は怪我をしてしまった。どうしようもない怪我だ。 

 兄を探すどころか、生活すらままならない。

 母親に残された時間は少ない、だが、自分ではどうにもできない。

 もし、誰かが自分の代わりに兄を探してくれるなら、藁にもすがる思いのはずだ。

 

 それが渚だったらという期待感。

 だが、それをするのは渚の本位じゃないはずだ、という憤り。

 他人に迷惑はかけられないという瑠璃子の性格。


 色々な物が入り混じっているような、複雑な表情をしている瑠璃子だ。

 そんな様子を瞬時に悟った渚だ。


「ちっ、自惚れんじゃねーよ。別にお前の為なんかじゃねぇ」

「嘘です! だってそうじゃなきゃ説明できないですもん。今さらナギさんが大会にでるなんて他に考えられないです」

「んなんじゃねーよ。これはオレの自己満足さ、俺は強い奴と試合がしてぇんだよ。自分が負けるかもしれないっていう緊張感のある試合をな。そのための……」


 渚のこの言葉は最後まで言えなかった。


「そんなことで誤魔化されません!」

「勝手にお前が決め付けるなよ……。大体から考えてもみろよ、オレが勝つのはいつものことだろう。注目浴びて、ルリの兄貴を探してるって言ってみたところでどれだけ影響力があるとおもう?」


 そう言って瑠璃子を諭していく。


「探している本人じゃねーんだぞ。大体からして、こんなに嫌われてるオレがそんな慈善事業なことやってどーすんだよ。まったく意味ねぇだろうが」

「……だったら、なんで……」


 瑠璃子がさらに問い詰めようとした時だった。

 会場が湧き上がる。

 どうやら、今やっていた試合の決着がついたようだ。


「話は終わりだ。オレは行かねーと」

「……はい」

「一つだけ言っておく。オレは自分がやりたいと思ったことしかやらねぇ。お前の為だろうとそうじゃなかろうと、オレはオレが自分でやってる以上、お前に文句を言われる筋合いはない。じゃあな」


 そう言って、渚が会場に入っていくのだった。

 瑠璃子はその後ろ姿を茫然と見送ることしかできなかった。 

 

---


 会場の中は、物凄い熱気に包まれていた。

 本当にこれが高校剣道の会場なのかと疑わしくなるくらいだ。


 しかも渚が入ってくるだけでそのボルテージは急上昇する。

 なんとしても渚を止めてやろうとギラついているのだ。


 そんな少女たちの、熱気ある気迫で臨もうと無駄だった。

 地区予選同様、数秒で決着がついてしまう。もちろん渚の勝利でだ。

 渚の勝利が告げられると、剣道の大会ではあるまじきブーイングが巻き起こるのである。


 もはや渚に掛けられる言葉は罵声と言ってもいいだろう。

 それでも渚は止まらない。

 自分でそう仕向けているのだから当然なのだが、これだけ罵声を浴びているなかで一向に剣が鈍らないのだ。

 揺るがない、圧倒的なまでに強い精神力だった。


 しかし戦う相手はそうもいかない。

 渚ほど強い精神を持っているものがいなかった。

 

 全てを蹂躙する渚をみて、最初の気迫も徐々になりを潜めて行くことになる。

 次々に戦意喪失していくのだ。


 それに合わせて、専門家たちは逆に注目しつつあった。

 今まで渚は数々の暴言を吐き、剣道を常に小馬鹿にしたような言動をしていた。

 しかし、よく見るとその立ち姿も剣筋も恐ろしい程まっすぐなのだ。

 いささかもブレがない素直な剣だ。

 

 しかも、そこから繰り出される打突の剣速が尋常ではないことに気づく。

 その速度は、もはや男子を超えているのではないかと思われるほどだ。

 一度気になってしまうと、とことん知りたくなるのが専門家というものなのだろう。


「おい、今すぐスーパースローカメラを持って来い!! はあ!? 高校剣道に持ってこれないだぁ!? んな細かいこと言ってる場合じゃねえよ!!」

「わかりましたよ、といっても今日はもう無理ですから、次の大会ということでいいですか?」

「ちっ! しかたないそれで手を打ってやる。どちらにせよ黒神渚がこんなところで負けるはずがないからな!」


 こんな調子であった。

 高校の、ましてや女子高生の試合にわざわざ特殊なものを持ち出すのだ。

 注目度はどんどん上がっていくのである。


 渚の快進撃が留まるところを知らなかった。

 あれよあれよと言う間に都大会を優勝してしまう。ちなみガッツポーズはなかった。


 関東大会。

 渚が会場に入ると、今までと様子が変わっていた。


「おい見ろ! あれが黒神渚だぞ……!」

「すごいちっちゃい……」

「ホントだ、すげーかわいい」

「まじかよ、あんな子が高速の打突を打つのかよ……」


 今までの罵声が嘘のように消え、代わりにその剣から賛美の声が多くなっていた。

 実際の試合になるともっとすごかった。

 ブーイングの荒らしだったのが、歓声は無いにしろ技の見事さから惚越したため息が聞こえるようになったのである。

 

