18
「な、な、何でわかるんですか?」
「んなもん気配を探ればわかるだろ」
「そんな達人みたいなことできませんよ!」
「大声だすなよ。こっちが気づいたってのが気づかれるだろうが」
そう言われて慌てて口をおさえる瑠璃子だった。
「っちもう遅い。回り込まれたぞ」
「ど、どういうことですか?」
「そのまんまの意味だよ。前からくる。どうやら素直に返してくれないらしい」
「そんな……。どう、するんですか?」
「んなもん相手の出方次第に決まってんだろうが。どうなるかわかんねぇからとにかく身構えとけ」
それだけ言って離した。
そうして瑠璃子を少し庇うように立ち位置を変え、自分の後ろに置く。
当の瑠璃子はすっかり怯えてしまっているようだ。
足がガクガク震えている。
仮にも剣士としてあまりにも情けない。
帰ったらみっちり鍛えなければと思ったくらいだ。
もちろん、そんなこと考えている間も気配察知は怠らないが、もうすぐそこまで来ているようだった。
コツ、コツと複数の足音が聞こえてくる。
どうやら目の前の路地から出てくるようだ。
目的は知れないが、明らかにこちらが少女二人だと分かっていて侮っているのだろう。
その音には澱みがなく、さりとて警戒らしい色もない。
足音が聞こえてくるあたりから、瑠璃子はギュッと渚のパーカーの袖を掴んできた。
鬱陶しいことこの上ない。
こうしてついに路地から姿を表したストーカー達だった。
その数五人。
路地の暗がりから足が出てきたとき、瑠璃子は一歩引いて逃げ腰になるのだが、その相手達の姿がはっきり分かると逆にほっと一息付いたのだった。
それもそのはず、知っている奴らだったからだ。
さらに言うなら『さっき知り合った奴ら』である。
顔も分からない変質者と思っていたのが、自分の知っている奴らだと分かった瑠璃子はすっかり安心し、うかつにも近づこうとしたのだった。
だが、それはすぐに止められる。
渚がその襟首を引っつかみ、後ろへ引き戻したからだ。
「オフィーリア、こんなところでどうしたんだ?」
そう、DT連幹部のオフィーリアとその取り巻き達だった。
先ほどのオフ会のときからこちらを値踏みするような視線を送っていたのに気づいてはいた。
いかにも軽薄そうな、頭の悪そうな、そんな形容詞がぴたりと当てはまる男だった。
今となっては、気味の悪いニヤニヤ顔をしながら次のように言ってくる。
「いやいや、せっかくのオフ会だったんだけどさぁ。メンツもつまんないし俺らも帰ることにしたんだよ」
さすがの瑠璃子も様子が変だと身構える。
「女の子二人がこんな夜道危ないぜー。ちょうどいいから俺らが送っていこうってさ、追っかけてきたんだよ」
「そいつぁ悪いことしたな。だがもう駅のそばまできたからそれには及ばないぜ。気遣いさんきゅーな」
「そんな連れないこと言うなって。仲間だろう? 一緒に帰ろうぜ。あぁなんだったら戦術論でも話していくか? どっか適当なところ寄ろうぜ」
オフィーリアがそう言って嫌な笑い方をする。
何を考えているのか一発で分かるような悪い笑みだ。
「ホントはそうしたいところなんだがな、さっきも言ったようにオレらは終電が近いんだよ。悪いが帰らせてくれ」
「いいじゃんいいじゃん終電なんてさ! 一緒にオールしようぜ、手取り足取り教えてくれよ」
もはや自分たちの下心を隠すつもりもないのだろう。
何が面白いんだかゲラゲラ笑っている。
そんな様子を見てとって、瑠璃子の顔が青ざめる。
過去に苛められてきた経験を思い出したからか、それとも強烈な悪意を感じたからなのかは分からない。
だが、このままだと自分たちがどんな目に遭うのか、それは明らかだった。
だからこそ恐怖で体が固まるのだ。
例え武道を習っていたとしても、それをストリートで発揮できるのは希である。
瑠璃子にとって幸運だったのは渚がいたことだろう。
もし、彼女が一人でこの場に来ていたとしたらどうなっていただろう?
答えは簡単、このままお持ち帰りされていた事だろう。
そうなれば心に傷を負う。
だが、今は?
