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無名の剣士  作者: むー
第一章
11/31

10

「ほら、な? もういいだろ」

「ナギ姉! 朝川さんも!! どうして教えてくれないのかな!?」 

「そ、それは……」


 そうやって何か考え込むように黙る瑠璃子だった。

 どうも不可解である。

 渚が怒るのも無理はない状況を作っておいて、それに対して香奈は助け舟を出したのだが、言えませんと返してくる始末だ。

 これではこの場を設けた意味がない。

 

 香奈は考える。

 はたしてこんな子なのか、と。

 

 昨日一緒にご飯を食べた印象と今の瑠璃子の印象が違いすぎる。

 香奈が思った第一印象は、『素直で純粋で真っ直ぐな子』という感じだったのに、今では『何かを計算しているずる賢い子』である。

 しかし、お世辞にもそれがうまくいっているとは思えない。

 今も何かを考え込んでいるが、話すか話さまいか、というよりはこの場で新しい嘘を考えて、どうにか切り抜けようとしているようだった。

 ずる賢く進めるには……あまりにも演技が下手すぎる。

 どうも腑に落ちない。

 何か変だとは思うのだが、それが何なのかわからない。


 と、そこまで考えた瞬間、気がついた。

 さっき瑠璃子の言ったセリフだ。

 

「朝川さん、言いたくない、じゃなくて、言えないの?」   


 おそらくだが正解だろう。

 瑠璃子の顔がサッと青くなる。

 その様子を見やって渚も気づいたようだ。


「どういうことだ?」

「…………」


 思わず渚がそう聞いてくる。

 瑠璃子は何も答えなかった。


 おそらく無意識に言ってしまった言葉だったのだろう。

 普通、言いたくない事があれば黙っているか言いたくないと言うだろう。

 ということは、本当のことは『言えない』のだ。


「まぁ大袈裟に想像すると、人質とられててとか、組織やなにがしの圧力とか考えられるけど……」

「おいカナ。オレ等は高校生だぞ? なんだよ人質とか組織とかって」

「いやまぁ……そうなんだけどね」


 そうやって照れ笑いする香奈だった。

 明らかにドラマの見過ぎだ。

 

 香奈の指摘があって、渚も少し冷静さを取り戻したが、理由が『言えない』のであれば平行線をたどる一方だ。

 このままでは話がまとまらない。

 そう感じ始めたとき瑠璃子が顔をあげた。


「あ、あの。やっぱり言います」


 思わず顔を見合わせた双子だった。

 あのやり取りをしてまで隠していた本当の事を、ちょっと指摘されただけであっさり喋るという。


「(どう思うこれ?)」

「(オレがわかるかよ。もう、なんか、本当にめんどくさいわ……。とりあえず適当に全部聞いてそれから判断する。簡単に手の平返せるなら、どうでもいいことだろうよ)」

「(まぁ心変わりが早いというかなんというか……それでいきますかぁ)」


「本当のこと言いますけど、誰にも言わないでくださいね」 

 

 そうやって前置きしてから話された内容は、まさにドラマだった。


 瑠璃子の家は、瑠璃子が気づいたときにはすでに母子家庭だったという。

 もう15年くらいになるようで、女手一つで瑠璃子を育て上げたようだ。

 父親とは早々に離婚をしたらしい。ここらへんの理由は聞かなかった。


 こんな話、本当にありふれたことだろうと思う。

 だが双子は愕然とした。

 まさか、今この瞬間に、こんな話が出てくるとは思わなかったのだ。

 

 交通事故、よく聞くだろう。

 ただ『自分の知人がその被害者になった』などそうそう無いはずだ。

 

 そして、ここから先の話も壮絶だった。


 まだ幼い瑠璃子を残して昼に仕事へ行けない。

 瑠璃子母は当然のように水商売を始めて、瑠璃子を早くに寝かせて夜仕事に行くようになった。

 水商売をやっている瑠璃子母には、これまた当然の様に世間の風は厳しく吹きはて。

 親たちの態度は当たり前だが、子供達に伝染し小中学校時代はいじめの対象になったらしい。

 教科書は無くなる、水は掛けられる、挙げ句の果てには暴力を振るわれる。

 

