19
「お待たせー。ってありゃ、こちらの子はどなただろう? カナちゃんはいないの?」
「あー……言いそびれましたね。カナじゃなくて友達なんですよね」
「は、初めまして朝川瑠璃子です。えっと、ナギさんとは同じ学校で、剣道習ってるんです」
「え、剣道……? ナギちゃんが剣道教えてるの?」
「まー、そうなりますね。前に言った普通じゃない状況ってのはコイツのことでして……」
「ふーん? 色々と事情がありそうね。まあ、ここで話すのもなんだし、車に乗ってちょうだい」
そう言って夏美が後ろの車を指差す。
正確な年齢を渚も知らないが、夏美はまだ二十代半ばくらいだろう。
そんな彼女が自分の車を所持し、一人暮らしをしている。
ましてやその家も都心の繁華街からわずか10分で来れるような場所にあるのだ。
これだけで夏美の生活水準がうかがい知れると言うものだ。
「ほんと良かったわー。仕事終わってお酒でも飲もうかなって思ってたところだったのよねぇ」
「まじですか。いいところ邪魔しちゃいましたね」
「いいのよー。でも、このあと付き合いなさいよ?」
「それぐらいならお安い御用です。なぁ?」
最後の言葉は瑠璃子に向けられたものだった。
急に話を振られた瑠璃子はあたふたと慌てている。
「ナギちゃんは別としても、お友達、ルリちゃんだっけ? にも呑ませていい物か……」
「別にいいんじゃないですか? あとは本人次第でしょ」
「さすがに道徳観念からしてみるとちょっとねぇ。まあ一理あるけどね。ってことでルリちゃんも呑む?」
「えっと……お酒、ですか?」
「おう、お酒だな。呑んだことあるか?」
「無いですよ!」
「おめでとう、初体験だな」
何でそんな言い方するんですか!
と、言う言葉はあえて無視する。
「んー、まぁ一応気をつけてね?」
「……ハイ」
そんなこんなで無事に夏美宅へと到着するのだった。
渚は以前に一度来たことがあるから驚かないが、瑠璃子はそうもいかなかった。
夏美が車を入れたそこは高層マンションだったのだ。
車から降りた瑠璃子は思わず上を見上げてしまうほどだ。
「こ、ここに住んでるんですか?」
「そーよ。仕事の関係でね、大きい部屋が必要だったのよ」
「お仕事でこんな……。どんなお仕事なのか想像もつきませんね……」
「そんな変なのじゃないわよ。ファッションブランドの会社でね、生地とか服とか小物に至るまで一杯あって、3LDKなのに二部屋丸々使ってるんだからやんなっちゃう」
「大変なお仕事なんですねぇ……」
「ホントだよな。そういうのって事務所とかに置けないんですか?」
「当然ですけど、置いてますよーだ。個人的な物も含まれるし、こっちのほうが都合がいいのよ」
そう言ってオートロックを解錠し、エレベーターに乗り込む。
当たり前の様に最上階のボタンを押すのであった。
「そうだルリちゃん」
「はい?」
急に呼ばれた瑠璃子は訝しげに首を傾げるのであった。
「今、うちはモデルの子さがしてるんだけど、興味ない?」
「え、え、モデル?」
「そうそう。ちょうどティーンの服をお披露目しようと思ってたんだけど、いい子いなかったのよねー。その点、ルリちゃんだったらイメージぴったりなの」
「そんなぁ……私なんて無理ですよぉ」
「そんなこと言わない。黒のロングで身長も……、私より高いから170cmくらいかな? 本当にイメージ通りだわ。いいバイトだと思ってやってみない?」
「ナツミさん! こんなところで営業しないでください」
「あらぁ、ナギちゃんも勿論募集よ? 昔っから誘ってるのに一向に来てくれないんだから」
「そうなんですか?」
「そーなのよ。この姉妹、特に姉の方なんかまったく着飾んないんだから。今だってこんなブカブカのパーカーでしかも男物じゃないの!? はぁ……。今時の女の子だったらもう少しは身だしなみに気をつけるのに、一向にお洒落する気配がないんだから。こっちが心配になっちゃうくらい」
「いいんですよ。そーゆうのはまったく興味ないんです」
「ほらね、いつもこんな調子なのよ。せっかく磨けば光る素材が近くにいるのに本当に勿体無い」
「確かに……もったいないですね……」
「分かってくれて嬉しい! ルリちゃんも説得してくれないかなー。勿論、ルリちゃん自身も参加でね?」
「ナツミさん!!」
思わず瑠璃子は首を竦めるくらい怒鳴ったのだが、夏美は一向に堪える様子を見せなかった。
商魂たくましく、ではないが瑠璃子に連絡先の付いている名刺を渡すのだった。
そうして最上階についた。
自分の部屋に案内始める夏美なのだが、そんなもの必要ないのではないか、と思われるくらい部屋数が少ない。