今は、この場には渚がいるのだ。
これほど頼もしいことはない。
「それが口説き文句なら、もう少し女の落とし方勉強してから出直しな。ってことで用がないなら邪魔だ、さっさとそこを開けろ」
どうどうと啖呵を切ってみせたのだった。
こんな場面だろうと物怖じしない性格である。
さらに言うなら、さっきまでしていた『少しだけ畏まった口調』も放棄したのである。
これを聞いたオフィーリアたちはさすがに頭に来たようだった。
「おい、なんだその口の聞き方は。お前高校生なんだろうが、もう少し年上を敬えや」
「敬えるようなやからかよ。お前はもう少し頭捻れよな、今のセリフ典型的なチンピラの吐くセリフだぜ、いわゆるテンプレってやつだな」
男数人に取り囲まれているこの状況で、わざわざ相手を刺激する必要もないのに、口の悪さは健在である。
しかもその鋭さは増すばかりで、オフィーリアが口を開けば、それ以上の返し文句で二倍にも三倍になって返す。
そんな渚の後ろに隠れてる瑠璃子といえば、『なんで相手を挑発するんですかぁ!』と泣きたい心境になっている。
「……お前、もう黙れよ」
「あのな、さっき言ったよな。オレは、そこを、開けろ、って言ったんだぜ。邪魔だ、どけよ」
「っち最後までうるせーガキだな。優しく言ってるうちについて来いっつってんだよ。おい」
そういって周りの取り巻きに目配せする。
心得たようにズイっと前に出てくる。
それを見やった渚は、内心ため息をついた。
(優しく言ってるうち、ってのはこっちのセリフなんだがな……)
そうしてくるりと後ろを向き、近くにあるゴミ箱に向かったのだった。
急にガサゴソとゴミを漁りだした渚に、驚きの目を向けるオフィーリア達と瑠璃子。
いきなりの行動に呆気にとられるが、我に返りそれを止めさせようとした時、またもやくるりと向きを変えるのだった。
その手に何か持っているようだ。
「お前、まさか武器になる物探してたのか……?」
もしそうだとしたら、いくら女でも少し用心しなければならないと思ったオフィーリアだった。
同時に抜け目無いやつだと評価を改めることになったのだろうが、その手に持っていた物は……。
「当然だろ? こっちはか弱い女子二人なんだからな。怖い怖いお兄さん達に囲まれたとあっちゃ、手ぶらじゃ何もできねぇわ」
「……それは、何だ?」
「これか? これは見てわかるとおり、スーパーワリバーシーって言う武器だ」
そう、渚が取り出したのは割り箸だった。
辺りは異様な沈黙に包まれた。
だがそれも数瞬で次の瞬間には爆笑に包まれたのだった。
「ぎゃはっはは」
「馬鹿かこいつ! 割り箸が武器だってよ」
「なんだよスーパーワリバーシーって聞いたこともねぇよ」
「いやいや、あれだろ! 伝説の勇者が使ってたって言うあの伝説の割り箸!」
そんな嘲笑にも似た雰囲気もなんのその。渚は涼しい顔をしている。
瑠璃子のほうが居心地悪そうにしているくらいである。
「くっくっ。笑わせてくれんじゃねーか、そんなギャグで許してもらおうなんて考え甘ぇよ。とりあえずお前ら二人ついてこいよ」
目尻に涙を浮かべたオフィーリアがそう言いながら渚に手を伸ばしていく。
だが、もう少しで渚の腕を掴む、というところまできた時、渚の持っている割り箸が一閃したのだった。
「いってええええええ」
渚を掴もうとした腕を割り箸が打ったのだった。
自分の腕を掴ませるなど、そんな無礼者を渚が許すはずがなかった。
「割り箸だがな、剣士が持てばただの割り箸じゃねぇんだよ。覚えとけ」
そう言って、瑠璃子にも割り箸を渡してくる。
「オレもこいつも、多少剣道をかじってるからな。よく聞くだろう剣士が棒を持てば其れは剣だってよ。それと一緒だ」
「棒って、ただの割り箸じゃ……」
「そう、割り箸だ。ただのな、だがオレが持てば剣なんだよ」
「ふざけんじゃねえええ」
雄叫びをあげ渚に突っ込んでいくオフィーリアだった。
深夜の夜道に、それはもう響き渡るが、どんなに雄々しく叫ぼうとも、どんなに鋭く踏み込んでも、手を伸ばしたところで渚を捉えることは不可能だった。
オフィーリアが伸ばしてくるその腕を割り箸で簡単に払っていく。
最初は押さえ込もうとしていたオフィーリアも、そんな余裕はないと悟り、次には一応女である渚に殴り掛かってきたのだった。
だがそれでも渚は華麗に捌く。
放たれる拳を右に左に体捌き、隙があるやいなや、割り箸の一撃を繰り出す。
もはやこれが達人の技だと言わんばかりの動きだ。
