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無名の剣士  作者: むー
第一章
26/31

25

 先日の領地戦でついに因縁の相手『DT連』を撃破することができた渚たちであった。

 しかし、その祝勝会にて次の目標である『AFG連』から宣戦布告を受け、祝勝ムードから一転、慌ただしく準備をしていた。


 そんなある日だ。

 ホームルーム教室で一人でいるところを担任の教師に呼ばれたのだった。


「黒神ちょっとこっち来てくれ」

「……?」


 渚は普段から他人を寄せ付けないオーラを発している。

 それは誰に対しても例外なく発揮され、教師も近づいてこないくらいだ。

 裏を返せば、渚に声を掛けてくるということは、よほどの事が起きたと、いうことになる。


 訝しげながら渚は大人しく着いて行くのだが、連れてこられたのは職員室だった。 

 本格的に何かやらかしたかと悩むが、心当たりがまったくない。

 そのまま中へ案内されると、以外な人物がその場にいた。妹の香奈である。

 そして、教頭もいるのだった。

 思わず香奈にテレパシーを送る渚だった。


(「カナ、何したんだ……?」)

(「ウチじゃなくてナギ姉でしょ!?」)


 自分に心当たりが無いから、香奈が何かしたのかと思ったのだが、この様子ではそれも無いらしい。

 そんな二人を見やって教師が喋り出す。


「お前ら二人を呼んだのは理由があってな……。本来ならC組みのクラス委員に任すんだが……。まあ、お前らは朝川と仲が良いよな?」

「はあ、確かに仲は良いですけど、それが何か?」

「実はな、これから全員に伝えるつもりではあるんだが、朝川が事故に遭ったらしい」

「なっ!?」「えぇ!?」


 驚きの声を上げる双子だった。

 次の瞬間、教師に食ってかかる。


「どんな状態なんだ!?」

「どんな状態なんですか!?」

「二人して同じことを訊くなよまったく……」


 同じ顔で、同じような反応をするから嫌でも双子だということを痛感させられた教師だった。

 そしてそこからは教頭が話しだす。


「昨日、総合病院から連絡がありました」


 その内容はこうだった。


「こちらは総合病院です。そちらの生徒の朝川瑠璃子さんが救急で運び込まれました」


 この時電話を受けたのはまだ若い教師で、この連絡を受け、大慌てで教頭に取り繋いだのだった。

 報告を受けた教頭はこちらも大慌てで電話を受け取り、緊迫した様子で訊ねる。


「生徒の容態は? どんな状態なのでしょうか?」

「命に別状はありません」


 それを訊いて、ほっと息をついたのだが、安心するのは早かった。まだ続きがあったのだ。


「ただ、足の骨を折っているようでして、しばらくは不自由になるかと思います」


 思わず椅子に倒れこんだ教頭だった。

 自分の生徒がそんな大怪我を負う事故に遭うなど、衝撃が大きすぎたのだ。

 

 何も話さなくなった教頭を、安心させるように相手は再度話すのだった。


「繰り返しお伝えしますが、命に別状はありません。足のほうも不幸中の幸いと申しますか、後遺症が残るようなことは無いと医者のほうも言っています」

「そう、ですか……。わかりました」


 電話を切った教頭だった。

 そこから職員室は慌しく動きだすのだった。

 