かなり広いマンションだったはずだが、部屋と部屋の間が広いのだ。
「あの、夏美さん。大変恐縮なのですが、ここの家賃ておいくらほどなんでしょうか……?」
「確かに気になりますね。そこんとこどうなんですか?」
「んー、さすがに内緒。家賃を言っちゃうと大体の給料予想されちゃうでしょー? やっぱ恥ずかしいし」
「でも、こんな立派なところに住んでるなんて……。私なんか本当にお邪魔していいのでしょうか?」
「いいのいいの気にしない! 一緒のほうが楽しいでしょー。若いうちから遠慮なんてしないの!」
案内された部屋は角部屋に当たるところだった。
すぐに鍵を開け、渚たちを迎え入れる。
渚が中に入ると即電気がついた。
人の気配を感知して自動で付くようになっているようだ。
「左右の部屋は開けないでね。仕事で使ってる部屋だから、ほぼ物置になってるのよ。一番奥の部屋が居間として使ってる部屋だから、適当にくつろいでて。お二人さん、何飲みたい?」
「ビール!」
即答だった。
苦笑しながら了承する夏美であるが、瑠璃子は決めかねているようだった。
その内心を表すなら「お酒は興味あるけど……未成年が呑むのは良くないよね」だろう。
「ナツミさん、コイツには缶酎ハイでも持ってきてください」
「でも、大丈夫かしら……? さすがにナギちゃん以外の子に出すのは、ちょっとねぇ」
「え、えっとぉ……」
「いいんですよ。結局飲めなかったらオレが飲みますから」
「そう? まぁ一応ジュースも用意しておくね」
「あのぉ……」
最後まで何も言えない瑠璃子だった。
しかも、何故かお酒を呑むことが確定してしまったようだ。
さすがに少し戸惑ったが、渚が最後に言ったのだった。
「ちょっとでも誘惑されたら呑んでみるのが早いんだよ!」
そんな無茶苦茶な!
と思ったが、実際問題迷っていたことも事実なのだ。
この際、この勢いを利用して経験させてもらうことにした。
「お二人さんお待たせ。はい、ナギちゃんはビール。ルリちゃんは青りんごサワーにしてみました!」
「ナツミさんありがとうございます!」
「あ、ありがとうございます」
「それじゃ、何に乾杯する?」
「オレ的には、ナツミさんに会わせてくれたあのバカ達とルリに、かな」
「それはダメですよー!」
「んーそれはどういう意味なのかな?」
「聞いてくださいよー。コイツ、腰が抜けて立てないとか言いやがったんですよ! そんな情けないやつがこの世にいるとは思いませんでしたよ」
「な、ナギさん!?」
「あらあら、随分面白そうな話ね。あとでゆっくり聞かせてもらうわ。それじゃこうしましょう。ナギちゃんと再会できたことに、ルリちゃんと初めて出会えたことに」
「そうですね」
「はい!」
そう言ってにこりと笑う夏美たちだった。
『乾杯~!』
こうして飲み始めたのだった。
未成年ではあるが、渚はずいぶん昔から酒をの味を覚えたこともあり、一気に飲み干す。
瑠璃子の方はというと、最初はジっと見つめていただけだったのだが、意を決して口を付ける。
その様子を、固唾を飲んで見守る渚と夏美だった。
「ルリちゃんどう?」
「うまいか?」
「えっと、なんか不思議な味がします……」
「あー最初はそうかもね」
「そうですかね? オレは最初から焼酎いけましたけど」
「確かに……あんなに美味しそうに焼酎を呑む小学生が居ていいのかって思ったわ」
「そんなこと言ったら、その時にはすでに焼酎の味を覚えて、常備してあるナツミさんだって同じでしょうに」
「ちょっと言わないでよ! 歳がばれちゃう!」
三人が三人笑い合うのだった。
それからは楽しくお喋りを始めるのだった。
夏美が用意してあったおつまみも摘みつつ、お酒も進み、気付いたら渚と夏美の周りには缶の山が出来上がっていた。
勿論そんな程度では酔わない渚に、渚ほど呑める訳ではないが、お酒が大好きな夏美はどんどんエスカレートしていくのだった。
終いには夏美秘蔵だという、ウイスキーまで登場するに至っては、この体のどこにお酒が入っていくのか疑問に思える程だ。
瑠璃子も『変な味だけど飲めなくはない』缶酎ハイを舐めるように呑んでいる。
自分自身酔ったという感じは特には無く、お腹のあたりからぽかぽかしてる程度だ。
そんな時だった。
夏美が急に大声を出したのだった。
「ああーしまったぁ!」
「びっくりした。いきなり大声出してどうしたんですか?」
「お風呂入るの、忘れてた……!」
そう聞いて、自分たちが迎えに来たとき『ちょうど家に帰ってきたところだ』と夏美自身が言っていたのを思い出す。