 散々な目にあったらしい。

 そんな中、出会ったのが剣道だったようだ。

 ちょうど小学生になった頃、いじめられていた瑠璃子に少しでも身を守る何かをと瑠璃子母が思ったのがきっかけだったらしい。

 そう相談された瑠璃子は迷わず剣道がやりたいと言い、瑠璃子母はその通りやらせてくれたのだった。


 剣道はまず自分自身を見つめ直すことが大事である。

 本来、素直な性格の瑠璃子は、その通りに稽古をしていくこととなり、当然周りの声なんか気にならなくなった。

 どんどん剣道にのめり込む。

 情緒不安定気味であった心は健康を取り戻し、心が育てば、体も技も育つ。

 そうして心・技・体が揃った瑠璃子は剣道の世界である程度有名となったという。

 いじめの対象としては相変わらずであったものの、今までされていた事から『無視される』というところで落ち着いたのだった。

 そうして高校は今までの地元から少し離れた、人通りの少なそうな学校を選んだらしい。


 どこか歯切れの悪い感じもこれで納得だった。

 コミュニケーションを取るのに慣れていないのだ。


 ここまで黙って聞いていた双子だったが内心では非情に困っていた。

 藪をつついたら蛇がでてきた。そんなところだ。

 思っていた以上に……話が重い。


 しかし、これで終わりではなかった。

 どうやら最近になって、自分には兄がいるということがわかったらしい。 

 瑠璃子自身、もう今更父親に会いたいと思っていなかったし、今まで話題にすら出さなかった。

 しかし、そんなある日、母から衝撃の事実を聞かされたのだった。


 高校に入り、アルバイトをして自分でお金を稼げるようになった瑠璃子。

 自立できるようになったのだから話しても大丈夫でしょうと、そう前置きされてのことだった。

 自分には血を分けた、一つ上の兄がいるということだった。

 この話を聞いたとき、考えたことも無いことだったが、会いたいと思ってしまったのだ。

 

 先ほども言ったとおり、父のことはどうでもよかったが、兄に会うため、父親がどこへ行ったのか問いただした瑠璃子だった。

 しかし母は何も知らないという。

 別れてからの15年一切連絡を取っていないらしく、相手の実家もすでにもぬけの殻、どこに行ったのかもわからない。

 仕方ないので役所に届けを出そうとしたのだった。

 だが、すがる思いで足を運んだ役所も、一切相手をしてくれなかった。

 それもそのはず、たとえ肉親といえども、15年も前に疎遠になった人達だ。

 おそらく探し出すのに恐ろしい程の時間とお金が掛かるだろう。

 そんなめんどくさいことはゴメンだと言わんばかりの対応、あちこちをたらい回しにされたあげく、結果は「探せません」の一言だった。


 瑠璃子は絶望した。

 これが国のする事かと。

 ただの高校生の自分に、行方の知れない兄を探すことなど出来きはしない。 

 だからこそ頼ったというのに、なんて仕打ちだと。


 しかしそこからすぐさま気持ちを入れ替えた瑠璃子だった。

 そうだ自分には剣道がある、と。

 もしこの世界で有名になって、生き別れの兄を探してますと発言したらどうなるだろう。

 おそらく美談として取り上げられるかもしれない。

 運がよければ、見つかるかもしれない! 

 と、ここまで考えた。


 そうして望んだ大会、インターハイ。

 高校生剣士にとって最大のタイトルの一つであるこの大会、これにすべてを賭ける気合で挑んだのだった。

 しかし『兄を探す』このことが瑠璃子に必要以上に気合を入れさせ、体を硬くし、技のキレを失わせたのだった。

 さらに言うなら、役所に駆け込み、あちこちをたらい回しにされた時間があったぶん、瑠璃子の仕上がりは、自身で思っている以上に良くは無かった。

 

 地区予選、都大会、関東大会と小学生のころから持ち合わせた技で勝ち進んでいく。

 だが、瑠璃子の快進撃もそこまでだった……。

 全国大会一回戦負け。

 さらに一回戦で瑠璃子を負かした相手も二回戦で敗退。 

 全国の壁を思い知らされたのだった。

 本来の瑠璃子でも苦労するだろう猛者たち。

 こんな状態の瑠璃子では太刀打ちできるはずもなかったのだ。


 こうして瑠璃子は再度絶望へと突き落とされたのだった。

 自分にはもう兄を探せないのかと。

 もう一生会うことはできないのかと。

 途方に暮れた瑠璃子だった。


 そんな時、惰性で見ていた全日本剣道選手権で衝撃が走ったのだった。


「私の夢はケーキ屋さんになることです!」


 見知った顔がテレビ一杯に写っているではないか!

 しかも優勝、日本一!