「……というわけなのだ」

「信じられない……」


 香奈が思わず呟くほどだった。

 双子にとっても瑠璃子が事故に遭ったというのは大事件だ。

 瑠璃子はどこか天然なところがあるが、不注意というわけではない。

 そう安々と事故に遭うなど考えられなかったのだ。

 一早く立ち直った渚は教師たちに質問する。


「それで、何でオレたちにそのことを伝えたんすか?」

「ああ、実はな。お前たちに様子を見てきてほしいんだ」

「ウチらがですか?」

「本来であればまずは教師が行くもんなんだが……。今回はお前たちのほうが適任だと思ったんだ」

「それは、構いませんけど、昨日の今日でお見舞い行っても大丈夫ですかね?」

「そこは様子を見て、無理そうだったら日を改めて担任が行くことになるだろう」

「わかりました」


 こうして二人でお見舞いに行くことになったのだった。

 最後に渚が問いかける。


「瑠璃子の母親はどうしてますか?」


 向こうでもしかしたら鉢合わせするかもしれない。

 瑠璃子の家庭の話を少しだけ訊いていたのもあって、気になったのだ。

 その問いに教師たちは苦虫を噛み潰したような顔をする。


「それ、なんだがな……。朝川の母親も総合病院に入院しているらしいんだ……」


 思わず顔を見合わせる双子だった。




 その後の授業をどう受けたのかわからないほどだった。

 まったく身に入らない。

 優等生である香奈がそんな状況なのだから、渚などもっと酷いのだろう。

 案の定、仮病をつかって保健室に逃げ込んだのだった。

 予想していたのもあって香奈が保健室の前で渚が出てくるのを待っていたのだ。


「あれカナ。よくここがわかったな」 

「いつも一緒なんですからね。ナギ姉のことなら大抵わかりますよーだ」

「……さようですか」


 呆れ気味に言ってくる香奈に対して、首をすくめて答える渚だった。

 そのまま二人そろって学校を出る。

 

 去年、二人一緒に帰ったときは、木々が様々な色合いを見せていたが、今はピンク一色に染まっていた。

 そのピンクは風に煽られ、ひらひらと舞って幻想的な雰囲気を演出する。

 すっかり春だった。

 そんな桜並木を病院に向け、歩いていくのだった。


 総合病院。

 一応、総合とはついているが何を大げさなと言ってしまいたくなるような、こじんまりとした佇まいをしている。

 とてもとても、一流大学病院と言ったような高層病院とは似ても似つかない。

 

 だが、それでもここら一帯では一番大きな病院であるし、総合とついている以上、多様化されている。

 救急も大半がここに運ばれることもあって、瑠璃子の場合も例に漏れなかったのだろう。


 そんなに広くない病院の庭を横切って中に入っていく。

 するとすぐに受付と思しき場所に着く。

 初対面のときまず話しをするのは香奈の役目だった。


「こんにちはー。ウチらお見舞いに来たんですけど」

 

 そう香奈が問いかけたのだが、当の受付係はこの双子の姿を見るなり、呆然とした表情で固まるのだった。

 姿形がそっくりの天使の様な美少女が並んで立っているからだろう。

 初対面で驚くなというほうが無理だった。

 

 こういう反応は今まで散々味わってきた双子だ。

 今更騒いだりはしないが、気まずいことには違いないし、今回はちゃんと目的もある。

 ここで時間を使いたくないので、相手が復活するのを待たず、香奈が再度問いかけるのだった。


「こちらに朝川さんが入院したと聞いてきたのですが……」

「あ、ああ、はい。えっと、朝川様ですね」

「はい、朝川瑠璃子です」

「しょ、少々お待ちください」


 受付係の人はそう言って、手元にあるパソコンを操作しだした。

 すぐに目的のデーターが出てきたようだ。


「えー、朝川様、の病室は305号室になります」


 妙にぎこちなく答える受付係だった。

 それを訊いた双子は礼を言って、その場を後にする。 


 二人並んでエレベーターに乗り込む。

 他に乗る人はいないようで、それを確認した香奈が不安そうに渚に話しかける。


「足折ったって……インハイ予選どうなっちゃうの……?」

「言うなよ……。あと一ヶ月強しかねぇんだ。どう考えても無理だろう」

「あんなにがんばってたのに……」

「オレは怒るぜ。こんな時期に事故るあいつの馬鹿さかげんにな」

「…………」

 