確かに、自分も入りそびれている。
あんなことが遭った後ということもあり、イライラして早く呑みたいということしか頭になかったのだ。
「あー、オレ達に付き合わせてすみません」
「いいのいいの。久しぶりに楽しかったしね。じゃあ今から入ってくるわ」
「え、今からですか?」
「そうよー、やっぱり気持ち悪いしね。ナギちゃんも一緒に入る?」
そうやって渚を立たせようと腕を引っ張ってくる夏美だった。
「またそれですか。遠慮しておきますって、さすがに一緒には入れないですよ」
「昔はあんなに入ってくれたのに、急にどうしてよー」
「そりゃ、昔と今じゃ違いますって」
物凄く残念そうな顔をする夏美だった。
だがそれも数秒だけで、渚が時々みせる獣のような動きで後ろを向いたのだった。
その目は気のせいか、光っているようにすら見えた。
目の先は、まるで大きいリスが缶酎ハイをドングリのように持っている瑠璃子だった。
いきなり見られた瑠璃子は驚いたようで、これまたリスのようにキョロキョロするのだった。
「さぁてルリちゃん、一緒にお風呂入りましょうかぁ」
ますます目が光る。
「え? え?」
いきなり言われて反応できない瑠璃子だった。
少しずつにじり寄ってくる夏美を前に、なぜだか分からないが少しずつ後ずさっていく。
だが、壁が背に当たると観念したのか、大人しく連行されて行くのであった。
そうして聞こえてくるのはお約束通りのものだった。
「ほおら! 観念して脱ぎなさい! それとも脱がして欲しいのかぁ!?」
「ひい、止めてください! 脱ぎます、脱ぎますから!! あぁ、そんな乱暴にしないでください!」
「何よルリちゃん! お肌すべすべじゃないの!!」
「そ、そんなことないですよ! ってどこ触ってるんですかぁ! ちょ、ちょっと止めてくださいよ!」
と、まあこんな具合である。
いくら瑠璃子が弄りやすい体質だからと言って、知り合った数時間のうちにここまで仲良くお風呂に入れるのかと改めて夏目を尊敬する渚であった。
この分だと、散々に遊ばれるだろう。
過去の自分や香奈を見ているようだが、いい身代わりが出来たとほくそ笑んだ。
しばらく生贄にになってもらおう、そんな事を考えつつ、一人また酒盛りを開始するのだった。
さすがに夏美秘蔵の酒を一人で呑むのは忍びなく、ちびちびとビールを呑みなおす。
ちょうど良く一人になったからだろうか、今日の出来事を思い出していくのだった。
DT連の幹部であるオフィーリアとの喧嘩。
(喧嘩というほど対等でもなかったが)
自分達のすぐ後ろを付いて来たということは、自分達が帰った直後にはオフィーリア達も抜けて来た、ということになる。
誰もオフィーリアを引き止めなかったのだろうか?
少しでもそこで引き止められれば、あんなタイミングで出て来れる訳が無い。
だが来た。つまり引き止められなかったのだ。
理由はおそらく、それが『毎回のごとく見慣れている光景』だからだろう
そう予想すれば辻褄があう。
確かに自分が悪戯心を起こして、わざわざ壁に寄ってしまったが、それを差し引いても、路地から飛び出してくるタイミング、逃げ道の塞ぎ方、悪意のある言葉遣い、どれを取っても『手馴れている』としか言い様がない。
あんなことを毎回しているのかと思うと、腸が煮えくり返る思いだ。
もっと、とっちめてやればよかったと思ったが、あの場には瑠璃子もいたのだ。あれが限界だろう。
二度と悪さできないようにしたかったが、それももう無理だ。
(せっかくここまできたDT連も、今回のせいで内部崩壊起こすかもな……)
思わずため息を吐いてしまうのだった。
これも全てマスターが来なかったのが悪い。
そう考え事をしていたらあっと言う間にビールが無くなっていることに気付いた。
我ながら呑むペースに驚くが、だがまだ呑み足りなかった。
またビールにするのは味気ない、かといって秘蔵酒はダメ。
どうするか迷ったが、そこで思い出した。
確か瑠璃子の奴が呑んでいた缶があったはずだと。
あの様子では風呂上りに呑み直すということも無いだろう。
見た感じそこまで酔っ払っている印象は無かったが、風呂に入れば酔いは回るだろうから、そのまま寝てしまうかもしれない。
そうなるとあの呑みかけの酒は無駄になってしまう。
他人の家に来て、ご馳走になり、それを残して帰るのは渚の主義に反する。
(しょうがない、あんまり甘い酒は好きじゃないが、あれを呑むか)
そう心で呟いて、先ほどの缶を拾い上げたのだった。
驚いたことに缶の中身は空だった……。
(あれ? アイツそんなに呑んでたっけか?)
