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無名の剣士  作者: むー
第一章
27/31

26

 予選エントリーを無事に済ませた渚は、インターハイに向けて稽古をする……わけもなく、だらだらと日々を過ごしていた。

 と、言ってもAO関連でやることは満載である。


 メンバーたちにはかいつまんで、マスターである瑠璃子の身に何が起きたのかを説明する。

 さすがにメンバーたちも受けた衝撃は少なくなかったが、幹部たちが尽力し、ちょっとした混乱を招いただけですんだ。

 最悪な場合、メンバーの集団脱退や『ウルフ隊』の離反などの可能性があっただけに一安心といったところだ。


 しかし、マスターユニットが不在になるのは事実なので、こちらの埋め合わせが大変だった。

 即、代理マスターを擁立し、育成する。

 重要なポジションであるだけあって、やたらめったらな人物には任せられないが、適任者がすぐに見つかった。くろすである。

 初期メンバーの一人であること、前衛で足の早いこと、耐久力が余人よりも高いことなどが決め手だった。

 

 無事に代理マスターを立てることに成功した『新風連』は表向きは平穏そのものだった。


 だが、渚にはもう一つやることがあった。

 先日にマッチアップした『AFG連』に戦闘の延期を伝えることだ。 

 しかし、これには危険が伴う。


 このゲームでマッチアップというのは確約である。

 これを一方的に破棄するのはゲームだから簡単にできる、といえばできるのだが、そうするとどうしても住人たちの心象を悪くする。

 そうなってしまうと、商売が滞り、狩り場での諍いが起きる可能性がある。

 「なぜ延期するのか?」と、問われたとき、正当な理由がない限り一方的に破棄することは難しいのだ。

 

 今回の場合、『マスターが接続不可能である』と伝えれば正当になりえる。

 なりえるのだが、そうなると他連合の目が厳しくなる。


 マスターユニットが変わったのだ。

 ましてや前衛の要である「くろす」を代理にすることで前衛陣も多少薄くなる。

 確実に戦力が低下するのはわかっているのだ。

 その隙を狙われるのはありがたくない。

 

 ここで『AFG連』にこちらの情報を伝えると確実に住人たちに伝わる。

 その可能性を考えたとき、今回のこれは話せないのだ。

 

 そうなると適当な理由をでっち上げるしかない。


(まぁそんな小細工が通用するもんじゃねぇよな……)


 そう一人でため息を吐く渚だった。


 この件に関しては渚に一任された為、必死に理由のほうを考えていたのだが、良い言い訳が思いつかなかった。

 考えた末、


(negi:こっちのマスターがリアル交通事故にあって接続できなくなった。だからマッチアップ延期してほしい)


 恐ろしい程正直に、駆け引きなしにまっすぐ言ったのだった。


(Lyra:えええええええええええ)

(Lyra:大丈夫なんですか!?)


 さすがにリアル交通事故というのは驚くものだった。

 冷静沈着なイメージのリラが画面の向こうで驚いてる様子が想像できるくらいだ。

 渚がさらに続ける。


(negi:ああ、なんとか大丈夫みたいだ。たださすがに接続できないってことでマスターがいなくなっちまったんだ)

(negi:この状態でも戦えなくはないが、今のオレらとそっちは戦いたいか?)

(Lyra:言い方がうまいですねwこちらとしては正々堂々と戦いたいって意識が強いんですよ)

(Lyra:だからこそ宣戦布告してまでマッチアップしたわけで、ハッキリ言えば、全力じゃない新風連に興味はないですね)

(negi:まったくハッキリ言いやがる・・・wまぁそんなこんなで二、三ヶ月掛かると思うんだがすまんがそんな感じで頼む)

(Lyra:わかりました。一応この件は内緒にしますね。理由は私の方で適当に考えます。もちろん悪くはしませんのでw)

(negi:まじか・・・何かすまん。めんどくさいこと押し付けちまうが、ありがたい)

(Lyra:こればかりは仕方ないでしょう・・・がんばってください)

(negi:さんきゅ。AFG連もがんばれよ)


 さすがはリラだった。こちらが言った裏の意味まで理解しているようだった。

 「情報は他所には流さない」そういう風にしてくれたのだ。非常にありがたかった。

 

 ただ、渚も言わなかったことがある。

 下手をすると瑠璃子はもうAOを引退するかもしれないということをだ。


 瑠璃子最後の肉親である母親が余命宣告を受けたのだ、そんな時にぬくぬくゲームなどするはずがない。できるわけがない。

 そして、それは渚も同じだった。


 もともと育ててきた連合『DT連』を脱退したとき、AO熱が冷めたのを感じた。

 それを瑠璃子の誘いによって未だにAOの住人として生活しているのだが、その関係も終わるとなると自分も今後をどうするか考えなくてはならない。


 こうして、自分がインターハイ予選をエントリーしたことなどついぞ考えず、その日を迎えるのだった。

 当然のように、この日に向けて気合を入れるどころか、稽古を一切していない。

 

---


 当日。

 会場は少しざわついていた。


「なあ、女子の部の名簿みたか?」

「いや? 何かあったのか?」

「黒神ってエントリーしてんだけど、これってアレなのかって話なんだが」

「黒神ぃ?――ってケーキ屋の!?」

「俺が訊いてんだよ! でもそう思うよなぁ」

「まぁでもさすがに別人だろ。あんなこと言っておいて、まだ剣道やってるとかどんな面の皮してんだよ」

「まったくだな、っておい、あれ!!」


 そう言って指差した方向にいた人物をみて、誰もが驚いた。


 今まさに渦中の人物が玄関を潜ったところだった。

 まるで天使のような容貌に不釣り合いな威圧感を発しているが、その身長は驚くほど低い。

 