 今までほとんど口を開いてなかった渚だ。

 押さえてはいるが、その言葉の端々に怒りの感情があるのがわかる。

 しかも反論できないのだ。


 実際、香奈もお説教してやろうと思っていたくらいだ。

 この様子じゃ自分の分は残らないだろう。

 そっとため息を吐いたのだった。


 エレベーターはすぐに到着した。

 乗ったときと同じように二人並んで降りる。



 実を言うと、ここまでこの病院に入ってきたのは双子も初めてだった。

 病気らしい病気もしたことないし、怪我も一切ない。 

 家族揃って健康なのだ。病院にお世話になった記憶がないのだ。 

 

 最初は病院内で迷うかとも思ったが、廊下は一本道になっていて迷いようがなかった。

 ただ、病院の外見から考えると以外と広い印象を受ける。


 瑠璃子の病室は305号室と言っていた。

 看護室がすぐ手前にあり、その奥から病室と続いているようだ。

 左右に病室が広がっていて、目的の305号室はすぐそこにあった。


 双子がお互いの顔見合わせてゴクリと喉を鳴らすのだった。

 学校で話を訊いたわけなのだが、こうして現実と向き合おうとすると、怖いのだ。

 確認するように渚が言う。


「いくぞ……」

「ういー……」


 いざ入ろうとしたのだが、その瞬間違和感に襲われた。

 病室に書かれているネームカードが違う名前だったのだ。

 厳密に言うとまったく違うと、いうわけではないのだが、この状況で予想していなかった。


 『朝川頼子』


 ネームカードにはそう書かれていた。

 先ほどとは違った意味でお互いの顔を見合った双子だった。


 『瑠璃子』とちゃんと伝えたはずなのだが、それでも受付係が間違えたのだろう。

 おそらく自分たちの存在に見惚れていたからだろうが……。

 がっくり肩を落とす香奈だった。

 仕方ないので、瑠璃子の病室を看護士に訊こうと振り返るのだが、渚がそれを制止した。


「カナちょっと待て。瑠璃子がいるぞ」

「え、ほんと?」


 失礼ではあったが、思わず覗き込んだ香奈だった。

 すると後ろ姿ではあるが確かに瑠璃子が椅子に座っているのが見えた。

 

 しかし何とも入りづらい空気が流れていた。

 後ろ姿でありながら、瑠璃子が泣いているとわかってしまったからだ。

 香奈が渚に問いかける。


「ど、どうする?」

「……ここまできたんだ入るしかねーだろ」


 こんな時でも渚の図太さは健在だった。

 一応はノックするものの、相手の返事を待たずして入るのだった。

 

 急な来訪者に驚いた瑠璃子は腰を浮かせかけたが、その相手が渚だとわかると驚きに目を見開いた。

 そのままたっぷり時間を使い、喘ぐように言ったのだった。


「な、ナギ、さん……なん、でここに? カナちゃん、も……」

「んなのお見舞いに決まってんだろう。……ちょっと予定とは違ったがな」


 渚は当然のように言い放つ。

 瑠璃子はっと涙の跡を慌てて隠すように、顔を拭うのだった。


「お、お見舞いなんていいのに……」

「そーか? オレは案外良かったんじゃないかって思ってるんだが、なぁ?」

「うん……。今のルリちゃんすごく辛そう……」

「…………」

 