 美しすぎる立ち姿から繰り出される技は、見る人を次々に魅了していく。

 若干十六歳の少女が達人級の打突をくりだすのだ。誰もがその姿にあこがれを持つようになった。

 今まで悪者を演じてきたはずなのに、どういうわけかスーパーアイドルになっていたのだ。

 これは渚の本質が、その剣に現れていたという証拠なのかもしれない。

 

 この空気を感じた香奈はほっと一安心した。

 いくら渚が悪いとは言え、自分の姉が悪者扱いされるのはどうにも居心地が悪かったのだ。


 そんな妹の思いなど露知らず、あっという間に決勝戦にきた渚だった。

 全ての試合が十秒なのは地区予選から変わらない。


 しかし、この時だけは違った。

 開始の声が掛けられたにもかかわらず、渚が一歩も動かなかったのだ。

 場内がそれだけで少しざわついた。


「どうしたんだ?」

「さあ? 黒神渚が動かないことなんて初めてだよな?」


 こんな声が聞こえてくるくらいだ。

 だが、香奈だけは渚が動きを止めた理由をわかっていた。


 渚の対戦相手から立ち上る湯気のようなものが見えるのだ。

 それは極わずかな物であるが、紫色とも桃色とも言えない、そんな色のオーラだ。

 まさしく瑠璃子のオーラと同じような物だ。


 渚もそれを感じたのだろう、警戒したのだ。

 しかし、わずかな時間だった。

 相手の動きを観察し、しっかり間合いを測ってからお得意の飛び込み面を放つ。


 相手はこの動きを予想していたのだろう、自分の竹刀で迎撃する。

 今大会初めてだろう、渚の高速の打突を止めたのだ。

 その瞬間会場が大きくどよめくが、それも一度だけだった。


 渚の次の剣を対戦相手は止めることができなかったのだ。

 渚が一本取る。


 対戦相手はその一本で集中が途切れたのだろう、先ほどのオーラはなりを潜めてしまった。

 そのまま二本目もとり、波乱なく優勝を飾ったのだが、内心の渚は以外な念に駆られていた。

 瑠璃子にはああ言ったものの、本当に自分に匹敵するような存在はいないと思っていたのだ。

 だからこそ、


(全日本よりも同年代の方がおもしろそうなやつが多いじゃん)


 そう思ったのだ。

 そんなことを思っているなど知らない対戦相手は渚に近づいてくるのだった。

 今までこんなことはなかった。

 渚に負けた対戦相手は、その悪魔の様な渚を憎々しげに睨みつけ、何も言わずに去っていくのが常だった。

 しかしこの時は違った。

 面をつけたままだからその表情は読み取れないが、こんなことを言ってきたのだ。


「私、渚さんのファンなんです! 今日は戦えることを夢みて決勝まで上がってきました戦えてよかったです! 全国でもがんばってください!」

 

 今まで悪役を演じてきただけに、まっすぐ褒められるとは思っていなかった。

 しかも相手の本気度がありありと伝わってくる。

 何も答えず、その場を逃げるように去るのだった。


 こうして上がってきた全国大会。

 渚目当てに盛り上がりを見せている。

 

 渚が登場する試合だけは多くの観客、専門家、機材があつまり、一挙手一投足を注目しているのだ。

 本人はすこしうざったそうにするものの、自分がそうなるように仕向けているので我慢している。


 関東大会決勝で、薄いオーラを発する子もいたこともあり、最高レベルであるインターハイに来た渚は期待に胸をふくらませていた。

 昨年の全日本ではオーラが見えるほどの気迫を持った人はいなかった。

 しかし瑠璃子を始め、関東の子も、同じ十代の少女たちの方が面白そうな人物がそろっていることに気づいたのだ。

 

 今いる自分の舞台は学生大会最高峰であるインターハイである。

 誰かしら自分に匹敵するような子がいれば、と思っていたのだが、そう簡単にはいないようだった。

 

 渚は落胆の色をあらわに、対戦相手を沈めていく。

 対戦相手の質は、渚の目から見ると地区予選のソレとそう大差はなかった。

 それこそ瑠璃子や関東でのあの子のような存在など見当たりもしない。

 


(ちっ! 関東で一人だけかよ面白そうな奴は……)


