第一話 出会い 6
「はい…、なんですか?」
ドアの向こうで、知っている声が返ってきた。
「優乃ちゃん?夜遅くごめんね。安だけどちょっといいかな」
「安さんですか」
優乃は、ほっとした。カチャリと少しドアを開けると。外には安と山川が手に花を持って立っていた。
「優乃ちゃんに引越祝いをと思って、二人で持ってきたんだ」
二人はそう言って花を差し出した。
「はい、引越祝い」
「えっ?あっ、ありがとうございます。…で、これ何ですか?」
「タンポポ」と山川。
「三色すみれ」と安。
「タンポポってホント花だけですね…」
なんで花だけなのよ。普通茎と一緒にとってこない?
「その方がいいかなって思って。水に浮かべればかわいくないかな?それに邪魔にならないでしょ」
「は…はぁ、邪魔にはなりませんけど…。で、このパンジーは?」
「玄関の花壇からもらってきたよ」
「花壇からぁ?それって盗ってきたって言いません?」
「お祝いだから大丈夫だよ。分からないようにしておいたし」
安は何事もなかったかのように言った。
花壇から取ってくるなんて、安さんも普通じゃないわ。
「えっでも、見つかったら私のせいじゃないですか」
優乃はそう言って笑った。さっきまでの気分が嘘のようになくなっていた。
「シーッ。大きい声だすとバレちゃうよ。はい、しまってしまって」
二人は強引に花を優乃に押しつけた。
「あ、あの一応ありがとうございます」
安さんのって、やっぱり花壇に返せないよね…。この二人ちょっと変かも。
「じゃ、夜おそくごめんね。また明日」
二人はさわやかに言い放った。
なんてさわやかな二人なんだろうと、優乃が思う訳はなかった。
変だ。絶対変だ。
優乃は心の底から断定した。
「と、言うのは冗談で、これ」
安が急に小さな花束を差し出した。
「男二人で花屋に行ったんだけど、何がいいのか分からなくってこれにしたんだけど」
「花屋なんて男二人でいくもんじゃないですね、安さん」
山川が照れたように言う。
山川の言葉に安も頷いている。
二人で買いに行ってくれたんだ。
二人の困っている姿を想像して優乃はちょっぴり嬉しくなった。
「じゃ、また。おやすみ」
安と山川は花束を渡すと、部屋に戻っていった。
小さな花束には春らしく赤や黄色、ピンクと暖かい色の花であふれている。きれいだなと優乃は思った。
でも、と優乃は続けて思った。
今もらったタンポポやパンジーの方が二人の性格そのままみたいで、何だか元気が出てくるみたい。
花を飾ろうと見ると、部屋の隅に麦茶の入ったペットボトルとグラスを三つ見つけた。
「あっ、これ返すの忘れちゃった」
優乃は慌てたが、
「ま、いいか。また今度で」
と思い直した。
二人からもらった花を飾ると、部屋が一気に明るくなった。
変な二人だったな。
優乃は微笑み交じりに思った。今日一日で何回変と思っただろうか。
変な二人だったけど、何だか仲良くなれそう…、親しくはなりたくないけど。取りあえず今日はもう寝よう。荷物の整理も何にもまだ終わってないけど、明日朝からやれば何とかなると思うし、いざとなったらあの二人に力仕事頼んでやってもらおう。あっ。お昼ご飯作れないーとか言って、おごらせるのもありかな?どうしよう…。
優乃は布団の中でわくわくした。
一人暮らしって楽しそう。
優乃の「で愛の荘」の生活は始まったばかりだ。
優乃には、「で愛の荘」がまぶしく明るく見えてきた。