 香奈にそう言われた瞬間俯いてしまった瑠璃子だった。


 瑠璃子の怪我の状態は想像以上にひどかった。

 左足はものの見事にギプスで固められていて、膝から腕からいたるところに擦り傷がある。

 おまけに瑠璃子の額には大きな絆創膏まで貼られている。

 事故の凄まじさを物語っていた。


 そんな痛々しい瑠璃子の状況とは別に、頼子の方はと言うと、こちらは目立った傷はなさそうだった。

 穏やかな表情で、眠っている。

 同じタイミングで入院しているから、瑠璃子と一緒にいるときに事故にあったのだろうと思っていたが、この分だと違いそうな気がする。


 では何なのか気になるところだが、それを訊くのは憚れる雰囲気だ。

 先ほど瑠璃子は泣いていた。

 ただ、それは傷の痛みからと言うよりは、別の原因のような気がするのだ。

 それがこの気まずい雰囲気を作っている。


 どうするか双子が迷っていると、瑠璃子が言ってきた。


「あ、あの。場所、変えませんか? 今ようやく母が寝たところなので……」


 この提案に双子に異論は無かった。 

 瑠璃子に案内される形で移動する。


 松葉杖を使うのは初めてなのだろう。

 移動が妙にぎこちなくて見ているだけで不安になるが、逆に手を出そうものならそれはそれで怖い。

 大体、背の高さが双子と瑠璃子じゃ全く違う。

 おそらく30cmは違うだろう。そんな身長差で下手に介助しようものなら、転ばせてしまう。

 どんなに痛々しく見えても、手助けをできない歯がゆさを感じるのだった。


 そんな瑠璃子に案内されたのは一階上の412号室だった。

 ここにはまだネームカードが書かれていなかったが、瑠璃子の病室ということだった。

 昨日の今日だからそういうところにまだ準備しきれなかったのだろう。

 受付係が間違えた一つの原因かもしれない。


 病室の中は二人部屋らしかった。

 ベッドが二台置いてあり、中央の窓際には共用の冷蔵庫が置いてあった。

 それ以外何もない、無機質な印象を受ける部屋だった。

 田舎の病院であればこんなもんか、と言われてもしょうがない。それほど質素なものである。


 一つのベッドに瑠璃子が腰掛ける。

 もう一つは空いているようで、ベッドメイクされてから使用された感じがしなかった。

 ベッドの脇に椅子が置いてあったので瑠璃子と向き合う形でそこに座る。

 

 向き合ったはいいが、何から話していいか見当もつかなかった。

 相変わらず気まずい空気が流れるのだが、それを払拭したのは意外にも瑠璃子のほうだった。


「お見舞い、来てくれてありがとうございます。ナギさんカナちゃんの顔見れてちょっと安心しました」

「本当に? 迷惑、じゃなかった?」

「いえいえ! 迷惑なんて……お二人が揃ってるところを見れて癒されましたよ」

「ならいいんだけど……」


 どこか歯切れの悪さを残した香奈だった。

 そんな香奈を見やって渚がフォローする。

 と言うより、回りくどいこと一切省いて、ストレートに訊くのだった。


「ここにきて色々訊きたいことができちまった。とりあえずだ怪我はどんな感じなんだよ?」

「そうですよね……。怪我は全治二ヶ月だそうです」

「インハイ予選は絶望的だな……。バカやろう」

「…………」


 予想はしていた。

 だが、現実をこうも突きつけられると、どこかやるせない思いを味わう。

 ここに来るまで「怒るぞ」と言っていた渚も、それ以上何かを言うのを躊躇ったくらいだ。

 それくらい今の瑠璃子の雰囲気――気配といってもいい――は弱々しかった。

 本当にあの瑠璃子なのかと疑わしくなるくらいだ。


 渚はため息を吐きながら訊く。


「何があったんだよ。お前の今の様子は尋常じゃない。ぶっちゃけ訊くが、お前のお母さん……なんで入院してるんだ?」

「…………」

「……ルリちゃん。無理しなくていいからね? 言えなかったら言えないでいいから」


 俯いたまま何も喋らない瑠璃子を見やって香奈がフォローをいれるが、重苦しい空気は一向によくならない。

 たっぷりと時間を使い、瑠璃子の返事を待ったのだが、一向に口を開く様子を見せなかった。

 

 さすがにこれ以上は、迷惑が掛かるかと思ったときようやく瑠璃子が語りだしたのだった。

 その内容は衝撃的だった。


「お母さんは、もう長くないそうです」

「「……え?」」


 瑠璃子の言った意味がとっさに理解できなかった。

 そんな双子の様子を見てとって、改めて言う瑠璃子だ。


「余命半年だそうです。ドラマみたいに引き伸ばすこともないんですよ……淡々と告げられちゃって、何言ってんだろうって思ったくらいです」


 これを聞いた双子は今まさに、何言ってんだろう状態である。

 理解が追いついていかないとはこのことだった。

 瑠璃子がさらに続ける。


「ナギさんに一度相談しようと思ったんですよね。ほら、二週間くらいまえ、稽古早く切り上げたときです。あの時お母さんが検査入院したんですよね。あのときはまだ検査だからって大事に思ってなかったんですけど、まさか、こんなことに、なる、なんて……」