最終的に捨て身の体当たりで組み伏せようと突進してきたが、それも無駄であった。
無防備な顔面に割り箸の一撃を叩き込んでやったのだった。
瑠璃子に見舞ったデコピンの比ではないほどの打撃音が響き渡る。
その威力たるや、たかが割り箸の一撃のくせして、とてつもなく重い。
重心、スピード、タイミングすべてが噛み合わなければこんな破壊力は生まないであろう。
それほどまでに完璧だったのだ。
オフィーリアの手や顔はあっと言う間に腫れ上がり、無残な状態になっている。
そして戦意喪失し、その場にうずくまるのにそれほど長い時間は掛からなかった。
それを見やってもう終わった、と思った渚だった。
実際割り箸など、素手で戦ったほうが強いのだが、あえてそれを使うことで実力差をよりはっきりさせてやる狙いがあった。
「んじゃもういいな。お前も女子高生と遊べて満足したろ?」
「…………」
「おい、ルリ行くぞ」
「……まて」
相手が動かないのを確認して、瑠璃子を連れて歩き出そうとしたとき、オフィーリアが制止したのだった。
まだやるのかと、一瞬訝し気味に身構える渚だった。
「お前、黒神渚だろ?」
「…………」
「図星か……。最初に見た時から、どっかで見たことがあると思ってたんだ。剣道って聞いてピンときた」
「だったらなんだってんだ? 例え剣道経験者とは言え、使った道具は割り箸だからな」
「あぁ、そうだな。割り箸でボコボコにされたと言ったら、恥をかくのは俺だな」
「分かってんだったらいいだろう。邪魔だからさっさと消えろ」
「だがな、恥をかくのは俺だけなんだよ! おいお前らぁ!! 後ろの女、拉致ちまえ!!」
そう言って後ろにいる取り巻きたちをけしかけるのだった。
しかも標的は瑠璃子だ。
「っち!」
盛大に舌打ちした渚だった。
今の立ち回りで瑠璃子が完全に喧嘩慣れしてないことはわかっていた。
逆に相手は手馴れてそうだ。
はっきり言えば、女を襲うのがこれで一度や二度じゃないということだ。
狙われた当の本人は相変わらず戸惑って、動けない。
完璧に足でまといだ。
こうなるとまずい。
相手が何人いようが、標的が自分であればいくらでも捌けるが、今回は瑠璃子だ。
ましてや持っているのは、いつもの竹刀でもなんでもない、ただの割り箸である。
いくらなんでも守りきれない。
さすがの渚もどうするか一瞬迷った。
だが、一瞬だけだった。
こんな劣悪な条件でも打開策を思いつけるのが渚なのだ。
「おい、ルリ! てめぇの身はてめぇで守れ」
「そ、そんなこと言われたって、ど、どうすれば?」
「その割り箸使って叩くんだよ」
「そんなの、無理ですよ……!」
自分は演技をして、こんな状況なのにわざわざ瑠璃子に話しかけたのだった。
当然、瑠璃子だったらこういうだろうと思ってのことだ。
そんなやり取りを見て与し易いと思った取り巻きたちは、勝利を確信し何も考えず瑠璃子に近づいてくる。
狙われている瑠璃子をさらに注目させ、あえて囮に使ったのだった。
渚はその隙をついて突っ込む。
一気にトップスピードで駆け抜ける身体能力は、さすがとしか言い様がなかった。
瑠璃子以外誰も反応できなかったのだ。
そうして、うずくまって指示を出していたオフィーリアの腕を取り、捻り上げて地面に突っ伏させたのだった。
首筋に割り箸を当てるおまけ付きである。
「全員動くな!! もし一歩でも動いてみやがれコイツの腕をへし折る。もし瑠璃子に触れてみろ、そんときゃ覚悟してもらうぜ」
一瞬でここまでの事をしてのけたのだった。
取り巻きたちは人質を取るつもりが、逆に取られて唖然としている。
何人かは、自分と瑠璃子の位置を確認するように目を向けるが、距離がある。
瑠璃子を捉えるよりも先に、オフィーリアがひどい目に合うのは明白だった。
「ぐ、がっ……本当に、へし折れるの、かよ。立派な障害罪、だ、ぜ」
「お前は黙ってろ」
そう言って見せしめのように力を込める。
その瞬間、オフィーリアは悲鳴を上げ、次には押し黙ざるをえなくなった。
「傷害罪だろうがなんだろうが、こっちは自己防衛って大義名分があるんだよ。過剰防衛だとか抜かそうが何だろうが、こっちはか弱いか弱い女子二人だからな。ここまでしねぇと不安でしょうがねぇんだ」
か弱いとはよく言うものだと取り巻きたちは思ったが、渚のこの迫力にたじたじになるのだった。
「警察沙汰にしたいんだったら構わないぜ。いいのか?」
余罪がでてきたりしたりすると困るのはそっちだろう?