そんな疑問が出てくるくらいで、思わず先ほどの瑠璃子がいた場所を見てみる。
そしてギョっとしたのだった。
瑠璃子がいた場所には缶酎ハイの空き缶が4本も転がっていたのだ。
自分が拾い上げた物も含めると5本飲んだことになる。
お酒を初めて飲む奴が短時間に一気飲みをしたことになる。
いくらアルコール度数が低いとは言え、酔わないはずがない。
そんな状態で、夏美と風呂に入りに行き、ましてや平気そうな声色で騒いでいたことになる。
なぜだが、すごく嫌な予感がしたのだった。
自分のこういう勘はまず外れない。
だが、風呂には夏美さんもいる。
普段はああだが、しっかり者だ。
自分の酒の量だって把握しているし、ましてや未成年がいる場で羽目外しすぎて酔いつぶれるなんて醜態を晒すような人でもない。
だからこそ、スキンシップを図るためにわざわざ瑠璃子を風呂に連れて行ったのだろう。
何かあったら自分を呼ぶはずだ。
大丈夫、今回は何も起こらない。
そう思っているのに、不安感が拭えない。
自分に暗示を掛けるように何度も、大丈夫だ、安心しろ、平気だ、と思っても無駄だった。
そうしているうちに、風呂場の扉が開いたのだった。
ほっと一息吐いた。
出てきたのが瑠璃子だったからだ。
夏美はいつも長風呂だから、もう少し後に出てくるだろう。
「よかったルリ、心配したんだ。酔ってないか?」
「…………」
「……ルリ?」
異常な気配に気付くのが遅れた渚だった。
普段だったらもっと早くに気付いたのだろうが、やはり渚も酔っているのだ。
慌てて瑠璃子に近づいていく。
「ルリ、大丈夫か?」
「…………」
慌てて駆け寄ると、瑠璃子はその場で倒れ込むように体から力が抜けるのだった。
それを何とか抱えた渚だった。
やはり尋常じゃない状況のようだ。
おそらく、風呂に入ったことで酒が余計に回ったのだろう。
下手をすれば急性アルコール中毒に陥っているかもしれない。
抱えたまま急いで夏美が用意してくれた布団へ運んでいく。
「ん……なぎ、さん」
「ルリ! 大丈夫か? 気持ち悪くないか? 水飲むか?」
まくし立てるように訊く。
「なぎ、さん」
「どうした? 何かしてほしいことがあったら言えよ、ほら水あるから」
「好きれす」
いきなりそんなことを言われたのだった。
さすがの渚も何を言われたのか理解できなかった。
「……今、何て?」
そんな戸惑い知ってか知らずか、さらに続ける。
「いつも優しくしてくれるなぎしゃんのことが好きなんれす」
呂律が回ってない口調で気付いた。
こいつはしっかりと酔っ払っているのだ。
それが分かると、一気に冷静になれた。
「あーはいはい。オレも好きですよーっと。いいから寝ろ」
「本気なんれすからね!」
「酔っ払いに何言われたってうれしかねーよ」
最初は面食らったが、すぐにこれは酔っ払いの戯言だと気付いたのだった。
幸い、大したことは無さそうなので一安心した。
酔っ払いを一々相手にするのも馬鹿らしいので、さっさと寝かす。
「なぎさん……」
「何だよ、もう夜も遅いしお前はさっさと寝ろよな」
「あの時、何を言いかけたんれすか?」
「あの時?」
そんなことを急に言われても、と少し考えたが、すぐに心当たりがあった。
襲われる前の話だ。
瑠璃子をからかうつもりで、キスの真似事をしたのだ。
その後、瑠璃子は「女同士でふしだらです!」
と憤慨するも「もしナギさんが男だったらキスしたかった」と発言をして煽ってきたのだった。
そんな可愛いことを言われては引き下がれない。
だからこそ本当にやってしまおうと思ったのだが、そこで邪魔が入り、そのままになってしまったのだ。
それを思い出した渚だったが、今のこの状況でわざわざそれを言う必要は無いので、寝かしつけることにした。
「んなもん、いつか機会があったら言ってやるよ」
「ダメれすよぉ、今言ってくらさぁい。何らったんれすかぁ?」