 最後の言葉は言葉にすらなってなかった。瑠璃子は堪えきれず泣き出した。

 香奈が思わず瑠璃子を抱きしめる。

 

 普段であればこの光景は微笑ましいものだが、今のこの空気ではそんなふうに感じる余裕などまったくない。

 香奈は瑠璃子が落ち着くまでそうしていた。

 そんな香奈の安心感からか、徐々に泣きじゃくる回数が減ってくる。

 瑠璃子が落ち着いたの見てとって、香奈が言う。


「ルリちゃん。言えなかったらもう良いんだよ。でもウチらでできることがあったら何でもするから。辛かったら頼っていいんだよ?」

「カナちゃん……ありがとう……。大丈夫ですちゃんと、言います」


 瑠璃子がそう言ってから語りだした。

 その内容は現実(げんじつ)以上に現実(リアル)だった。


 

「お母さん、またパートなの?」

「ええ、そうよー。うちにはお金がありませんからね、しっかり働かなくっちゃ」

「でも最近調子悪そうだよ? 私ももう少しバイトするから、少し休みなよ」

「だ・め・よ」

「ええ!?」

「あなたはちゃんと学校へ言って、勉強して、部活をして、お友達と楽しく遊ぶのが仕事なの。生活費を稼ぐのはあたしの仕事。わかった?」

「でも……」

「さすがにあんたは目聡いねぇ。これでも体調のことは隠していたつもりだったのに……」

「お母さん。でも私ももう働けるんだよ? お母さん一人無理するなんておかしいよ……」

「あら、無理なんてしてないわよ。今はちょっと風邪引いちゃっただけなんだから。それよりもあなた友達ができたんでしょ? その話してちょうだいな。ここんところ忙しく満足に話も聞いてあげれなかったし」