 内心で舌打ちをする。


 誰ひとりとして渚に立ちはだかる少女はいなかった。

 渚は禁止技であるリミッター解除をつかっていない。

 有り体に言えば、手を抜いていると言ってもいいだろう。

 なのにこの騒ぎである。

 これだけで黒神姉妹の身体能力の高さがうかがい知れるというものだ。

 

 本気を出せば、リミッター解除なしで、どの種目でもオリンピックの金メダルが取れるはずである。

 だが、本人たちはそれを望んではいない。

 注目をあびたくない一身でひた隠しにしているのだ。

 だからこそ、公式の場でこれだけ大暴れすれば騒ぎになっているのは必然なのだ。


 こうして全国大会を、さも当然のように、あっけなく、優勝を決めるのだった。

 

 しかし、報道陣はこの時を待っていた。

 本当に首を長くする想いで待っていたのだ。

 ついにインタビューの時間がやってきたからだ。

 今まで散々チャンスはあったものの、各大会優勝を決めた瞬間にはもうすでに渚の姿が見当たらなくなっていた。

 しかしこの時ばかりはそうはいかないと、小さな剣士をこれでもかというほどの人海戦術で囲んだのだった。


 昨年のケーキ屋の騒動はもはや言うまでもないだろう。

 地区予選ではガッツポーズまでやってのけた。

 その渚のインタビューである。

 どんなことになるのか、どんなことをするのか、全国の人々がかたずを飲んで見守った。


「優勝おめでとうございます!」

「あー……」


 渚のやる気のなさそうな声色に全員が生唾を飲み込んだ。

 今度は一体なにをやらかすんだと。


「多くは訊きませんが、これだけはどうしても教えてください! なぜ去年あんなことを言ったのですか? なぜ今になって高校剣道に参加したのですか?」


 このアナウンサーは余計なことを一切言わず、気になる要点だけをずばりと訊いたのだった。

 そして渚がゆっくりと語りだした。


「私は昨年幸運なことに、日本最強女流剣士の称号をいただきました。そして今日も優勝することができました。ありがとうございます」


 なんとも型通りの挨拶から入ったので全員が拍子抜けした。

 逆に渚をよく知る人物は、この言葉使いに得体のしれない恐怖のようなものを感じていた。

 普通じゃないのだ。

 この時の香奈の心境は神にでも祈るようなものだっただろう。

 頼む、このまま無事に終わらせてくれ、と。


「ですが、私はいつも稽古でまけています」

「え……? それは先生相手に、ですか?」


 いきなり何を言い出すんだという空気が流れた。

 アナウンサーはそんな質問をしたのではないのだ。

 だが、今では『男子よりも疾い』という評価が下っている渚である。

 日本中を探しても渚に勝てる人物などそうそういないはずなのだ。

 にもかかわらず、毎日負けている? あの渚が?

 

 関係者全員の頭の上にクエッションマークが灯されているのが傍から見てもわかるくらい、全員が硬直していた。

 そんな中渚はさらに続ける。


「いえ違います、今年は怪我をしてしまい大会に出れませんでしたが、同い年の朝川瑠璃子さんに私はいつも負けています。彼女が出ていれば私はこの舞台にこれなかったでしょう。それぐらい強くて、憧れています」


 渚が語り終えた直後、場内が騒然となった。

 達人の域を超えた怪物剣士が勝てない!?

 しかもそれが同年代の女の子にだと!?

 このニュースは全国を駆け巡った。


「証拠はこの場では用意できませんが、お時間がよろしければうちの稽古を見に来てください。一度でも稽古をご覧になれば朝川さんの強さが理解できるはずです」

 

 こんなことまで言うしまつだ。

 渚にこうまで言われた確認するしかない。

 意気込んで渚の学校に関係者と報道陣が詰めかけることとなる


 渚の狙いはこれだった。

 なぜ今になって剣道の大会に参加したのか。

 それはやはり瑠璃子の為だったのだ。


 自分の弟子が涙ながらに語ったこと。 

 しかし、それが実現不可能になってしまった。

 瑠璃子が出れない代わりに自分がやってやろう。

 ただそこで簡単に瑠璃子の名前をだし、生き別れの兄の話をしてもインパクトが薄い。

 

 だったらどうすればいいのか?


 渚が出した答えは、自分を注目させ悪人を演じ圧倒的な強さで全国を蹂躙する。

 そして、瑠璃子を持ち上げ持ち上げ無理やりヒーローにしたてあげ、悪人である自分を討たせるのだ。

 そこで兄のエピソードを語らせれば、これ以上ないほど目立つだろう。

 これが渚の計画だったのだ。


 こうして全国大会が終わった夏の日。

 全国から剣道関係者が、最新機器をもちだして渚の通う学校の剣道場へと集結するのだった。





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