瑠璃子らしからぬ強引さで訊いてくるのだった。
しかもだ、布団の中に抱え込まれて来たにも関わらず、渚をその中に引きずり込もうとしてくるのだ。
酔っ払いの力でどうこうなるものでもないが、少し驚いた渚だった。
これがいつもの瑠璃子とは到底思えない。
お酒の力とはすごい。
しかし、こうなるとちょっとやそっとじゃ寝てくれそうに無いのがわかる。
どうしたものかと逡巡する。
「なぎさん」
「今度は何だよ?」
「あの時の続きしまショー」
「何馬鹿なこと言ってんだ。ほら、さっさと寝……っておわっ!」
さっさと寝ろと言えなかった渚だった。
急に瑠璃子が起きだして、渚を押し倒したのだった。
押し倒された渚は、そのまま抱きしめられる格好で身動きが取れなくなってしまった。
自分も酔っていて、反応速度も反射神経も鈍っていたのだろうが、こうも容易く組み伏せられるとは、とショックを受けた渚だった。
「ナギさん、好きです」
「…………」
先ほどと同じ言葉を今度は耳元で囁かれた。
今風呂から出たばかりの瑠璃子は、髪が少し湿っていて、シャンプーの甘い香りがする。
振りほどこうと思えば振りほどけるのだが、
酔っ払っている瑠璃子を吹っ飛してしまう可能性がある。
そうしたら今の状態の瑠璃子が受身を取れるとは思えない。
だが渚自身、気付いていなかったのだ。
それが建前であって、本心では無いということに。
そうじゃないのだ。
本当は、このままで、居たいのだ。
「ナギさん」
瑠璃子が顔上げた。
目と目が合う。
瑠璃子の目はどことなくトロンとしている。
もしかして、自分も同じような表情をしているのかもしれない。
そう思ったら目を合わせるなんて、相手に顔を見られるなんて、恥ずかしくてできない。
その視線から逃げるように顔をそらした。
そうしたらクスッと瑠璃子が笑った。
顔から火が出そうだった。
「ナギさん可愛い……。以外ですねぇ、攻められるとこんなに弱い」
「ばか……やろう」
いつものような迫力が出せない。
「ナギさん」
「…………」
「こういう時は目をつぶるのがマナーなんでしょ?」
はっきり言って、今のは魔法の言葉だった。
これに抗うことなどできるはずもなく、この一言で渚は諦め、ゆっくりと目を閉じたのだった。
そして待つ。
まさか自分がこんなに攻められるとは思っていなかった。
特別瑠璃子を意識していたわけではないが、
風呂上りで火照った体、髪の湿った艶っぽさ、シャンプーの甘い香り、何より目が合ったあの瞬間、体中に電気が走るとはあのことを言うのだと実感した。
この感覚が一体何なのか、それは分からない。
わからないのだが、不快感は一切無かった。
むしろどこかむず痒く、胸がそわそわするこの感じ、これは一体……。
そして、そこで気付いた。
気付いてしまったのだ!
目を閉じてから大分経つにも関わらず、瑠璃子の動く気配が一切無いのだ。
どういうことかと不思議に思い、薄く目を開けてみた。
「――――っ!!」
何と、自分の胸を枕に寝ていたのだった。
「こんの糞バカやろ……」
怒鳴りつけてやろうとしたのだったが、止めた。
その寝顔があまりにも心地よさそうだったからだ。
「人の胸を枕にしやがって、随分といい身分だなぁおい」
そう言って、瑠璃子の頬を抓ってみるのだった。
「うーん」と唸るものの、一向に起きる様子を見せない。
「あの時のお返しってか?」
さらに頬突っついたりして遊んでみる。
瑠璃子の反応があまりにも面白くて、可愛くて、ずっとこうして居たかった。
だが、夏美が風呂から出てくる気配を感じた為、慌てて布団に寝かせ、最後言った。
「もし、お前が俺に勝ったら、あの時の続きを言ってやるよ。そしたら……」
そこまで言って珍しく、渚が言い淀む。
そして、
「そしたら、この……の…スを…よう」
と、言ったのだった。
最後の言葉は自分でも恥ずかしくて少し小声になってしまった。