 そう言って頼子は瑠璃子の話を聞いたのだった。

 瑠璃子も瑠璃子でどこか釈然としないものの、久しぶりに母と話ができるのを嬉しがり、息着く間もないほど喋りに喋りまくった。


「ナギさんってすごいんだよ! 剣道の稽古し始めてもうすぐ半年になるのに、私まだ一本も取ってないんだよ!」

「その子って、あの時のケーキ屋さんの子でしょ? あの時はたまげたわね。あんたのせいであたしも剣道が少し詳しくなっちゃったけど、まさかねぇ……」

「確かに……あの時のあれは驚いたけど、でも剣は全く違うの! 何であんなこと言ったのかなって不思議になるくらい」

「そうなの。一度見てみたいわね、あなたとその子の稽古姿」

「もう本当にすごいんだからね! お母さん驚きすぎて腰抜かしちゃうかも」


 そうやって我が事のように嬉しそうに語る瑠璃子を眩しそうに眺める瑠璃子だった。

 瑠璃子は延々と話続け、その話題は常に渚と香奈だった。


 頼子はこの姿を見て安心したものだった。

 子供のころから随分苦労させてしまった。

 今も実際いろいろ面倒かけてしまっているが、それでも高校に通いだし、初めて友達もでき、こんな嬉しそうな娘を見ることができてようやく安心できたのだ。


 だからこそ、瑠璃子が高校に通っている間だけでも、できることなら大学まで、お金の心配だけはしないでもらいたい。

 その一念で必死に働いたのだった。


 だがその必死さがアダとなった。

 元々、女手一つで瑠璃子を育ててきたのだ。

 その無理が自覚症状の出ないままずっと来ていたのだった。

 疲労の蓄積した身体にさらに鞭を打つかのごとく仕事を増やす。


 そんな結果など見えていた。


 案の定、頼子は身体を壊すことになった。

 この時初めて自覚症状が出てきたのだが、それを無視し、瑠璃子に黙って働き続けたのだ。  


 しかし、そんな誤魔化しはこれまで一緒に過ごしていた瑠璃子を騙すのは不可能だった。

 瑠璃子は頼子の身体の異変に素早く察知し、病院へいくことを勧めたのだ。


「お母さん、病院へ行ったら……?」

「大丈夫よ」


 しかし、頑として頼子は病院へは行こうとしなかった。

 何度瑠璃子がその話を持ち出しても、うまくはぐらかされてしまう始末だ。

 だが、そうしているうちにもどんどん病魔は進行していくのだった。

 

 四月。

 瑠璃子が無事に進級できたこともあり、これ以上は無理だと、頼子を無理矢理引っ張っていき病院へ連れて行ったのだった。


 頼子は最後まで抵抗したが、瑠璃子の剣幕に渋々病院へと入る。

 その場で軽い診察を受けていたのだが、しっかり調べたい医者から言われ、検査入院を勧められた。

 この時の頼子は立場が逆なのではと、思うほどの大暴れをするのだった。


「うちにはお金がないのよ! こんなところで検査入院なんていくらかかると思ってるの!?」

「お母さん! そんなこと言ってる場合じゃないでしょう! お金なんて私が働くから、調べてもらってよ!! お母さんの身体のほうが心配だよ!」

「それこそ冗談じゃありません! あなたに働かせる気なんてないんですからね!」


 母娘の話し合いは平行線をたどる一方だったが、最後には黙らせる形で、入院することになったのだ。

 渚に相談しようとしたのが丁度このときだった。


 あの時はまだ検査入院ということで、話をすることを思いとどまった。

 そんな大事にはならないだろうと高をくくっていたのだ。


 だが、それも最悪な方向に転んでいくのであった。


 それはまさに悪魔の宣告に等しかった。

 まさか自分たちの人生で、このような場面に遭遇するとは思いもしなかったのだ。

 

 検査の結果。


 余命、半年。


 検査入院から一転、強制入院へと変わったのだった。

 それを訊いた瞬間目の前が真っ暗になった瑠璃子だ。


 何で?


 どうして?


 私たち何も悪いことしてないのに


 なんでこうなっちゃうの


 だれか……


 たすけて……


 