「黒神渚、エントリーよろしく頼むわ」

 

 百年の恋も覚めるような乱暴口調なのも変わらずだ。

 誰がどう見ても"あの"黒神渚、本人である。

 

「おいおい……本物だぞ」

「今更、なんだってインハイに出てくるんだよ」

「俺が知るかよ。まだ剣道に未練あんのかな?」

「さっさとケーキ屋の修行でもしてろって感じだな」


 ほとんど嘲笑と言ってもいいが、誰もが参加の理由が気になっていた。

 日本最強の女流剣士が今更、高校生のタイトルに参加して何になるんだと。

 昨年あんなことを言い放っておいて、よくもまあ公式戦に顔を出せるもんだうお。

 そんなところだろう。

 

 その姿を見やって、場内が騒然となるのだが、本人はまったくもって意に介せずさっさと更衣室へ向かう。

 

 面以外の防具を付け、愛用の竹刀を腰に据え、会場入りする渚だった。

 一応、香奈が応援に来るとは言っていたが会うことはないだろう。

 

(さーて、茶番劇の始まり始まりっと)


 誰もが渚の真意などわからないまま、予選が始まるのだった。

 地区予選としては異例の注目度だ。

 そのお目当ては渚といっても過言ではないだろう。

 渚が出る試合、毎回どよめきが起こる。


『始め!!』


 審判の開始と同時に渚が飛び込む。

 次の瞬間には乾いた打撃音が会場中に響き渡る。

 わずか3秒で渚の面打ちが炸裂したのだった。


 こんなことはありえないと言ってもいいだろう。

 もちろん日本最強剣士が高校の、ましてや地区予選で手こずることはないだろうが、これではあまりにも次元が違いすぎる。

 

 何度も言うようだが、地区予選レベルではある。ではあるのだが対戦相手は三年生だった。

 最後の大会ということもあって気合十分に臨んだはずだ。

 それでも僅か3秒で一本である。

 二本目もそのすぐ5秒後には決まってしまう。


 僅か10秒足らずで、対戦相手の最後の試合を、最後の夏を終えるのだった。

 あっけない幕切れだっただろう。

 自分の高校剣道の集大成がこれで終わりなのだ。いや、終わらされたと言ってもいいだろう。


 その相手が剣道を侮辱していった少女なのだ。

 そんな相手に手も足も出ず、ただの踏み台として扱われる。

 たまったもんではなかった。

 悔しさのあまり泣き出す少女たちが続出していくのである。


 しかし、当の本人はどこ吹く風で、まったく意に介さない。 

 この理不尽までの凶悪さは永遠と繰り広げられていくのだ。

 どんな対戦相手も、渚と10秒以上持ちこたえれない。

 一合も竹刀を合わせることもできずに、敗れていく。


 これには大会関係者は眼を剥いた。

 まさか、いまさらエントリーを取り消すことなどできない。

 だが、ここまで暴力的な剣道をする渚を放置するのも良くないという意見も出始めていたのも確かだった。

 

 そうしているうち、あれよあれよと言う間に決勝戦になっていた。

 全ての試合が10秒ほどで進行しているから、予定がどんどん前倒しになっていくのだ。


 そして、それは決勝戦も変わらなかった。

 あっと言う間に一本を奪い、二本目も即飛び込み奪っていくのだ。

 もはや悪魔の所業と言ってもよかった。

 

 この年、真剣に打ち込んできた少女たちの多くは、剣の道を諦めることとなったのは言うまでもない。

 渚と自分の才能の差を痛感させられたからだ。


 渚自身その空気を肌で感じていた。

 自分たちが必要以上に目立ちたくない理由の数%に、こうならない配慮が含まれている。

 だが、参加した以上、そうも言ってられない。

 全て勝つつもりだった。


 しかし、ここで妙案を思いついた。

 

 決勝戦、二本勝ち。

 この瞬間、渚の地区予選優勝が決定した。

 と、誰もが思った。

 だが、ここで思ってもみなかった行動を渚がとった。


 優勝を決める面を入れた瞬間、右手を高々と上げ、ガッツポーズを決め込んだのだった。


 剣道とは残心というものを重視する。

 技を決めた後も心身ともに油断せず、思わぬ反撃に備え、完全なる勝利へと導く。というものだ。


 だからこそ、ガッツポーズなど言語道断であり、武芸を嗜むものとしてタブーなのだ。

 たまに子供の部で嬉しさのあまりしてしまう子達もいる。

 それはある種、微笑ましさもあるような、何とも言えない空気が流れるのだが、今回はひどすぎる。

 今回のこれは明らかに故意であるとわかってしまうほど、あからさまだったからだ。


 ガッツポーズの瞬間、誰もが昨年のケーキ屋事件を思い浮かべたのだった。


「やりやがった……!」

「ふざけんな!!」

「取り直しだ! いや! 失格だ失格!! あんな無礼者は失格にしろ!!」


 剣道の大会には珍しく罵声が飛び交うのだった。

 この瞬間、観客や関係者のボルテージは最高潮に達したと言ってもいいだろう。


 通常であれば、取り直しをするのだが、今回ばかりは許されなかった。

 協議の結果、異例ではあるが、取り直しは無しで渚は反則負け。準優勝になるのだった。

 

 だが、準優勝でも次の大会"都大会"には参加できることは誰もが知っている。

 こうしたほうが"さらに"注目を浴びるだろうと狙ったうえで、わざわざやったのだ。


「次、何か問題を起こした時は覚悟してもらう。即失格処分もありえることを頭に入れておいてもらいたい」


 表彰式が終わったあと、渚にしっかりと釘を刺していく運営委員長だった。

 それを聞いた渚は「りょーかい」と、どこか気のない返事を返すだけに止めた。






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