そういう意味を込めてみた。
もうこれ以上はめんどくさくて相手にしてられないのだ。
さすがに悩む様子を見せたが、それまでだった。
たった一人の、それも風が吹けば飛びそうな少女にここまでやられるとは思ってもみなかったのだろう。
だが、喧嘩にすらならない実力差があるのは事実だ。
どんなに腸が煮えくり返ろうと頷くよりほかに無かった。
「……わかった。だから手を放せ」
「本当にわかったのか? もしこの手を離して、また暴れてみろ、容赦しねぇぞ」
「そんな真似はしない! 俺たちが悪かったから、これ以上は勘弁してくれ」
オフィーリアの降伏宣言だった。
これを聞いた後、瑠璃子に近い輩をどかしてからその手を放すのであった。
文字通り、取り巻きたちがオフィーリアに取り巻くが、オフィーリアは一向に答える様子を見せない。
そうして、こちらを睨みつけるだけ睨みつけ、去っていくのだった。
最後にカッコ悪く、これまたテンプレの様に捨て台詞を吐いていくかと思ったが、そこまで恥知らずではなかったようだ。
「ふう」
とりあえずの危機は脱したようだ。
思わずため息を付いてしまったが、警戒だけは怠らない。
気配察知を入念に行う。
「ナ、ナギさん……?」
そう言って瑠璃子がへなへなとその場に座り出す。
「お前ほんと役に立たなかったな。お前一人でオフ会来てたら、まわされてたぞ」
「こんなことって本当にあるんですね」
「あるんだよ。だからネットは怖いんだ」
「あ、あのナギさん、今何時ですか?」
「しまった! 走るぞ、ルリ!!」
「それが、ですね……」
「なんだよ! 早くしろよ」
「こ、こしが抜けて、立てないんです」
「…………」
心底がっかりした渚だった。
本当に武道を収めてる人間なのかと疑わしくなるくらいの不甲斐なさだ。
普段、稽古していなかったらとてもじゃないが信じられない。
帰ったらみっちり鍛えないといけないと心改めたのだった。
「じゃあオレは帰るから、お前も気をつけて帰るんだぞ、バイバイ」
「ちょっとナギさん!! 置いてかないでくださいよ」
「ふざけんじゃねぇよ! 自然界にはな、歩けなくなったら見捨てて行くっていう動物もいるんだぞ!」
「だからって酷いです!」
「酷いじゃねぇよ! お前に付き合ったらオレが帰れなくなるだろうが。そっちのが酷いわ! って、こんなやり取りしてる場合じゃねぇ。わりぃなルリまた明日、リミッター解除!!」
「わああああナギさん本当に待ってください!」
「ああ、もう! ここまで助けといて今更見捨てるとか気分わりぃなちくしょう! 歩けないのか?」
「も、もうちょっとしたら歩けそうです。すいません……」
「今更もういいっての」
そう最後に言って、自分の携帯電話を取り出したのだった。
どこかに電話を掛けるようで、そういう操作をして自分の耳に携帯を当てるのだった。
少し間を置いて相手が電話に出たようだ。
「あーもしもしナツミさん?」
『ナギちゃん、こんな時間にどうしたの?』
「実は今日、都心に出てきたんですけどトラぶっちゃいまして、終電逃しちゃったんですよね」
『ありゃー。じゃあ帰れないんだ?』
敬語を使ってる渚を見てやって、瑠璃子が目をパチクリしている。
よほど奇異に見えたのだろう。
「そうなんですよ。もう困ちゃって、それで申し訳ないんですけど……」
『うちに泊めて欲しいってことね? いいよおいでー』
「わーさすがナツミさん話がわかる!」
『そんなおだてたって何にもでませんよーと。何分くらいでこれる? というかうちの場所わかる?』
「あー今から30分くらいは掛かりますね、場所は問題ないです」
『30分も掛かるんだったらこっちから車だすからちょっと待ってなさい』
「いやいや、この時間にそれは申し訳ないですって、こっち手ぶらですしお礼、何も持ってないですよ?」
『お礼なんて要らないって、出したらハッ倒すわよ。とにかく迎えに行くからそこの場所教えなさい』
「ナツミさんには敵わないなぁ……。って、言い忘れてました。連れがいるんですけど平気ですか?」
『大丈夫よ。ちゃんと二人泊まれるように準備してあるから安心して。それじゃあ10分くらいで到着するはずだから、少し待ってね』
分かりました、といって電話を切る渚だった。
そんな渚を見上げる瑠璃子は、驚きに目を見開いているのであった。
「なんだよ?」
「いや、あの、敬語できるんですね」
「お前、オレをなんだと思ってんだ! つっても無理はないか。アレだって敬語ってわけじゃねぇけどな」
「そんな細かいこと……! デスマスで喋ってるナギさんが変すぎてもう気持ち悪いです」
「お前はっきり言いやがったな! 後で覚えとけよ!」
「ひいいごめんなさあい」
こうして夏美が車で他愛もない話をして時間を潰すのだった。