 これまで母娘共、必死に生きてきた十六年だ。

 その生活があと半年で終わるなど、しかもこんな形で終わるなど、この少女には耐え切れない話だった。


 そのままふらふらと道を彷徨い。

 そして、事故に遭った。


「……と、言うわけなんです……」


 最後まで話を聞いていた双子だった。

 だが、超人のこの二人をもってしても、どう返せばいいのかわからなかった。

 どんなに大人顔負けであっても、この二人もまだ十六歳なのだ。

 そんな気まずい空気を察してか、二人を見やって瑠璃子が言う。


「ナギさん、カナちゃん。私こんな状態になっちゃいましたけど、インハイ予選参加します」


 それを訊いた双子は驚きの声をあげる。


「バカやろう! 無理に決まってんだろうが!」

「ルリちゃんそれは無茶だよ!!」


 百人が訊いたら百人とも同じことを言うだろう。無理だから止めろと。

 双子の反応も当然同じだった。

 瑠璃子もそう言われるのはわかっていたのだろう、さらに言うのだった。


「お母さんも、会いたがってるんです兄に。最後に一目だけでも会わせてあげたいんです!」


 最後に望みを叶えてあげたい。それがどんなに無理難題であっても。

 そう考えてしまうのは当然のように思えた。

 だが、それはそれ。これはこれである。

 どんなに強く願おうとも無理なものは無理なのだ。

 渚は舌打ちしながら答えるのだった。


「心意気は買うがなバカ弟子。だがお前にゃ無理だ」

「……え?」

「わかんねーのか? 今のお前は半年前、オレに剣道を教えてくれって言ってきたのと同じなんだよ」

「…………」

「正直言う、あの時のお前は強かった。それと同時にな、お前は弱かった。この意味がわかるか?」

「なにを、いってるんですか……? 強くて、弱い……? 理解できません! それは矛盾してるじゃないですか!?」

「わかんねーうちは何度挑戦したって無駄なんだよ。インターハイ優勝? 兄貴を探す? どれもできやしねぇよ! 残念だが諦めな」

「ナギさんに何がわかるんですか!! 出てみないとわかりませんよ!!」

「じゃあ訊くが、なぜ母親が長くないってわかった時、すぐ最後の望みを叶えてやろうって思わなかった?」

「…………」

「なぜ事故に遭った?」

「…………」

 

 一言も返せなくなった瑠璃子だった。

 渚はさらに続ける。


「お前が怪我をしているから無理なんじゃねぇんだよ! その心構えができてねぇから無理なんだ! 出る出ないの以前に資格がねーんだよ!」

「そ、そんな、だって……」

「今更言い訳なんて聞きたかねぇな。師匠命令だ予選は辞退しろ」


 師匠命令という言葉が瑠璃子に与えた衝撃は凄まじいものだった。

 だが、なんとか踏みとどまり最後の抵抗を試みる瑠璃子だ。


「な、何のために半年間もナギさんに稽古してもらったんですか……この時の為なんですよ!」

「それは!! オレのセリフだ!!」


 瑠璃子の一言についに渚が怒りを顕に大声を発したのだった。

 まさに空気が震えるとはこのことだ。

 しかし、場所がまずかった。


 ここは病院だ。

 大声を発するには適さない場所なのだ。

 何事かと看護師たちが一気に集まってくる。


 その気配を察知した渚は舌打ちをする。


「――とにかく、この大会には出させない! じゃあお大事に」


 それだけ言ってくるりと病室の外へ出て行くのだった。

 出る瞬間の最後、一瞬だけ香奈と目を合わせる。


(すまん、あとは頼んだ)

(もう!)


 テレパシーを使うまでもなかった。

 アイコンタクトだけだが、お互いに言いたいことは理解できた。


 入れ違いになるように看護師たちが入ってくる。

 この部屋主の瑠璃子は茫然とした表情で固まっていて話すどころではなかった。

 仕方ないので、香奈が事情を説明する。


(ナギ姉めぇ、あとで何かおごってもらわないと割にあわーん!)


 内心そんな事を思いつつ、看護師たちにこってり怒られるのだった。




 騒ぎになる前にいち早く抜け出した渚は勢いをそのままに、元きた桜並木を駆け抜けていた。

 途中、周りに人目があるのにもかかわらず、気にせずリミッター解除する。

 すれ違う人達は風のように走り抜ける少女を思わず見返すのだった。

 それぐらい渚は急いでいた。


 その甲斐あってか、夕方前には目的地に到着した。

 もはや慣れ親しんだ下駄箱で素早く靴を履き替え、ドタバタと階段を駆け上がり、バタンと勢いよく『職員室』へ飛び込むのだった。

 

 これほどまで渚が急いで来たこの場所は、学校だった。

 

 夕方をすぎると教師陣は帰ってしまうことが多い。

 思い立ったが吉日は渚の心情だ。

 なんとしても今日中に話をつけたい教師がいるのだった。

 