 これしかないと思ったのは仕方ないないだろう。

 こうして、渚に声を掛けたのだった。

 

「――――というわけなんです」


 そう言って締めくくった瑠璃子は、少しほっとしたような顔をしていた。

 今まで瑠璃子の中に溜め込んでいたモヤモヤを全て吐き出すことができたのだから当然なのかもしれない。

 

 しかし聞かされた方はそんなどころではない。

 

「…………」


 先ほどの怒りはどこへやら。

 ただ呆然と聞いていた双子だった。

 あまりの内容に頭がついてこないのだ。


 そりゃあ強くなりたいでしょう。

 理由なんて簡単に喋れないでしょう……。


「な、なんでしゃべる気になったんだ?」


 今度は渚の声が上ずる。

 こんなことは滅多にない。


「最初は言えないと思ったんです。私の境遇を聞かせてしまったら、態度変わっちゃうのかなって。もしかしたら、また苛められちゃうかなって。でも、渚さんたちだったら多分大丈夫なんだろうって気がしたんです」


 ニコリとしながら言ってくるが、次の言葉には瑠璃子もちょっと苦笑がまじる。


「それに昨日の渚さんとの立会いが衝撃的すぎたんです。文字通り衝撃でしたけど……。日本一になる剣士ってここまで強いのかってびっくりしたんです。だから渚さんに弟子入りすれば、来年の全国ではもっと良い成績を狙えるかなって汚い計算です」

「……ずいぶんとオレを高く買ってくれたもんだな」

「本当ですよ? 渚さん以上に強い人なんて出会ったことないですもん」

「…………」


 そりゃまぁそうでしょうよ。とは言わなかった。

 

「(どうすんのよナギ姉。……ってここまで聞いちゃったら選択肢無さそうだけど……)」

「(まさかこんな事情があるとは思わねーだろう……。やっぱ帰っときゃよかった)」

「(後悔しても遅いっていうね、今更逃げらんないよ?)」

「(あたりめーだろ。今ここで出て行ったら、オレはどんだけ酷い奴なんだよ。それこそ仁義に反するわ!)」

「…………」


 テレパシーで会話する双子だった。

 瑠璃子は全てを言い終えたのだろう、渚の返事を待つかのように黙って座っていた。

 そんな様子を見やって、渚はため息を吐きながら素っ気なく答えた。

 

「話しはわかった。協力してやる」


 そう聞いた瑠璃子は、ぱあと笑顔になり、そうしてヤッターっと大はしゃぎを始める。

 

「おい、はしゃぐな! こっちはまだ訊きたいことあるんだ。座れ」


 一瞬びくりとして、のそのそと椅子に座る瑠璃子であった。


「とりあえず協力はしてやる。だが、えばる話じゃないがオレは人に教えたことなんて一度もねーからな。どうなるかは保証できん」

「はい! それでもいいんです!」

「それと、お前がどれくらい素質あるかなんて知らねーからな。強くなれるかどうか、それも保証できん」

「そ、そうですよね……私次第ですもんね……」

「とりあえず目標は全国制覇ってことでいいんだな?」

「それでお願いします!」

「全国の剣士が聞いたら怒るかもねぇ、『軽々しく全国制覇なんて口にしやがって!』って」

 

 香奈がそうやって茶々をいれてくる。


「おい、オレが教えるんだからそれくらいしてもらねーと逆に困るっての」

 

 言わなかったが、瑠璃子の本気モードを知っているだけに期待している部分もあるにはある。

 しかしそれを本人に言って慢心されても困るのでああ言ったのだった。

 

「はいはい、そうですねー。まぁ朝川さん、このバカ姉は口は悪いけど優しいから安心して、大船に乗ったつもりでね」

「ありがとうございます」

「お前、さっきからお礼しかいってないのな」

「だって嬉しいんですもん! さっき言わなかったんですけど、私渚さんの剣好きです! だから一緒に剣道できるってわかって本当に嬉しいんです!!」


 本心から言ってるのがわかるほどニッコニッコしながら話す瑠璃子だった。

 これは告白されたのか?と、すこしドギマギしてしまう。


「ぉ、おぉう」


 瑠璃子には調子を狂わされっぱなしの渚である。

 こんな渚を見るのは初めてかもしれないくらいだ。


「あ!」


 そんな中、急に瑠璃子が大声を出した。


「どうした?」

「あ、あのぉ……目標もう一個追加してもいいですか……?」

「はあ? まぁいいけど、とりあえず言ってみろよ」

「えっと、本人の前だし、本人から教えてもらうからちょっと変かもしれないんですけど……。私、渚さんに勝ちたいです!」


 そうやって前置きしてから一気に言った瑠璃子だった。

 それを聞いた双子はお互いの顔を見合わせて……。


「「あっはっはっはっは!!」」


 大声で笑い出したのだった。

 しばらく笑い声が収まりそうにもないくらいだったが、目尻に涙を浮かべながら渚が言う。

 

「くっくっく、笑わせてくれるなぁお前、そんなの許可なんかいらねーよ。いつでもいいからオレよりも強くなって見せろ」


 そう聞いて瑠璃子はうれしそうに、ハイッ!と、答えたのだった。


 


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