 本来であれば学校の中を走り、ノックもなしに職員室に、ましてや飛び込むような勢いで入ってくれば咎められるものだ。

 しかし、今の渚の雰囲気に誰もが息を飲んでしまっていた。

 普段であれば、渚からは絶対にこないであろうこの場所に、尋常じゃない様子の渚が入ってきたのだ。まさに時が止まってしまっていた。


 しかし、そんな中を渚はぐるりと見渡し、目的の教師を探し出す。

 固唾を飲んで見守る教師たちを尻目に、ズカズカと堂々横切っていくのだった。

 目的の教師はC組の担任だった。


 今の剣幕の渚が目の前にこられただけでその迫力の押されてしまう。

 その教師はなんとかその場に踏みとどまりはしたものの、今にも逃げ出しそうである。

 そんな様子を知ってか知らずか渚が話しかける。


「おい、剣道部の顧問って先生だよな?」


 一応確認した渚だった。

 こんな口調で喋ったのだが、そんなことには気づかずに教師はどもりながら返すのだった。


「あ、ああ。そうだが、それが、どうかしたか?」

「オレを剣道部に入部させろ」


 驚きの発言をする渚だった。

 いきなりの言葉に一気に覚醒する教師だった。

 気になることも合わせて渚に問いかける。


「はあ!? どうしてそんなことを……!? それよりも朝川の様子はどうだった?」

「瑠璃子のやろうは元気だったぜ。あとは香奈から詳細を訊け。んで入部を認めるのか認めないのかはっきりしろ」

「み、認めるも何も……ケーキ屋さん……」


 その言葉を口にした瞬間、渚の目がキラリと光った。

 その剣幕に思わず一歩引いてしまった教師だった。

 渚が言う。


「余計なことはいわなくていいんだよ。認めろ」

「…………」


 入部希望らしいが、ほとんど脅しだった。

 教師は二の次が家なくなり、口をパクパクしているくらいだった。

 そんな様子を見やり、仕方ないので渚が理由を喋りだす。


「確かに、オレは剣道界にひと悶着あるが、とりあえず今は二の次だ。高校剣道ってもんを荒らしてみたくなったんだよ」

「…………」


 はたして、ひと悶着で済ませていいものなのか疑わしくなるが、そんなことを口に挟めるわけがなかった。


「何度もいわせんなよ。認めるのか、認めないのか、どっちだ!?」

「……わ、わかった、み、認める」

「んじゃ、次だ」

「ま、まだあるのか……?」


 これで終わったと安心した教師だったが、渚がさらに続けたので驚いたのだった。


「当然だろ。入部しただけじゃ大会には出れねーんだからな。次は俺をインハイ予選にエントリーしろ」

「ほんとうに、でる、のか?」


 喘ぐように問う教師だった。

 これも当然のように渚が答える。


「当たり前だろう。んなこと冗談だったら言わねーよ。色々あってな、インターハイ荒らしてみたくなったんだよ」

「そんな不順な動機で……」

「不順かどうかは、やってみりゃわかるだろう。お前ら剣道家が言う、心技体のバランスの話は得意だろうが。この場合、心に問題があるから本当だったらオレは一回戦負けもありえるんだろう。いい実験じゃねぇか」

「…………」

「ほら、いいからエントリーしろよ」

「……わかった。そ、それじゃあこの用紙に名前書いてくれ」


 その教師は机の中から一枚の紙を渡してくるのだった。

 よく見てみると、インターハイの登録用紙のようだった。

 渚は言われたように必要な項目を埋めていく。


「できたぞ」


 そう言って手渡す。


「た、確かに受け取った。黒神がエントリーで、あ、朝川は辞退だろ?」

「ああ、さすがに瑠璃子のやつも足折ってるからな。さすがに間に合わねー」

「そう、だろうなぁ勿体無い」

「…………(まったくだ)」


 心の中で返事をするだけに止めた渚だった。


「詳細がわかるのはいつだ?」

「とりあえず、約一ヶ月に予選が始まる。日程などは二週間後くらいには届くはずだから、その時連絡をする」

「わかった。んじゃ邪魔したな」


 そう言って入ってきたと同じように、真ん中を横切って、職員室から出て行くのだった。

 やはり退出の礼は無しである。


 残された教師たちは茫然自失だった。

 『ケーキ屋の黒神』がインターハイ予選エントリー!?

 と、いったところだろう。


 『日本最強女王剣士』の初公式試合である。


 堂々の幕開けだった。


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